橋岡大樹「経験がなかった」 プレミア残留争いで奮闘…直面するルートン特有の守備戦術【現地発コラム】
トップリーグ返り咲きの中で身に着けたルートンのマンツーマン守備
ルートンのファンは、「カンファレンス王者だなんて、お前らには絶対歌えない!」と声を上げていた。3月30日、アウェーでトッテナムに敗れたプレミアリーグ第30節(1-2)前半3分のことだった。
リーグ順位は、8試合を残して降格圏内の18位。故障者続出の不運は、頭数不足で練習に加わったコーチまでハムストリングを痛めてしまうほど。異例の4-3-3システム採用も、苦しい台所事情が一因だったに違いない。
にもかかわらず、試合はルートンが一発目のカウンターで先制に成功。すると、北ロンドンに駆けつけたアウェーサポーターたちは、10年前は5部に当たるセミプロのカンファレンスリーグ(現ナショナルリーグ)にいた自軍の過去を自虐的に笑い飛ばしながら、意気揚々と歌っていた。
同時に、現在のルートンが見せる美しさと厳しさを思わせるチャントでもあった。善戦は多いが勝利は少ないプレミア昇格1年目の今季。「諸刃の剣」とも言うべきマンツーマン守備は、31年ぶりのトップリーグ復活を成し遂げる過程で身につけたものだ。
その土台を築いた人物は、ネイサン・ジョーンズ前監督(現チャールトン監督/3部)。フットボールリーグ(2~4部)復帰2年目の就任を機にルートンを上昇気流に乗せ、ヘッドハントされたストーク(2部)から復帰した2季目に、3バックを基本にタイトかつ果敢なマンマークで守り、迅速なトランジションからゴールを狙うチームの原型を作り上げた。
昨季途中にあとを受けた現監督のロブ・エドワーズは、機能していた戦い方を大きく変えようとはしなかった。自身の色として素早いパスワークによる展開力を加えつつも、執拗なマークで敵に余裕を与えずに守から攻に転じ、縦に速いカウンターから好機を作り出すスタイルは据え置いた。
この日の先制シーンは、言わば「復刻版」風。前線右サイドのアンドロス・タウンゼンドが、相手CF(センターフォワード)ソン・フンミンから奪ったボールをドリブルで運び、チャンスメイカーのロス・バークリーを経て、逆サイドを上がっていたタヒス・チョンがカウンターを締め括っている。トップ4を争うトッテナムを相手に、クラブのトップリーグ連続得点記録を18試合に伸ばした瞬間でもあった。
敵将のテコ入れと相手中盤の動きでルートン守備網に隙間
だが反面、リードした状態でハーフタイムを迎えていながらの敗戦は、プレミアで3試合連続となった。第26節リバプール戦(1-4)と第17節ボーンマス戦(3-4)と同様、前半は守備も上々。トッテナムは、74%のポゼッションとともにフラストレーションをも募らせていた。
ライン越しのボールで、2度の絶好機を作られはした。しかし、枠外に飛んだティモ・ベルナーのシュートと、ソン・フンミンのシュートをピンボールのように弾き出したニアポストとファーポストに救われた。
ところが、ハーフタイムを境にルートン守備網側には隙間が目立つようになる。トッテナムのアンジェ・ポステコグルー監督は、右ウイングで先発したが中央に位置する機会が多かったデヤン・クルゼフスキに代えて、ブレナン・ジョンソンを投入。併せて、トップ下のジェームズ・マディソンやソンも頻繁に外に開くようになると、マンツーマンで守るルートンのラインは間延びしていった。
後半41分に決められた逆転ゴールは、致し方ないとも理解できる。自軍CK(コーナーキック)の流れから浴びた一気のカウンター。相手左サイドからの折り返しがボール1つ分ずれていれば、ダッシュでボックス内に戻った橋岡大樹が、アシストをこなすことになるジョンソンの手前で処理できていたかもしれない。最終的なソンのシュートは、ブロックを試みた橋岡の足に当たってGKの逆をついた。
右CB(センターバック)リース・バークの負傷で、自らも後半の頭からピッチに立っていた橋岡は、一瞬、悔しそうに天を仰いだが、すぐさま前を向いて手を叩きながら周囲に発破をかけていた。試合後、こう振り返ってくれた。
