町田の好調を支える“一番星” U-23日本代表MF平河悠が快進撃を続ける理由【コラム】
町田の平河は5試合フル出場で存在感を放っている
わずか10秒の間にさまざまな選択肢が浮かんでは消え、最終的に選んだプレーが味方の勝ち越しゴールを導いた。U-23日本代表でも存在感を増しているMF平河悠に搭載されたサッカーIQの高さ、そして情報処理能力の速さと正確さが、FC町田ゼルビアを破竹の4連勝と無敗での首位キープに導いた。
ホームの町田GIONスタジアムにサガン鳥栖を迎えた、3月30日の明治安田J1リーグ第5節。開始5分に先制するも前半34分に追いつかれた町田が、後半開始とともにキャプテンのDF昌子源を投入。変則3バックでの戦いをさらに鮮明にして落ち着きを取り戻し、十八番のハイプレスを繰り出し始めた矢先の後半9分だった。
敵陣の左タッチライン際でボールを持つFW富樫敬真へ、DF林幸多郎が間合いを詰めて後ろを向かせる。富樫は自身の右側へポジションを下げてきたボランチの河原創へ、ボールを預けざるをえない。罠にはまったとばかりに、町田のFWオ・セフンが“二の矢”と化して河原へ激しいプレッシャーをかける。
たまらず河原はセンターバック(CB)のキム・テヒョンへの横パスを選択し、ハイプレスの連鎖を回避しようとした。次の瞬間、キム・テヒョンから10mほど離れた後方にいた平河は“三の矢”になる役割をあえて自重し、後半から左サイドバックに回っていた長沼洋一の位置取りを含めて、ピッチ上の状況を冷静に把握した。
「相手が横パスを繋いだときに少しずれていました。ただ、すぐに取りに行ったら剥がされると思って」
平河が振り返るように、河原のパスはキム・テヒョンが欲しがった位置よりも1、2メートルほど前へずれていた。慌てたキム・テヒョンはダッシュを余儀なくされ、必然的に視野は狭くなり、次のプレーへの選択肢も限られてくる。それは右タッチライン際の安全地帯にいた長沼へのパスしかない。予測通りだったと平河が続ける。
「右サイドの(選手の)位置を見てわざとパスを出させました。相手がトラップした次の瞬間に、右サイドへのパスコースに足を出したらちょうどボールを取れたので、その時点で勝ったと思ったんですけど……」
キム・テヒョンがトラップする直前に、待っていましたとばかりに平河はスプリントを開始。武器であるトップスピードへ一気に到達する加速度も駆使した、シナリオ通りのボール奪取に成功した平河の前には、鳥栖のフィールドプレイヤーは誰一人としていない。すかさずショートカウンターを発動させた。
守備から攻撃への電光石火の切り替え。一気に高まったゴールへの予感にスタンドが沸く。もっとも、ドリブルで鳥栖ゴールに迫っていく平河の思考回路には、ちょっとした迷いが生じていた。
「監督からはいくつかの選択肢を持って、自分がシュートを打つならば確実なコースへ打つことと、同時にゴールになる確率が一番高い選手を使う選択をしろと常に言われていました。自分はアシストよりもゴールする方が好きなので、次にまたああいう状況になれば、シュートを打つかもしれないんですけど……」
ニアポストには鳥栖の守護神、朴一圭が立ちふさがっていた。それまではがら空き状態だった朴の後方、ファーサイドに生じた変化を瞬時に把握した平河は、自らがシュートを打つ選択肢を消去した。
「朴選手のポジショニング的にファーに打つ選択もあったんですけど、山﨑選手がちょうどカバーに入ってきた。そのなかでセフンが走ってきていたのはずっとわかっていたので、確実な方を選択しよう、と」
鳥栖のもう一人のCB、山﨑浩介がファーサイドのカバーに入ったのも、河原にプレスをかけたオ・セフンがショートカウンターの発動とともにゴール中央へ走り込んできていたのも平河は把握していた。
平河のシュートに備えていたからか。眼前で横パスを放たれた朴は反応できない。オ・セフンとの距離を慌てて詰めた山﨑も、追走してきたボランチの福田晃斗も間に合わない。滑り込みながら左足をヒットさせたオ・セフンのシュートが無人のゴールに吸い込まれた瞬間、平河にボールを奪われたキム・テヒョンは頭を抱え込んでしまった。
主戦場の左サイドから右サイドへの“転向”…黒田監督が買った「守備力」
オ・セフンに感謝された平河はチーム状態がいいからこそ、自分が選択するケースが増えると喜んだ。
「守備の強度やボールを奪い切る力も自分のストロングポイント。自分がゴールを決めたい気持ちももちろん強いけど、そういった(アシストかシュートかを選択する)回数が増えている状況をプラスにとらえたい」
河原にボールが入ってから、清水エスパルスから加入した韓国出身のストライカーの初ゴールが生まれるまでわずか10秒。その間に心理状態を見透かしながらキムとの1対1を制し、朴を含めた鳥栖の守備陣との駆け引きも制した平河のアシストを、青森山田高から異例の転身を遂げて2シーズン目の黒田剛監督も称賛する。
