ルートン橋岡大樹「本当に見とけよ」 プレミア初挑戦で続く苦境…“不屈の精神”で挑む先発争い【現地発コラム】
劇的な同点劇の中で出番が失われたフォレスト戦
今季のルートン・タウンを一言で表現すれば「不屈」になるだろう。そして、まだ移籍して日が浅い橋岡大樹にも、このチームに相通じるスピリットが宿っている。
日本代表DFが今冬に選んだ移籍先は、32年ぶりに復帰したトップリーグでの1年目を断トツの降格候補と目されて迎えていた。開幕4連敗という、プレミリーグでの滑り出しでもあった。
にもかかわらず、実際はボトム2(下位2チーム)に根を張っているバーンリーとシェフィールド・ユナイテッドを尻目に、昇格3チーム中最大で、十分に現実的な残留への望みとともに終盤戦を迎えている。その打たれ強さが見直されはしても、見切りをつけられてなどいない。
現地時間3月16日、ホームのケニルワース・ロードで行われた第29節ノッティンガム・フォレスト戦(1-1)が最新例だ。勝ち負けが3ポイント以上のインパクトをもたらすことから、「6ポインター」と呼ばれる残留争いのライバル直接対決。ルートンは、1つ上の17位にいるフォレストに零封負けを喫するかに思われた。
だが後半44分、コーナーキック(CK)の流れから同点ゴールが生まれた。ベンチを出た4分後に値千金のボレーを決めたのは、7年前の4部時代に加入したMFルーク・ベリーだった。
最新メンバーの“ハシ”こと橋岡は、ベンチ左端の階段に腰を下ろした格好で劇的な同点弾を見届けている。移籍後5試合目のピッチに立つかと思われたのは、その3分ほど前。しかし、自軍がCKを奪い、続いて得点という展開の中で自らの出番は失われた。
たとえ最後の数分間だけだったとしても、ベンチを出ることができなかった悔しさは強かっただろう。3日前の前節ボーンマス戦(3-4)では、ルートンでの初先発が不本意な68分間に終わっていたからだ。
起用されたポジションは、本職でも、本来のサイドでもない、3バックの左ストッパー。とはいえ、レギュラーCB(センターバック)陣に怪我が相次ぐなかで、新DFとしてスタメン抜擢の期待には応えられなかった。守備陣の1人として、3点のリードを守れなかった。
1失点目の場面では、相手CFドミニク・ソランケに力で抑えられてターンを許し、その間に股間を通されたボールに走り込まれてシュートに持ち込まれた。交代直前の3失点目は、右ウインガーのアントワーヌ・セメニョが相手。1対1から切り込まれ、左足でネットを揺らされている。味方の援護が乏しかったこともあるが、対人守備の強さで知られていたはずの橋岡がボーンマス攻撃陣に狙われた感もあった。
続くフォレスト戦では、イッサ・カボレが左ストッパーを任された。本職は、自身と同じ右SB。年齢は、2つ下。マンチェスター・シティからレンタル移籍中の22歳は、かつてリバプールでもプレーしたディボック・オリギらを相手に、少なくとも及第点の90分間だった。
出場時間を伸ばせていない現状は“想定内”
橋岡は、獲得当初から「どこまで戦力になれるのか?」という見方をされてきただけに、加入から約1か月半で今後の出場が怪しい立場に追い込まれたと見る向きもあるだろう。浦和レッズで頭角を現して以来、今季前半までのシント=トロイデンでもレギュラーが当たり前だった24歳が、プレミア初挑戦とほぼ同時に「未知の領域」に足を踏み入れたとも考えられる。
ところが当人は、たくましいほどに前向きだ。まだ物理的に一緒に戦う時間は限られているが、「不屈の精神」面では既にチームと一心同体だと思わせる。
フォレスト戦では、ルートンのサポーターたちが「ポイント剥奪が迫ってくるぞ!」と、スタンドのアウェー陣営を“口撃”する中で終了の笛を聞いた。リーグ順位は18位のままだが、17位との差も3ポイントのまま。そのライバルには、財務上のルール違反に対するリーグによる制裁があり得ることを考えればなおさら、この日の勝ち点「1」には意義がある。実際、翌々日にはフォレストが4ポイント剥奪処分を受け、両軍の順位が入れ替わることになった(本稿執筆時点でフォレストは控訴検討中)。
