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「外れるとは思わなかった」 中村俊輔W杯落選のトルシエ采配に日本代表OBが感じたコト
福西崇史氏が前園真聖氏のYouTubeチャンネルに出演
元日本代表MF前園真聖氏のYouTubeチャンネル「おじさんだけど、遊んでもいいですか?」に、元日本代表MF福西崇史氏が出演。1998~2002年に日本代表監督を務めたフィリップ・トルシエ氏に関して、「規律には厳しかった」と振り返っている。
福西氏は1999年6月のコパ・アメリカ(南米選手権)ペルー戦でA代表デビュー。その後、2002年自国開催の日韓ワールドカップ(W杯)、06年のドイツW杯と世界大会も経験し、日本代表として計64試合に出場して7得点をマークした。
トルシエ氏と言えば、DF3人がフラットに並び、最終ラインを自在に上げ下げすることで相手の攻撃を制限する「フラット3」を採用したことで知られる。それに代表されるように、「規律は厳しかった」と福西氏は明かす。
「そのなかでも、フラット3で言うと、『あんなに高い位置でやったら、裏怖いよ』と、ディフェンスラインは話をしていた。(ラインを)下げようとしたら、トルシエはベンチで激怒していた(笑)」
「上手くいったら褒める」(福西氏)スタイルだったトルシエ氏。前園氏が「まあ、でも結果が出たもんね」と振ると、福西氏も「ああいう指導の仕方もあるんだと勉強になりました。あの時(2002年の日韓W杯)、シュン(中村俊輔)は外れている。『お前が外れるとは思わなかった』という話はした」と語った。
福西氏は「結局、“対トルシエ“みたいになる」と続け、「トルシエに言われるとあかんからと言うのもそうだし、選手もくそと思いながらやる。それをトルシエが全部踏まえたうえでやっていたら凄い。ある程度意図的にやっているのはあると思う」と回想した。
その後のジーコ・ジャパンも経験している福西氏は、「逆に2006年はジーコがいわゆる自由。僕はブラジル人監督の元で育っている。そして、(オランダ人指揮官のハンス・)オフトでヨーロッパのやり方に慣れていた。そういう意味では、ジーコがブラジル式、南米式で、みんなで自由に作り上げていくスタイルに慣れていたので。ジーコの時のほうが(みんなで)話した」と比較していた。