「エゴを出さずに確率の高いプレーを選択する選手になろうと、チームに対して厳しく要求してきました。1本中の1本を確実に決めるためにも、チームプレーを優先しようと。平河だけではなくすべての選手に確率の高いプレーを意識させてきた成果が、勝ち越しゴールに繋がったと思っている」
3分後の後半12分に再びオ・セフンが、今度は頭で決めたダメ押しゴールをアシストしたのも平河だった。
ボランチの仙頭啓矢が左タッチライン際から放った滞空時間の長いサイドチェンジを、利き足とは逆の左足で軽やかにトラップ。すぐに前を向いた平河が右足を振り抜き、ニアサイドへ正確無比なクロスを供給した。
「キーパーと相手のディフェンダーの位置を見て決めていますけど、一番は(藤尾)翔太のニアで、それがないときにはセフンの頭というのを意識して、クロスを上げるようにしています」
クロスの優先順位を平河はこう明かす。いつもはニアへ突っ込むパリ五輪世代の盟友、FW藤尾翔太がこのときはゴール中央にいた。ならば、身長194センチ体重93キロの巨躯を誇るオ・セフンの高さを生かす。
開幕から全5試合に先発し、ハイプレスの担い手だけでなく、町田のロングボールのターゲットとしても献身的に体を投げ打ってきたオが、ようやくヒーローになった展開を平河は喜んだ。
「キャンプで一番点を取っていたのもセフンですし、彼がいいときはチームもいい試合展開ができていた。誰よりもセフンがゴールを欲しかったはずだし、そのアシストができたのを嬉しく思う。FWの翔太やセフンが点を取ればチームも勢いに確実に乗れるし、FWに仕事をさせるのもサイドハーフの自分の役割なので」
開始5分で奪った先制点をアシストしたのも平河だった。左から林が放った町田のもうひとつの十八番、ロングスローが相手に防がれて逆サイドに流れた直後。平河が左足で放ったボレーシュートに、オフサイドぎりぎりで反応したFW藤本一輝が頭をヒットさせ、出場20試合目で待望のJ1初ゴールを突き刺した。
「あれはファーへシュートを打とうと思ったらちょっとずれて……たまたま一輝くんがいた感じです」
謙遜した平河は山梨学院大卒業とともに正式加入した昨シーズンから、左サイドを主戦場としていた。今シーズンも右のMFバスケス・バイロンと両翼を形成していたが、3月9日の鹿島アントラーズ戦の前半途中にバイロンが負傷退場。代わりに藤本が出場してからしばらくして、黒田監督の指示で左右が入れ替えられた。
鹿島戦はショートカウンターから開始13分に平河が決めた、J1初ゴールを守り切って1-0で勝利している。黒田監督は常勝軍団・鹿島を撃破した後に、ヒーローの平河を別の視点から勝因にあげた。
「途中出場の藤本がフワフワと試合に入ってしまい、ボールに対して甘くなったのが攻め込まれる原因のひとつになっていた。それを阻止するために、平河の守備力を右サイドに持っていった」
U-23日本代表でも輝きを放てるか
右サイドハーフで圧巻の3アシストをマーク。町田の全ゴールをお膳立てした鳥栖戦後に、平河は「どちらもできる強みを今日も出せたと思う」と胸を張った。U-23日本代表が臨んだ3月22日のU-23マリ代表戦では、開始2分に初ゴールをマーク。自信を膨らませて戻ってきた23歳のアタッカーを黒田監督も称賛する。
「もはや攻守両面にわたって欠かせない選手になった。攻撃力を特徴とする選手はたくさんいるが、平河は守備でもしっかり仕事ができる。槍の一角として、われわれにとって非常に頼もしい存在です」
開幕戦でガンバ大阪と引き分けた後は破竹の4連勝をマーク。J1の首位に立つ町田で、黒田監督から寄せられる全幅の信頼を物語るように、平河は攻撃陣でただ一人、全5試合でフル出場を続けている。
1試合の平均走行距離は11.609キロに到達。ガンバ戦と北海道コンサドーレ札幌との第4節でそれぞれマークした「32」のスプリント回数は、今シーズンのJ1全体で3位タイにランクされている。
ハイスペックな思考回路とハードワークを厭わない献身的な姿勢、そして縦へのスピードと正確無比なテクニックを融合させ、大ブレークを遂げつつある過程でも平河は謙虚さを失わない。
「昨シーズンより走行距離も1キロ以上は多く出ているし、コンディションもかなりいい。これからも何分出ようがチームのために走って、勝利に貢献していきたい。次の広島さんは守備も攻撃も強いし、かなり難しい試合になると思うけど、自分たちがやってきたプレーを変えずにしっかりと挑んでいきたい」
無敗のサンフレッチェ広島をホームに迎える3日の大一番の翌日には、パリ五輪出場をかけたアジア最終予選を兼ねて、15日からカタールで行われるAFC・U-23アジアカップに臨むU-23日本代表メンバーが発表される。快進撃を続ける町田の一番星、平河がさらにまばゆい輝きを放つ戦いの舞台が待っている。
(藤江直人 / Fujie Naoto)
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。