日本で当たり前の練習公開「必要ある?」 ドイツで意外な反応…日独“ファンサ”価値観の違い【現地発コラム】
【日本×海外「サッカー文化比較論」】国によるファンサービスの違い
日本と海外を比べると、異文化の側面からさまざまな学びや発見がある。「FOOTBALL ZONE」ではサッカーを通して見える価値観や制度、仕組み、文化や風習の違いにフォーカスした「サッカー文化比較論」を展開。今回は、練習の公開を例に取りファン・サポーターのサービスについて考える。
◇ ◇ ◇
昨年末から今年2月初旬まで、在住先のドイツから日本へ一時帰国して浦和レッズのプレシーズンキャンプを取材した。今季の浦和はノルウェー人指揮官のペア・マティアス・ヘグモ監督が新たに就任して沖縄で精力的にトレーニングを積んだなか、チームは室内調整のメニュー以外はトレーニングマッチも含めて練習のほとんどを公開した。
ちなみに北海道コンサドーレ札幌を率いるミハイロ・ペトロヴィッチ監督もトレーニングを完全公開するタイプの指揮官で、常々「私にとって、サッカーは観る人あってのスポーツ。いかにお客さん、サポーターを大切にするかが大事だ」と発言している。
一方で、他のクラブを取材している記者に話を聞くと、プレシーズンキャンプのトレーニングを非公開にするところも多かったそうだ。日本ではプロ野球のように当地でのキャンプが地域活性の効果を生む側面もあり、球団と自治体がタッグを組む形でさまざまなサービスを提供する傾向がある。
しかしJリーグの場合は少し様相が異なっていて、ファン・サポーターに練習を公開しているところもあれば、情報発信を制限しているところもある。ヨーロッパのサッカークラブもプレシーズンにキャンプを張るが、その名目はチーム強化に特化している。
例えばドイツ・ブンデスリーガの各クラブは、シーズン開始前の夏は涼しい環境のオーストリアなど、ウインターブレイク中の冬は温暖なスペインなどの各地域でキャンプを張る傾向がある。とはいえ、それぞれの地にファン・サポーターが押しかけるような様子はあまり伝えられない。
また、ドイツの各クラブは2020年春以降のコロナ禍をきっかけにシーズン中の練習公開も制限する傾向を強めたように感じる。これは日本のJリーグも同様のようで、以前はファンサービスなどを兼ねて定期的に練習が公開されていたものがクローズされるようになり、コロナ禍が明けた今もそれが続いているところもあるようだ。
ファン・サポーターが応援するサッカークラブのトレーニング風景を観る、選手にサインを求めるといったニーズは各国によって違いはあるのだろうか。日本の場合は先述したようにそれなりの要求があるのかもしれない。それでは現在筆者が在住し、日常的に取材活動を行っているドイツ・ブンデスリーガの場合はどうなのだろうと思い立ち、少し調べてみた。
ドイツ人サポーターから感じる結果こそ最大の「サービス」という認識
せっかくなので、自らの住む地元クラブの練習に行ってみようとスケジュールを調べてみた。さっそくアイントラハト・フランクフルトのホームページを開いたが、どこを探してもトレーニングスケジュールが明記されていない。記憶ではコロナ禍前には記載されていたはずだが、現在は日時以前に練習公開の可否そのものが告知されていないようだった。ちなみにバイエルン・ミュンヘンやSCフライブルクなどもトレーニングスケジュールは公表されておらず、現状は完全非公開である。
ドイツの友達でフライブルク生まれのフライブルクサポーターがいるので、クラブがトレーニングを公開していないことについて感想を聞いてみたら、明快な答えが返ってきた。
「トレーニングを公開する必要なんてあるの? それで本番のゲームに何らかの悪影響が起きたら、逆にサポーターが怒り出すと思うんだけど……」
プロのサッカークラブに求められるのは結果であって、ひいてはそれがサポーターの想いに報いる最大の「サービス」になる。このような考えを持つ現地のサポーターはとても多く、筆者が通う語学学校の教師で熱烈なアイントラハト(フランクフルト)サポーターのニコ先生もこう言っていた。
