“契約満了”を告げられ紡いだ「ありがとう」 厳しいプロ生活を生き抜いたベテランの寛大さ【コラム】
C大阪時代の玉田圭司が16年のシーズン終盤に語った言葉
北風が吹き始めた2016年11月末。J2を戦い抜き、4位でフィニッシュしたセレッソ大阪はJ1昇格プレーオフを戦っていた。27日に行われた5位京都サンガF.C.戦は1-1で引き分け。ファジアーノ岡山との決勝進出が決定した。チームはJ1へ向けての決戦へ士気を高めるなか、黙々と準備を続けるベテランがいた。元日本代表FW玉田圭司だった。
午後2時からの練習を終えてすっかりと日も落ちたC大阪の練習場。次々と選手は帰宅したなかで、駐車場にベテランの車はまだあった。その前で約1時間は待っただろうか。扉が開いて、ピンク色がかったスパイクを手に持った玉田が出てきた。「玉田さん、1ついいですか」。そう話しかけると、「どうした?」と、トランクを開けてスパイクをしまいながら答えてくれた。
私は当時勤務していたスポーツ新聞社の入社3年目。若手記者に対しても誠実に取材対応してくれるのが玉田だった。だからこそ、“書く”前にどうしても話しておきたかった。
「今季限りで契約満了になると聞きました」
正式なリリースは12月4日のJ1昇格プレーオフ決勝を終えてから。いわゆる「ニュース」という、発表前にスポーツ新聞が出す記事。玉田の退団について聞いていた私は本人にあてに行った。失礼は承知だったが、いつも誠実に対応してくれる玉田だからこそ無断で書くことはできず、正面からぶつかりたかった。すると、想像していなかった言葉が返ってきた。
「セレッソに来てから、取材しているのを見てきたし、取材してきた結果(つかんだ情報)でしょ。分かっているよ。うん、書いていいよ」
衝撃だった。当時36歳の大ベテランとは言え、プロ選手が生きるか死ぬかギリギリの瀬戸際に立たされている時。怒って当然だと思っていたし、怒られる覚悟だった。少しも考えることなく、相手の立場に立てる器の大きさを当時の私は想像できていなかった。
「寒かったでしょ、言いに来てくれて待っていてくれてありがとう」
続いて出てきた言葉にどう返せばいいか分からなくなった。契約満了を宣告されていた玉田が見せた姿に「すみません……」としか言えなかった。
その後、C大阪はJ1昇格を決めて、玉田の退団リリースが発表された。その10日後にはクラブハウスで約50人のサポーターと別れを惜しんで「まだ選手を続けると思う」と現役続行宣言をした。退団発表のあと、すぐロアッソ熊本からオファーがあったが、名古屋グランパスへの復帰を決めた。2019年からはV・ファーレン長崎でプレーし、2021年限りで現役引退を決意。あの駐車場で話してから5シーズン、スパイクを履き、ボールを追い続けた。
岐路に立たされていても前を向き、信じていたからこそ出た言葉たち。秋の終わりに玉田とかわした会話は今後も忘れることはない。