森保Jは選手が戦い方を決めてはいない 一人歩きする「ボトムアップ」という言葉【コラム】

森保ジャパンにおける「ボトムアップ」の意味とは?【写真:ロイター】
森保ジャパンにおける「ボトムアップ」の意味とは?【写真:ロイター】

本来は「臨機応変」が目的

 果たして、森保一監督のチーム作りは「ボトムアップ」型なのだろうか。

 最近の森保監督に関する話題の中でたびたび登場するのが、「森保監督のボトムアップ型チーム作り」という内容だ。

 今年のアジアカップでも、グループリーグ第3戦インドネシア戦の前日会見で監督に対して「どうしてもボトムアップ型だと前半の途中、後半の途中で(戦術を)変えるのが少し難しいという構造的な部分はあるのではないか」という質問が出た。

 森保監督も「私自身はどちらかと言うとボトムアップ型かなと。みんなで目標に向かって、勝利に向かって進んでいこうということができる環境作りをしていきたいなということを思っています」と答えている。

 だが、「ボトムアップ」の意味が使う人によってズレているようだ。

 まず森保監督がなぜ大枠の戦術・戦略を説明し、細部については選手の自由裁量を多く取り入れているかというのには理由がある。これまでに監督が何度か説明したのは、2018年のロシア・ワールドカップ(W杯)ベスト16のベルギー戦での体験だった。

 ベルギー戦は日本が後半23分まで2-0でリードしながら、同点に追いつかれ、後半アディショナルタイムに逆転されてしまった。その時、ピッチ外から選手に指示を出しても実際の試合では間に合わないという経験を積んで、選手が自分たちで修正できることが勝利のためには必要だと考えたと森保監督は考えた。

 つまり、試合中の柔軟な対応のために選手には自由度が与えられている。その選手の裁量権が大きいことを「ボトムアップ」とするならば、本来は「臨機応変」が目的なのだ。

「トップダウン」とは対比的な「ボトムアップ」型

「ボトムアップ」が監督の説明する「みんなで目標に向かう環境作り」は、「選手の声を吸い上げて戦術を決める」とは、少し違う。それはそもそもチーム作り、特に代表チームの作り方は「ボトムアップ」に向かない。

 代表チームは試合によって招集するメンバーが変わる。そのときどきに集まった選手で戦わなければならない。しかもアジアカップやW杯、そのほかの大会に招待された時を除けば集合してから試合までは長くて4日、集合初日はだいたいコンディション調整で、選手が五月雨式に合流するため全員が揃って練習できるのは試合前日ということもよくある。

 となると、クラブチームとは違って細かいプレーをすり合わせていくのは難しいだろう。そのため、監督が大枠を作って、あとは選手がそれぞれとコミュニケーションを図って調整していくのが現実的だ。そのため「選手の声を吸い上げて戦術に反映する」については限定的なことにならざるをえない。そうでなければ時間が足りないのだ。

 実際、森保監督の練習は、まずはチームとしてどうボールを動かしたいか、ボールを奪ったところからどう攻めたいかという原則からスタートする。各チームから集まってきた選手たちに日本代表の動きを思い出させることが目的だ。そこから選手間の微調整が始まる。コーチも選手たちの話を聞き、取り入れることもある。

 もっとも、過去の日本代表監督でも、提案しに行った選手やコーチに対して「そんな考えは持たず自分に従うように」と言ったという話を聞いたこともあるので、すべてを自分の考えで統一しようとする「トップダウン」型の代表監督もいるのは間違いない。

 そう考えると、限定的ではあっても選手の意見を取り入れる森保監督は「トップダウン」とは対比的な「ボトムアップ」と言えるかもしれない。

 この選手からの提案について、日本は過去にいくつかのケースを経験している。例えば1993年10月の「ドーハの悲劇」の際は、ピッチの中の選手が「この選手を入れてほしい」と思っていた選手とは別の選手をハンス・オフト監督が選択した。その時、まだオフト監督に選手は要求することができなかった。

選手が行うのはあくまで微調整

 2011年1月のアジアカップでは、アルベルト・ザッケローニ監督が交代選手を投入してシステムを変更しようとしていたのを、ピッチの中にいる選手が意見を伝え、その後、投入する選手は同じだがシステムは変更しなかったというケースがあった。

 長い歴史をかけて、ピッチの中と外がよりコミュニケーションを取るようになってきたことを考えると、森保監督のように選手の提案に耳を傾けるというのが、日本には合っていそうだ。

 一方で、多くの日本人選手が活躍するヨーロッパのチームはどうか。ヨーロッパ視察を終えた森保監督が語ったのは、ヨーロッパの監督のほうが日本の監督よりも細かく指示を出し、「これをやっておけばいいから」と「トップダウン」的なタイプが多いということだった。

 つまり、選手は事細かに指示されるのに慣れている。その意味では選手が日本代表に合流すると、いつもと勝手が違うということにもなるだろう。ただ、それでも日本代表のすべてが「ボトムアップ」ではない。例えば、ゲーム中のシステム変更やポジション修正などは森保監督の指示で行われており、選手はあくまで微調整を行っているのだ。

 最初に森保監督に「ボトムアップ」について質問した記者は、その人物のさまざまな知見から考えるとたぶんどの領域で調整が行われているのか認識していて、そこからさらに踏み込んで問題点は存在しないのか質問したのだと思う。

 ところが、その「ボトムアップ」という言葉がその後一人歩きしている。あたかも監督が自分の意志を持たず、すべてが選手任せのように使われることもある。

 森保監督が自分で言う「ボトムアップ」と、ほかの人の使う「ボトムアップ」には違いがある。その齟齬があるゆえに、森保監督は「ボトムアップ」について何度も説明しているのだろう。

 森保監督は「(選手の意見を吸い上げる)ボトムアップ」型ではあるが「(選手が戦い方を決める)ボトムアップ」型ではない。その違いが語られないまま「ボトムアップ」型が使われるようなら、監督は今後も自分の思いとは違うと悩みながら説明することになるのだろう。

(森雅史 / Masafumi Mori)

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森 雅史

もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。

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