「練習なんて観に行って、何が楽しいんだよ。そもそもチームがいつ、どこで練習しているかなんて知らないし、なんの興味もないね。チームがスタジアムで最高のパフォーマンスをしてくれれば、それでいいんだからさ」
練習公開に寛容な2クラブ
至極真っ当な意見である。ただしドイツ・ブンデスリーガのサポーター気質も一律ではなく、そのクラブの文化や慣習、風土によって若干感覚は異なる。
RBライプツィヒはトレーニングスケジュールを公表しているクラブの1つで、定期的に公開練習日を設け、その場所や開始時間などを明記しているほか、「監督や選手を間近で見ることができますよ」という文言を添えてもいる。ただし、そのトレーニングを見学するためには事前に申し込みが必要で、オンラインで事前申請した者だけが見学できる仕組みになっている。
シャルケは、おそらくドイツ・ブンデスリーガで最もファン・サポーターにトレーニングを公開しているクラブだ。シャルケのトレーニンググラウンドはホームスタジアムの「フェルティンス・アレーナ」に近接していて、周辺にはクラブハウスだけでなくサポーターが利用できるカフェやパブなどの施設もある。それらの施設は試合日だけでなくトレーニングが行われている日も大抵開放されていて、訪れるファン・サポーターが各々利用できる。
結果が出なければ経営に打撃…練習公開は簡単ではない?
また、シャルケはドイツでも屈指の人気を誇るクラブだ。本拠地は6万2271人収容で、昨季のホームゲーム平均入場者数は6万691人と、収容率は驚異の98%を数える。これはブンデスリーガ全体でボルシア・ドルトムント(平均8万426人)、バイエルン(7万5024人)に次ぐ堂々の3位でもある。
人口26万人前後のゲルゼンキルヒェンという小都市を本拠とするにもかかわらず、シャルケが多くのファン・サポーターに支えられている理由はなぜか。それは、このクラブが地域共生の精神を全面に押し出しているからでもある。同じくノルトライン=ヴェストファーレン州に属し、シャルケと人気を二分するドルトムントが月に1回程度の練習公開に留まっているのとは対照的で、その面からもドイツのサッカーファン・サポーターの心理を一括りにしてはならないとは思う。
ただし、そんなシャルケもコロナ禍明け以降は週1回程度の公開練習に留まっていて、以前のようにトレーニングを完全公開することはなくなっている。シャルケは現在経営難に陥って成績が伸び悩み、昨季は1部17位で降格を喫し、今季はブンデスリーガ2部23試合を終えて18チーム中14位と低迷中のため、チーム立て直しが急務という複雑な事情もある。
それでも今季2部での観客動員数は11試合平均で6万1385人と、1部で戦っていた昨季よりも上回っており、ファン・サポーターのクラブへの献身的な想いはいささかも揺らいでいない。
プロスポーツにおけるファンサービスの定義はさまざまで、単純に答えを見出すことはできない。特に多くの国のリーグで昇降格があるサッカーの場合は、結果を得られなければクラブが存続危機に陥るリスクを孕む。その点を踏まえつつ、コロナ禍以後では確かにトレーニングを非公開にするクラブが増えてきたように感じる。それでも、各々のファン・サポーターとクラブのお互いの向き合い方は千差万別なだけに、その競技独自の成績と人気が両立する施策が生み出されてほしいとも思っている。
(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)
島崎英純
1970年生まれ。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動を開始。著書に『浦和再生』(講談社)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信しており、浦和レッズ関連の情報や動画、選手コラムなどを日々更新している。2018年3月より、ドイツに拠点を移してヨーロッパ・サッカーシーンの取材を中心に活動。