なぜ東京Vは勝ち切れないのか 一人歩きした「時間稼ぎをしない」の言葉…求められる試合のコントロール力【前園真聖コラム】
8試合中4試合は「もったいない」試合…それでも悲観する必要はない
J1リーグでは16年ぶりとなる東京ヴェルディvsFC東京の東京ダービーが4月13日に行われ、前半に東京Vが2点を先行するものの、後半にFC東京が反撃し、最後は後半アディショナルタイム4分のゴールで同点に追い付いた。最後の最後に勝ち点3を逃した東京Vは、第8節を終えて1勝5分2敗。特徴的なのは、その8試合のうち後半アディショナルタイムの失点が3試合、さらに後半44分の失点もある。試合終盤で勝ちを逃したり同点に追い付かれたりしている一方で、後半アディショナルタイムの得点も2試合あるなど、終了間際にドラマが生まれている。この戦いぶりを、東京VのOBである元日本代表MF前園真聖氏(1997~98、2001~02年在籍)はこう分析した。(取材・構成=森雅史)
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東京ヴェルディはなかなか勝てていませんが、僕はポジティブに見ています。
ここまで東京Vが戦ったリーグ戦8試合のうち、7試合で後半41分以降にゴールが生まれています。ここにはポイントが2つあると思っています。
1つは、このチームは若く、そしてJ1での経験値が少ないということです。その若さゆえに勝てた、あるいは引き分けられた試合を、同点にされたり敗戦したりと、8試合中4試合はもったいない試合をしてしまっています。もし元日本代表選手のような経験値の高い選手がいれば、きっと防げたことでしょう。
一方で、東京V伝統のテクニカルな面を持っていますし、そこに城福浩監督が、若さを前面に出したアグレッシブさを加えています。これが後半41分以降に同点ゴールを奪ったのが8試合中3試合あることにつながっています。
この2つの点を考えると、決して悲観するようなチームではないと思っています。経験値のない選手たちがJ1リーグの序盤戦を戦うなかで経験値を身につけているように思えるからです。
東京Vに今必要とされるのは、試合をコントロールする力です。試合終盤、勝ったり引き分けになりそうだったら、ゆっくりとボールキープする、上手く相手からのファウルをもらうようにする、攻める様子を見せて相手を下がらせ受けるプレッシャーを弱くする、などが自分たちで時間を進めるプレーです。
今の苦い経験は今後の糧になる
そして、そういうプレーができるためには選手たちの技術力が高くなければなりませんが、東京Vの選手には十分その力が備わっています。ただ、その力がまだ発揮できていないだけなのです。経験値を上げた選手たちが試合の終盤でゲームをコントロールしながらクロージングに持っていくことで、今後はもっと勝利数が増えることでしょう。
城福監督が言っている「時間稼ぎをしない」ということと、試合をコントロールすることは矛盾しません。「時間稼ぎ」というと、最初にイメージするのはコーナーポスト付近にボールを持っていてキープし、時間を使うことかもしれませんが、そうではないのです。
こういう試合終盤にゴールが生まれる試合ということで、古くは1993年のアメリカ・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選の「ドーハの悲劇」や、2018年のロシアW杯のベスト16、ベルギー戦で試合終了直前に決められた決勝ゴールを思い出す人もいるでしょう。
ああいう経験をしたから日本は成長しましたし、そう考えると、今の東京Vの選手も経験を積んでいる段階だと思います。そして今の東京Vの戦いぶりは、相手を削って試合を有利に終わらせることよりもよほどいいと思います。
きっと今後、東京Vは次第に勝つようになってくれるでしょう。そう期待しています。
【今季の東京Vの結果】
1節:東京V 1-2 横浜FM ※横浜FMの決勝点は後半アディショナルタイム3分
2節:浦和 1-1 東京V ※浦和の同点ゴールは後半44分
3節:C大阪 2-1 東京V ※C大阪の決勝ゴールは後半アディショナルタイム3分
4節:東京V 2-2 新潟 ※東京Vの同点ゴールは後半45分
5節:東京V 2-2 京都 ※東京Vの同点ゴールは後半アディショナルタイム3分
6節:湘南 1-2 東京V ※東京Vの決勝ゴールは後半41分
7節:東京V 1-1 柏
8節:東京V 2-2 FC東京 ※FC東京同点ゴールは後半アディショナルタイム4分
(前園真聖 / Maezono Masakiyo)
前園真聖
まえぞの・まさきよ/1973年生まれ、鹿児島県出身。92年に鹿児島実業高校からJリーグ・横浜フリューゲルスに入団。96年のアトランタ五輪では、ブラジルを破る「マイアミの奇跡」などをチームのキャプテンとして演出した。その後、ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)、湘南ベルマーレの国内クラブに加え、ブラジルのサントスFCとゴイアスEC、韓国の安養LGチータースと仁川ユナイテッドの海外クラブでもプレーし、2005年5月19日に現役引退を表明。セカンドキャリアでは解説者としてメディアなどで活動しながら、「ZONOサッカースクール」を主催し、普及活動を行う。09年にはラモス瑠偉監督率いるビーチサッカー日本代表に招集されて現役復帰。同年11月に開催されたUAEドバイでのワールドカップ(W杯)において、チームのベスト8に貢献した。