遠藤航がクロップの下で輝けた理由 香川、南野が築き上げた信頼に隠された真実【コラム】

ユルゲン・クロップ監督の下で真価を発揮した遠藤航【写真:Getty Images】
ユルゲン・クロップ監督の下で真価を発揮した遠藤航【写真:Getty Images】

昨夏に加入した遠藤を香川真司は期待していた

 2月25日の2023-24シーズン・カラバオカップ決勝。リバプール対チェルシーという大一番は120分の死闘の末、フィルジル・ファン・ダイクの決勝弾でリバプールが1-0の勝利。ユルゲン・クロップ監督のラストシーズン最初のタイトルを手に入れた。

 名将の熱烈オファーを受け、昨夏に名門クラブの一員となった遠藤航にとっても、記念すべき初タイトルとなった。2018年夏にベルギー1部のシント=トロイデンに赴き、ドイツ1部のシュツットガルトを経て、最高峰リーグにステップアップした彼だが、これまでは下位争いに忙殺されることが多く、優勝カップを手にするチャンスは皆無に近かった。

 そんな自分が30代になってカラバオカップ決勝でフル出場を果たし、タイトル獲得の原動力になったのだから、喜びはひとしおだったはず。しかも、対戦相手には、遠藤が玉突き移籍する要因になったモイセス・カイセドがいた。

「航はクロップが間違いなく好きなタイプ。むしろやれると思う。リバプールはカイセドを取れなかったけど、航で十分補えると思うんで、それを証明してほしいですね」

 遠藤がリバプールデビューを果たした昨年8月19日のボーンマス戦の翌日、香川真司(セレッソ大阪)が大きな期待を口にした通り、日本代表キャプテンはカイセドを上回る存在感をアピールした。

 的確なポジショニングと要所、要所でのボール奪取、素早い展開は目を見張るものがあった。後半開始早々に中盤で反転し、左サイドのルイス・ディアスに出したパスなどは一級品。直後の左CKからの思い切ったシュートも迫力が感じられた。

 後半15分のセットプレーからファン・ダイクが頭で押し込んだ決定機は遠藤の立ち位置がオフサイドと判定され取り返されてしまったが、そういったマイナス要素にも動じないのがこの男。最後までタフに走り続け、堂々たるパフォーマンスを披露。シーズン序盤は出番を得られるかどうかを不安視された31歳のボランチは完全なる主力の地位を勝ち得たと言っていいだろう。

「『結局、自分のところで奪えばいいんでしょ』という話。それはリバプールで求められている部分で、ずっとトライしているところ。自分のところで奪い返したり、セカンドを拾うところも含めて、運動量多くやれればいいと思って取り組んでます」と彼はアジアカップ期間中にリバプールでのタスクについて言及する機会があったが、クロップとの出会いによって、ストロングポイントがより研ぎ澄まされている印象を受ける。

 シュツットガルト時代は4-1-4-1のインサイドハーフで起用されるのがメインで、攻守両面で幅広い仕事を託されていたが、今の環境ではアンカーとして球際のバトルやボール奪取、前への展開といったプレーに専念できるようになった。そこも遠藤が輝いている大きな要因なのかもしれない。

 クロップにしてみれば「ワタルなら確実に自分の求めることを120%のマインドでこなしてくれる」という絶対的な信頼があったのだろう。それは香川、南野拓実(ASモナコ)といった日本人選手たちとの強固な師弟関係によるところが大なのではないか。

 2010年~12年にボルシア・ドルトムントで共闘した香川、2020~2022年にリバプールで共闘した南野はどちらもハードワークを厭わない献身的なアタッカーだった。「日本人選手はハードルの高いタスクを課しても、それをクリアしようとガムシャラに食らいついてくる。絶対にサボらず全力で戦い続けてくれる」という確信を深めたに違いない。それはクロップにとって大きな発見であり、自身の戦術を具現化させるための重要な駒として信頼を寄せるようになったのだ。

 そういった先人たちがいたから、遠藤に対しても好意的な見方をしていたに違いない。だからこそ、30歳のベテラン選手の補強というリスクの高いチャレンジに踏み切った。周囲は「30歳の日本人選手がリバプールで定位置を獲得できるはずがない」といったネガティブな評価も少なくなかっただろうが、ドイツ人指揮官は決してブレなかった。

遠藤航はチームで欠かせない存在に【写真:ロイター】
遠藤航はチームで欠かせない存在に【写真:ロイター】

残るタイトルもクロップとともに…遠藤のキャリアに必要な頂点

 遠藤がシュツットガルトでキャプテンを務め、2シーズン連続でデュエル王に輝いたこと、2022年カタール・ワールドカップのパフォーマンスを目の当たりにして、能力の高さを買っていたことに加え、香川や南野との出会いを経て日本人プレーヤーの真摯な姿勢に太鼓判を押していたことも大きかったはずだ。

 これまでも小野伸二に絶大な信頼を寄せたベルト・ファン・マルバイク監督、中村俊輔を引き上げたゴードン・ストラカン監督、セルティックに古橋亨梧や前田大然らを連れて行ったアンジェ・ポステコグルー監督(現トッテナム)など、これまでも日本人選手のポテンシャルの高さを認めてくれる外国人指揮官はいたが、クロップはその代表格。その名将が指揮を執るビッグクラブに引っ張られ、大舞台に立たせてもらった遠藤はまさに幸運の男と言ってもいいかもしれない。

 ただ、最高の指揮官との仕事はあと3か月だけ。来季からは別の監督がやってくる。そこが遠藤にとっての新たなハードルになるだろう。かつてマンチェスター・ユナイテッド時代の香川も、アレックス・ファーガソン監督が去った直後にやってきたデビッド・モイーズ(現ウェストハム)、ルイス・ファン・ハール両監督に冷遇され、1年後にはドルトムント復帰という道を歩んでいる。

 目下、リバプールで主力に上り詰めたと言っていい遠藤が同じような扱いをされるとは考えにくいが、何が起きるか分からないのがサッカーの世界だ。それは30代のベテランボランチにはよく分かっていること。来季以降の自信を取り巻く環境をよりポジティブなものにするためにも、クロップとの残された時間を大事にして、より多くの成果を残すことが肝要だ。

 現時点で首位に立っているプレミアリーグ制覇を現実にできれば理想的だし、ラウンド16まで勝ち上がっているUEFAヨーロッパリーグのタイトルも目指したいところ。取れるものは全て取って、華々しい形でクロップを送り出せれば、遠藤自身の価値も上がる。そうなるように名将から得られるものはすべて得るという貪欲さ、ガムシャラさを前面に押し出して、今季終盤にかけてフル稼働してほしいものだ。

(元川悦子 / Etsuko Motokawa)

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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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