絶対王者たる所以…息を吹き返したバイエルン 選手が逆質問「まずはおめでとうじゃないの?」【現地発コラム】

バイエルンがラツィオとの第2戦に勝利【写真:ロイター】
バイエルンがラツィオとの第2戦に勝利【写真:ロイター】

バイエルン、CLラツィオ戦で見せた鬱憤を晴らすパフォーマンス

 公式戦で3連敗を喫するなど迷える状態に陥っていたドイツ王者バイエルン・ミュンヘンが鬱憤を晴らすパフォーマンスで、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)ベスト8進出を決めた。MF鎌田大地が所属するイタリア1部ラツィオをホームに迎えたセカンドレグでは立ち上がりから相手を圧倒し、終わって見れば3-0と快勝した。

 ラツィオ側からすれば、ファーストレグは1-0でバイエルンに勝利し、さらに点差をつけられる可能性もあっただけに、ラツィオのマウリツィオ・サッリ監督が「2-0にすることができていたら……」と試合後の記者会見で思わずこぼした気持ちも分かる。

 セカンドレグの後半35分から途中出場の鎌田は「クラブとしても、みんなの考えとしても、この試合がここ何十年の歴史の中で一番大事な試合だっていうふうに言っていたんで。今日に懸ける思いっていうのは、みんなそうだったと思う。負けちゃったのはすごい残念です」と口にしていた。

 一方のバイエルンの面々は、胸のつかえが取れたように久しぶりに晴れ晴れとした表情を見せていた。試合後のミックスゾーンでは新しくスポーツディレクターに就任したマックス・エッベルがとても満足げに地元記者の質問に朗らかに答えていた。

「今日スタジアムが作り出してくれた雰囲気を肌で感じて、このポジティブな気持ちを次へと持っていくことが大事だ。選手もいい感情を持ってプレーをすることができた。すぐにすべてがガラッと良くなるなんてことはない。ポジティブなものを持っていき、それでも現実的に足もとをちゃんと見つめる。一歩ずつ進んでいくことだよ。バイエルンにとってはいつも大きな一歩で前を走り続けているから慣れない状況かもしれないけどね」

 リーグ戦ではレバークーゼンと勝ち点10差の2位(第25節終了時点)。ドイツカップでは3部リーグのザールブリュッケン相手に不覚を取った。選手とトーマス・トゥヘル監督の間に確執があるのではと疑った記事が連日のようにアップされる。負傷者も多く、ベストなスタメンをなかなか組むことができない台所事情も影響し、チームは思うようにパフォーマンスレベルを高めることができないでいた。選手もイライラを募らせていく。

 ファンもそうした不穏な空気を感じていたのだろう。ラツィオとのホームゲームではゴール裏に大きなコレオが出現した。バイエルンにおいてCLベスト16でコレオの出現というのは久しくない。それこそ優勝候補クラスの強豪とベスト8で激突するか、全精力を傾けて勝負に出るベスト4でファンからの本気のメッセージを込めて出現するというのが通例。それだけに今回このタイミングでファンがコレオを準備したというのは危機感の表れでもある。

マヌエル・ノイアーとの興味深いやり取りとは?【写真:ロイター】
マヌエル・ノイアーとの興味深いやり取りとは?【写真:ロイター】

ミックスゾーンで見られた興味深いやり取り、GKマヌエル・ノイアーがチクリ

 さまざまな騒動がこれまでの歴史で何度もあった。だが、バイエルンがバイエルンたる所以は、どんなゴタゴタがあろうとも、どれだけ調子を崩そうとも、最大限のパフォーマンスが求められる試合となったらそれぞれがやるべきことに最大級の集中で取り組み、相手に反撃の糸口さえ与えずに圧倒的な力を誇示するところにある。

 そしてこの日のバイエルンにはその片鱗が確かにあった。ラツィオのサッリ監督も試合後、「今日のバイエルンはバイエルンだった。ブンデスリーガで調子が良くなくてもCLは別だ。クオリティーをピッチにもたらすことができるのを証明して見せた」と称えるしかない。

 何かと批判の的になっていたトゥヘル監督への風当たりもだいぶ和らいだように感じられる。この日は誰もが納得のスタメンとパフォーマンスが見られたことに加え、試合前のミーティングでチームを鼓舞するために扉を蹴り上げて負傷したというのが、情熱の証としてポジティブに受け止められている。

 試合後の記者会見でそのことを質問されると、「痛いよ。ちょっと折れたかも。だから試合中はずっとベンチに座っていたんだ。でも大丈夫」とトゥヘルは答える。とげとげした感じがない。報道陣からも柔らかい笑いが起こる。

 ミックスゾーンでは記者と選手の間でもそのことがひとしきり話題になっていた。ヨシュア・キミッヒの「シーズン後にクラブを去ることが決まっていながら指揮を執るというのは監督にとっても完全に慣れない状況のはず。そんななか素晴らしい仕事をしていると思う。あれほどの情熱で取り組んでいるというのは凄いこと」というコメントが端的に言い表している。

 ミックスゾーンでは興味深いやり取りもあった。キャプテンのGKマヌエル・ノイアーは報道陣に囲まれて質問を受け始めると、「まずは、おめでとうじゃないの?」と逆質問。慌てた報道陣から「快勝おめでとうございます」と声をかけられ、満足げに頷いて「最近は祝福を受けることが少なかったからね」とチクりと話す。

 ドイツにおける絶対王者として、つまずきが許されない立場なのは、選手、監督、関係者の誰もが分かっている。だからといって何を言ってもいいわけではないよ、というメッセージでもあるのだろう。

 大事な試合に勝利しただけに、トゥヘル監督も「イタリアのチーム相手に2点を取らなきゃいけない試合。チームパフォーマンスは素晴らしかった。集中して、90分間試合を進めることができた。リスクチャレンジと規律正しくポジションを守るところのバランスが良かった」と満足げだ。

 続くブンデスリーガ第25節のマインツ戦ではホームで8-1と大勝し、シーズンで最も大事な4月と5月のラストスパートに向けての土台を築き上げることができた。バイエルンが再び怖さを取り戻しつつある。

page1 page2

中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

今、あなたにオススメ

トレンド

ランキング