ロブ・エドワーズ監督は、胸に拳を当てながら、試合後の会見でも口にした「ネバー・ギブアップ」をホーム観衆と誓い合い、選手たちも胸を張って引き上げていく。ルートン一行の姿は、ホームでの「6ポインター」で勝てず、残り9試合で降格圏内にいたチームのそれではない。その一員となり、試合後に「見とけよ、とは思っています」と語った橋岡の言動も、移籍早々に不安に駆られる新顔のそれではなかった。
単に楽観的なわけではない。先発が続かなかった現実を直視している。
「この前の試合(ボーンマス戦)は、スペースが結構あったなかで、1対1でもう少し早めに距離を詰める、カットインされてシュートを打たれる場面があったので、その前に距離を詰めて潰すっていうのは課題なのかなと思います」
ただし、それは「ここで力を見せつけるチャンス」を鷲掴みにするための課題だ。だからこそ、さらっと「全然へこたれていない」と言える橋岡がいる。
「傍から見たら失点に結構絡んでいたし、それは事実だとも思う。自分の中では、プレミアリーグに来てすぐにフィットできるという風にも思っていなかったし、もがく時間も絶対に来ると思っていた。それが途中出場で結構いい評価をもらえていたなかでの初スタメンで、もちろんめちゃくちゃ悔しかったですけど、これがプレミアだなとも思いました。こんなところでへこたれちゃダメ。今日は(出場)0分でした。でも、本当にここからが勝負。僕は(これまで)あまりもがくことがなかったので、ここで(こそ)本当に自分の力量を見せられるのかなと思います」
ポジティブ思考で受け止める本職ではない起用法
チームメイトも、その「力量」に期待を寄せている。同じルートンの新戦力だが、通算16シーズン目のプレミアで今季も20試合に出場しているアンドロス・タウンゼンドに橋岡評を尋ねてみた。32歳の元イングランド代表ウインガーは、次のように言っている。
「違うリーグからの移籍は簡単なことじゃない。ハシは、よくやっているよ。ベンチを出てインパクトを見せてきた。右SBなのに、左CBとしても起用される。ボーンマス戦が終わった後で彼に言ったんだ。『本来のポジションじゃないのに、チームのためによくやってくれた』って。(あの試合では)ハシだけじゃなく、全員がタフな後半を味わった。一緒にプレーする時間が増えれば、もっと大きな影響力を発揮してくれるはずさ。全てがポジティブだ」
橋岡自身は、ベテランが同情を寄せた起用法も前向きに捉えている。
「いろんなとこをやっている今、すごくいい経験ができているんじゃないかなと。ベルギーのシント=トロイデンから直接プレミアに行った選手は、多分(自分が)初めて。凄いレベルの差があると思う。そこで今、自分がやっているっていうことに自信を持たないといけないですし、でも、これからもそういう選手が現れるためには僕がここで活躍しないと続かないとも思う。試合に出られない期間にも成長はできる。この前の試合はいろんな角度からの批判だったりもありますけど、本当に見とけよ、とは思っています」
プレミアでの挑戦は、日本代表DFとして北朝鮮との2026年W杯アジア2次予選を終えた後の3月30日、第30節トッテナム戦で再開となる。4日後の翌節はアーセナル戦。強豪戦が続くが、ルートンのスピリットに倣って言えば、いずれも前回対決は1点差の惜敗。優勝候補のアーセナルも、両軍合わせて7得点のシーソーゲームを演じた相手ということになるのだろう。
代表ウィーク突入時点での故障者12名は、20チーム中最多でもある。だがこれも、橋岡にとっては「チャンス」ということになる。
「代表でもしっかりフィットして出られるようにして、その状態でプレミアのこのチームに帰ってきたい。いつチャンスが転がってくるかわからない状況だと思うので。常にいい準備をしているつもりだし、いつ出てもいい結果を出さないといけないなとも思っている」
そう言うと、ルートンの“ハシ”は頼もしく締め括った。
「僕は今、厳しい状況ですけど、楽しい状況に置かれているなとも思っています。ここから自分がどうなっていけるのか、すごく楽しみですね」と。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。