損害額数十万円、約2か月の労力も水の泡 平壌開催中止の裏側…日本人記者を襲う“虚無感”【コラム】

約2か月の労力も水の泡に【写真:ロイター】
約2か月の労力も水の泡に【写真:ロイター】

平壌開催の試合に向けた取材申請は1月30日からスタート

 アジアサッカー連盟(AFC)は3月22日、26日の朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)対日本代表の北中米ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の試合が「当初の予定通り平壌もしくは中立地で開催されない」と発表した。日本代表にとってはチーム作りの機会を失ったが、代わりに苦手な平壌で試合をしないで済んだ。

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 チームにとってもマイナスとプラスがあったが、取材に行こうと思っていた個人にとってもマイナスとプラスがあった。何よりもまず手間。これが今回は多かった。

 通常なら、機材リストなどの書類を揃えて取材申請をし、ビザを取得する。この一連の流れが始まるのがだいたい1か月前で、例えば2023年11月21日にサウジアラビアで開催されたW杯アジア2次予選シリア戦の時は10月20日から申請がスタートした。

 今回の試合は3月26日。通常なら2月の終わりに取材申請すればいい。だが、日本と国交がない国での取材のため、許可されない場合もある。2023年8月、北朝鮮サッカー協会の要職にある人物にインタビューした際には「あまり多くの人数は許可されないだろう」と言われていた。

 そんな事情もあるため、今回の取材申請は1月30日に始まり2月5日に締め切られた。もし許可が下りた場合は辞退しないように、という注意書きも付いた。持ち込む機材はパソコン、カメラだけではなく、スマートウォッチに至るまで事細かに書いておく。

 さらに北朝鮮に入国するためには一度中国に入国し、北朝鮮大使館でビザを申請して受け取らなければならない。そのため中国のビザが必要となる。中国国内では取材をしないものの、多くの機材を一度は持ち込むため、観光ビザではなく、報道ビザが必要になった。そのビザの申請締め切りは3月1日。再び事細かな機材リストを中国用のフォーマットで作成する。

 もっとも、そもそも平壌で開催できるのかがずっと不明だった。2月24日に平壌で開催される予定だったなでしこジャパン(日本女子代表)のパリ五輪アジア最終予選は2月21日にサウジアラビアのジッダに変更された。

 日本代表はどうなるのか、2月中に結論は出ず、アジアサッカー連盟(AFC)が平壌を訪れたのが3月2日。5日までの視察を終えたあと、平壌開催が正式発表されたのが11日だった。

 この時点で残り15日。ところが、まだ取材許可が下りない。結局、26人の申請者のうち22人が許可されたのが3月18日。やっと中国までの飛行機や北京のホテルが手配できる。ここで明らかになったのがコストの高さだった。

経由地の中国での入国方法にも問題発生

 2011年11月、2014年ブラジルW杯アジア3次予選が平壌で開催された時は諸々の費用を含めて約45万円かかった。ただし、その頃は1ドル80円。現在は1ドル150円で、前回の倍とまでは言わないまでも、それをやや下回るくらいのコストがかかる。

 いやー、この時点で考えました。いくら滅多に行けない場所だとは言え、1試合で稼ぐには難しい額。前回すらすべての費用を回収するまでに何か月かかかったのに、今回は大赤字間違いなし。慌てて銀行に融資の相談を持ちかける。

 ところが、それ以上に難しい問題が生じた。中国からのビザがまだ下りない。報道ビザで入国するためには「招聘状」が必要なのだが、それが来ない。もしも出発までに来なければ、別の方法で中国に入国しなければならない。

 それはトランジットビザを取得するという方法だ。中国の空港に到着した時にほかの国に出発する航空券を見せて一時的な滞在であることを証明すれば発給される。ただし、北京から平壌に飛ぶ便の航空券が北京で手に入るのは3月22日。報道陣が出発するのは23日で、22日に航空券を手に入れた日本代表スタッフから写真を送ってもらい、それで証明することになる。

 そしてこのトランジットビザを取得する方法にも問題があった。トランジットビザを取得するのには時間がかかりそうだった。23日の早い便で中国に行かなければ入国に時間がかかり、北朝鮮のビザ申請に間に合わなくなる。また、本当に写真を見せれば大丈夫なのか分からない。

 つまり23日に中国に行ってみないと、その次の平壌行きの行程に乗れるかどうか分からなかった。最悪は北京から日本に逆戻り。そこを覚悟して飛ばなければならなかった。

招聘状を含めて中国の報道ビザ取得を巡ってもドタバタ

 すると、3月19日になって事態が好転する。中国からの招聘状が届いたのだ。20日は祝日なので中国ビザセンターが開いていないため、21日の朝一番でビザセンターに行き、報道ビザが申請できる。

 それまで、もしかしたら北京からそのまま戻ってくることを考えて手配できずにいた中国からの帰国便と北京のホテルが、やっとここで手配できた。

 さて、あとは21日の朝、中国ビザセンターに行けばすべてが上手く収まる。そう思っていたら21日早朝、知り合いからの電話で叩き起こされた。「もしかしたら平壌開催なくなるかもしれませんよ」。慌てて知り合いに電話をするが、真相は判明しない。そしてそのままとりあえず中国ビザセンターへ。

 もやもやした気分でビザセンターに到着したら、なんと招聘状がまだセンターに届いていない。「しばらく待ってください」と言われて午前中は待たなければいけないだろうと覚悟を決めて、待つ間に「平壌開催がなくなる」という情報の確認を続けることになった。

 そして、「ほぼ開催されない」という情報を掴んだ直後に招聘状が来た。一縷の望みを託してビザを取得することにして、翌日には発行してもらうために料金が高い「特急」扱いで依頼する。さらに情報を集めると、確実な情報として「平壌開催はない」ということが判明した。

 その後、21日の試合を経て、22日の日本代表の練習後に正式に試合の中止が決定。こうして1月30日にスタートした平壌行きのための準備やヤキモキやドキドキなどは、すべて無に帰した。

 中止になったため、北京から平壌の往復チャーター機代、現地での報道陣向けバスの使用料、平壌のホテル3泊分の料金、平壌で使用するためのSIMの費用、インターネット利用料などは払わずにすむことになった。

 だが、それでも北京の往復代金などはキャンセルが効かないので支払わなければならない。いっそのこと中国旅行でもするかと思ったが、なんと中国の報道ビザは平壌行きがなくなったために発行されず、中国にも行けないことになった。

中国への航空券を含めた18万円の損失

 せめて手元に印刷された航空券でもあれば額に入れて飾れるのだが、実際は手元に「手配しました」というメールが残るのみ。行きが約8万円、帰りが約9万円、諸々いろいろ手配や交通費などで使った1万円の合計18万円は何も手元に得るものがないまま来月引き落としになる。

 せめてもの救いは北京のホテルがギリギリ無料でキャンセルできたことだが、書類作成などに使った時間などを考えると一層落ち込む。

 これが個人的なマイナスの部分。だがプラスもあった。

 それは3月27日まで海外取材の予定だったため、シーズン中というのに週末に何も予定が入っていないことだ。こんなにどこにも取材に行かない週末は滅多にない。

 この貴重な時間は18万円に匹敵する——はずはない。来月は18万円余計に稼がなければならない。いやもうこれ、どうするのよ。平壌行きがなくなったので、銀行の融資は申請やり直しになったし。

 そんな現状を分かって、原稿を書かせてくれた「Football ZONE」さん、ありがとう。これって原稿料、上がりますか? どうですか? そうですか、上がりませんか……。

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(森雅史 / Masafumi Mori)



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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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