平壌開催“中止”の裏側 北朝鮮・協会関係者の沈む声…疑いが確信へ変わった瞬間とは?【コラム】
北朝鮮の懸念はFIFAからの制裁、同国関係者も当初は“疑いの目”
3月21日の早朝、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のサッカー協会関係者に電話をかけた。取材を始めてもうすぐ15年になる、いつも冷静で笑顔を絶やさない人物の戸惑っている様子が感じ取れた。
「平壌で開催できるのですか?」
「いや、それはもしかするとガセ情報かもしれません」。声から疑わしく思っている感じが伝わってくる。
彼にとってにわかに信じられない内容なのは当然だろう。なぜなら関係者たちにとって平壌開催は悲願だったからだ。なでしこジャパンとの試合は、一度アジアサッカー連盟(AFC)に北京と平壌の定期便がないことを理由に断られ、ならば臨時便を出すと申し出たものの、サウジアラビアのジッダに変更された。
つまり今回の日本代表戦は3度目のトライだった。AFCの視察団が訪れたときは「今日出国したそうです。上手くいけば今日中にAFCの本部があるマレーシアに帰られるんじゃないでしょうか」と、関係者は期待を込めて一挙手一投足を見守っていた。
数日で判断されると言われていたが、実際は平壌開催が決定されるまで6日ほどかかった。その間は連絡するたびに相手の緊張感が伝わってきた。もしかしたら日本が平壌開催を邪魔しているのではないかという疑心暗鬼の声も出ていたらしいが、もちろんそんなことはなく、やっとAFCの承認が下りた。
朝鮮国内では2020年に新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、国内での国際試合ができなくなっていた。今回の日本戦はその処置が解除されて最初の国際試合になる予定だった。そのため多くの平壌市民は楽しみにしていたという。
選手も思いは同じだった。21日の試合で後半2分、日本のゴールポスト右を叩くシュートを放ったハン・グァンソンは2017年から2020年までカリアリ、ペルージャ、U-23ユベントス(すべてイタリア)でプレーしていた。新型コロナウイルスの影響で帰国できなくなっていたとき、ヨーロッパのあるチームからオファーが届いた。
そのとき、ハン・グァンソンは「自分は国内で両親に自分のプレーを見てもらいたい」と語り、帰国のチャンスを待つために断ったという。もしかすると海外でプレーしたほうが収入は多かったかもしれないが、それよりも家族に見てもらいたかったのだ。
関係者の沈む“声”…代替地模索も見つからず
日本戦では自分の姿を家族や友人に見てもらえるということで、選手たちは大いに張り切っている。そう何度も聞かされていた。国を挙げてこの試合を待ち望んでいたはずだ。だったらいきなりの中止はあるはずがない。
ところが、時間をおいて連絡するたびに彼の声が沈んできた。どうやら話が本当らしいと分かってきたのだ。「日本で感染が拡大している、致死率が高い溶連菌の日本からの流入を警戒してAFCに開催地変更を申し出たようです」。そして21日の昼過ぎには平壌開催はできないことが確定的になった。
その時点でグループ1位の日本は勝点6、2位のシリアは勝点4、朝鮮は勝点3、ミャンマーは勝点1。上位2チームが3次予選に進めるので、朝鮮にも十分にチャンスがある。平壌で開催できなくても、第三国で試合をして勝点を稼ぎたい。
代替地としてはどこがいいか、さまざまな議論が行われたという。なでしこジャパンのときのように、中国、ベトナムなどが候補に挙がっては消えた。そして最終的には、日本への打診が決まった。「2試合とも日本国内ではどうか」というのは、日本にとっても有利な条件なので、それなら実現できるかもしれない。そして21日の試合のハーフタイムに日本サッカー協会(JFA)に打診した。
もしも日本が、サッカーを中心に回っているような国だったらすぐに行政が動いてくれたかもしれない。だが日本のサッカー界には、依頼されてすぐに在留期間を延長できるほどの政治力はない。どうしても数日はかかる。そしてタイムリミットは翌日までだった。
日本に断られたことで目論見は崩れた。夜、議論が煮詰まっている時に、韓国開催になるかもしれないという情報が寄せられる。ほとんど可能性はないと思いながらもいろんな心配をしなければならなかった。関係者は、一睡もできないまま朝を迎えたと打ち明けた。
FIFAからの決定待ち「次の試合に向けて気持ちを切り替えるしかありません」
22日、AFCが打診した国からも了承を得られず、ついに事態が行き詰まった。そして夕方、AFCは「3月26日に行われる朝鮮民主主義人民共和国代表対日本代表の試合を当初の予定通り平壌もしくは中立地で開催されないことを決定した」と発表した。日本代表も活動を停止し、試合がなくなることは確定してしまう。
関係者の今の関心は、今回の一連の出来事に対して今後FIFA(国際サッカー連盟)からどんな裁定が下されるかということ。予選を放棄したということになれば、次の大会の予選参加禁止などという厳しい措置がとられるかもしれない。一方で今回は感染症の拡大防止という理由で、この正当性が認められればペナルティーはないかもしれない。
彼は最後に噛みしめるように言った。
「我が国は日本ほど医療態勢が整っていない。だから感染症は持ち込まないのが一番なんです。その考えは分かります。もう次の試合に向けて気持ちを切り替えるしかありません。21日の試合で選手は頑張ってくれました――」
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。