北朝鮮代表デビューの24歳Jリーガー、「在日朝鮮人で良かった」と語る訳 「形上は敵だけどこんなにも応援してくださる」【独占インタビュー】

文仁柱(7番)は3月21日の日本戦で北朝鮮A代表デビューを飾った【写真:徳原隆元】
文仁柱(7番)は3月21日の日本戦で北朝鮮A代表デビューを飾った【写真:徳原隆元】

24歳MF文仁柱が語る北朝鮮代表デビューの喜びと「悔しさ」

 J3・FC岐阜に所属する在日コリアンのMF文仁柱(ムン・インジュ)は、3月21日に行われた北中米ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の日本代表対朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の一戦で北朝鮮A代表デビューを果たした。埼玉県で生まれ、日本で育った24歳が掲げてきた「夢」。実現の瞬間に何を感じ、今後のキャリアにどうつなげていくか、ビジョンに迫る。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小田智史/全2回の1回目)

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 2020年にタイで開催されたU-23アジアカップでU-23北朝鮮代表を経験した文仁柱はその後、22年にJ3のガイナーレ鳥取でプロキャリアをスタート。2シーズンを過ごしたのち、今年から岐阜にプレーの場を移した。

 新天地・岐阜でのキャンプ期間、中国で行われた北朝鮮のA代表合宿(1月29日~2月5日)に初参加。文仁柱の実力がA代表に見合うか、事実上の“テスト”だったという。

「僕のことを一度見てみたいという話をいただき、朝鮮代表の合宿に合流しました。3月の代表招集がその時から決まっていたわけではなく、そこで見てもらう期間だというのは事前に聞かされていたので、照準を合わせていきました。選手たちともいろいろコミュニケーションを取れて、何不自由なく、合宿の8日間を過ごすことができました」

 合宿でのアピールが実り、文仁柱は3月21日、26日の北中米W杯アジア2次予選の日本戦に向けたメンバー24人に唯一の“国外組”として選出。国立競技場での第3節において、0-1とビハインドの後半38分にDFキム・ポンヒョク(黎明体育団)に代わって左サイドバックに入り、念願の北朝鮮A代表デビューを飾る。

「自分が小さい頃から夢にしていたA代表の舞台に立つことを叶えられて素直に嬉しかった」と語る一方で、アディショナルタイム4分を含めたピッチ上での11分間は日本に押し込まれる苦しい時間帯で、「難しさはありました」と明かす。

「ベンチで見ているのと、実際にピッチに立つのとではサッカー選手として雲泥の差。試合に出場したことはプラスに捉えていますし、対戦相手の日本の選手たちはほとんど海外組だったので、スピードやテクニック、状況判断力を肌で感じられたのは良かったと思います。ただ、短い出場時間の中で、自分がインパクトを残せたと言ったらそうではないので、何か1つでもできたことはあったんじゃないかと悔いが残る部分はあります」

文仁柱はファンの大きな声援に後押しされたと振り返る【写真提供:FC GIFU】
文仁柱はファンの大きな声援に後押しされたと振り返る【写真提供:FC GIFU】

同胞に加え、日本人ファンからの応援にも感謝「サッカー選手をしていて良かった」

 それでも、国立競技場に詰めかけた3000人を超える在日の北朝鮮サポーターはもちろん、日本のファンからも文仁柱がピッチに入る際には声援が送られた。在日コリアンでは、過去にMF安英学(アン・ヨンハ)氏、MF李漢宰(リ・ハンジェ)氏、MF梁勇基(リャン・ヨンギ)氏、FW鄭大世(チョン・テセ)氏、DF李栄直(リ・ヨンジ/FC安養)らがJリーグでプレーしながら北朝鮮代表としてプレーした経験を持つが、文仁柱も偉大な先輩たちに続く存在として期待が懸かる。

「いろんなめぐり合わせで、自分のA代表初出場が日本代表との試合で、なおかつ日本での開催。多くの在日同胞の方々がスタジアムに足を運んでくれたこともあるし、来れなかった方もテレビで応援してくれたり、たくさん連絡をいただきました。ピッチに立った時に在日同胞の応援団が盛り上がってくれていたのは聞こえていたし、奮い立ちました。改めて、自分が在日朝鮮人で良かったな、と。

 そして、今所属しているFC岐阜のファン・サポーターの方々、以前所属していたガイナーレ鳥取のファン・サポーターの方々からも、本当にたくさんのメッセージをいただきました。僕は朝鮮代表。日本のファン・サポーターの方々からすれば、形上は『敵』。それでも自分を応援してくださる方々がこんなにたくさんいてくれるんだとありがたい気持ちになるとともに、サッカー選手をしていて良かったと思いました。たくさんの人たちの思いを背負って、自分は今後も戦っていかないといけない」

 3月26日に平壌で行われる予定だった第4節は、北朝鮮や第3国での開催が困難とアジアサッカー連盟(AFC)、国際サッカー連盟(FIFA)が判断し、中止が決定(同月30日にFIFA規律委員会が0-3の不戦敗扱いと発表)。文仁柱は「もう1試合があったら、もちろん出たかった」と語りつつ、「でも、仕方がないことなので、もう切り替えてFC岐阜のほうに集中しています」と前を向く。

 岐阜では今季、開幕から4試合連続でスタメン出場。代表活動で一時離脱はあったが、J2昇格を目指すチームに貢献するためにも、今回の経験を還元していきたいと意気込む。

「まず、今回の代表を経験して、A代表の肩書きがつきました。それにプレッシャーを感じるのではなく、プラスに捉えて、見られているし、期待もされていることを背負っていく。今は、FC岐阜とともにJ2に上がるのが目標です。その目標を達成するために自分が何をできるのか常に考えながら、FC岐阜で試合に出ることが何よりも大事なので、今回の代表経験をチームに還元していきたい。そして、FC岐阜のために全力を尽くすのはもちろん、今の自分があるのはこれまで支えてくれた方々の存在があってこそ。それを決して忘れてはいけないし、そういった方々に何か1つでも自分のプレーや姿で恩返ししていきたいです」

 24歳の文仁柱は北朝鮮のA代表を経験して逞しさを増し、さらなる飛躍を誓う。

[プロフィール]
文仁柱(ムン・インジュ)/1999年8月22日生まれ、埼玉県出身。朝鮮大学校―鳥取―岐阜。J3通算55試合・2得点、北朝鮮代表通算1試合・0得点。在日コリアンで、4歳年上の兄の影響でサッカーに魅了され、物心がついた頃から夢は「プロサッカー選手」。2022年には鳥取でプロ入りの夢を果たし、今季から岐阜でプレーする。サイドバックやボランチをこなすユーティリティー性を備える。好きな言葉は「人生楽しんだもん勝ち」、好きな選手は大学の先輩でもあるサガン鳥栖GK朴一圭。

(FOOTBALL ZONE編集部・小田智史 / Tomofumi Oda)

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