「あそこは止められたら良かったですけど、少し運の部分もあると思うので、やれることはやったんじゃないかなと。走って帰っているところで(クロスが)マイナスにきたので難しい状況で、ほんとに少しの差で相手も触りましたけど。あそこに誰かがいれば問題はなかったんですけど、(チームとして)スプリント負けしてしまったのかなとは思います」
ただし、マンマークが混沌を招き始めたルートンは、ハーフタイム明けの33分間で逆転されていても不思議ではなかった。橋岡も言っている。
「(前に)出て行った時に僕のところが空くので、そこを上手く突かれて、走ってきた選手に何回かうしろで2対1を作られる危ない場面もあった。相手がもっと上手くやっていれば、また失点させられた場面もあったので、多分、毎試合のように1点は取っているなかで、難しいですけど、そこはみんなで話し合って、残留するためにどうやってゼロに抑えるかをまた改めて考えないといけないのかなと思う」
リードを帳消しにされた後半6分は、右SB(サイドバック)イッサ・カボレがベルナーを注視しきれずに後手に回り、逆サイドからのクロスをオウンゴールに変えてしまった。GKのトーマス・カミンスキがセーブで窮地を救ったのはその5分後。マディソンについてセンターサークル内にいた橋岡は必死の追走でソンと競り合ったが、シュート阻止には至らなかった。
さらに5分後には、プレーを左から右に振られ、低弾道のクロスがスプリントで戻った橋岡の前を通り過ぎる場面があった。今回はカボレがベルナーの手前でクリアに成功したが、同33分にはゴールラインテクノロジーによるミリ単位のノーゴール判定を必要とした。右サイドから攻められ、その数分前に投入されていたジオバニ・ロ・チェルソにワンツーで侵入を許し、ノーマークでニアポストに現れたジョンソンがラストパスに合わせている。幸い、GKの腕に当たったボールは完全にゴールラインを割ってはいなかった。
ソンへの対応でプレミアリーグの“情け容赦のなさ”を痛感
後半の45分間、素早く詰めてソンへのパスをカットするなどハードワークを続けながら、ルートン守備陣で誰よりも頻繁に声を出し、プレー中断時にはカボレと言葉を交わす姿も見られた橋岡は、マンマークに徹する守備を次のように語っている。
「あそこまでのマンツーマンは経験したことがなかったので、どこまで付いていくのかしっかりコミュニケーションを取らないと難しい。ちゃんと伝わっている部分もあったので、そこは継続してやっていきたい。前の選手に声をかけて、変わる時は変わる。中盤の人より前に行った時に受け渡す声掛けをもっとしていけば、うまくそこも臨機応変にできたかなと思います」
2部での昨季は、24チームの中で失点数が2番目(タイ)に少なかった守備が、得点数は中位級だったルートンのプレーオフ進出を可能にした。だがプレミアにおけるレベルの差は、わずかな隙をも逃さない相手攻撃陣の情け容赦のなさにも言える。アジア産ワールドクラスのソンを相手にした橋岡は、試合後こう語った。
「一瞬の隙っていうのを与えちゃうとやっぱりやられてしまうので、ディフェンスからしたら怖いですし、試合の中でずっと集中力を切らさない、そこが本当に大事になってくるなと思いました。ベルギーとかでは、少し集中を切らしてもカバーできる部分がありましたけど、ここではカバーできないと思う。こういう動きをするだろうって、先を読んで動かないといけないくらいだと思うので、そこはもっともっとやっていかないといけない」
残り試合には、勝ち点「3」が必須とも言えるホームでの非強豪戦4試合が含まれる。チーム得点王のイライジャ・アデバヨは、少なくとも4月中は怪我(ハムストリング)からの復帰が難しいとなれば、貴重なリードを守り切る力、新DFの言葉を借りれば「本当に守備でやらせない部分」が殊更に重要となる。ルートン、そして「ルートンの橋岡」がプレミアで生きるも死ぬも、90分間のマンツーマン次第だ。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。