なでしこ運命の一戦…五輪の重圧背負った“ピッチ上の表情”は「驚くほど険しかった」【コラム】
【カメラマンの目】勝てばパリ行きの一戦、ひと際目を引いたキャプテンの表情
パリ五輪出場を賭けた国立競技場での決戦は、対戦するなでしこジャパン(日本女子代表)と北朝鮮女子代表ともに、目指すものは勝利だけとなっていた。第1戦が0-0で終わり、アウェーゴールルールがないことにより引き分けが排除され、第2戦は勝つか負けるかの二択に絞られる試合となった。試合終了後に受け入れることになる勝敗に、雲泥の差があるこの戦いに、両国の選手たちはさぞかし大きなプレッシャーを感じていたことだろう。
試合前、国歌を聴くなでしこの選手たちに望遠レンズを装着したカメラを向けた。国家と自らのサッカー選手としての誇りを賭けて戦う彼女たちの誰もが、これから待ち受ける運命を思い緊張と闘志が交差しているように見えた。
そのなかでひと際、引き締まった表情を作っていたのが熊谷紗希だ。代表チームと所属クラブで世界を舞台に戦い、そこで勝ち抜く難しさや厳しさを知り尽くしているだけに、八咫烏のエンブレムに手を当てて国歌を聴く熊谷の表情は誰よりも険しかった。
そして、運命のホイッスルが鳴る。キャプテンマークを巻いた熊谷の姿は凛々しく、果敢に北朝鮮の選手に勝負を挑んでいく。ここでカメラのファインダーを通して目に留まったことがあった。1対1の場面で選手が厳しい表情を見せるのは、それほど珍しいことではない。何より相手と戦っているのだから。
しかし、熊谷の場合は前線にパスを出す際の表情も驚くほど険しかった。勝利への強い思いを込めるように、後方から攻撃陣にボールを供給していた時の、鋭い眼光を湛えた表情が実に印象的だった。
そして、その表情が試合終了のホイッスルとともに一気に氷解する。試合中の彼女とは打って変わって、パリへの道に光が差すと喜びを全身で表した。その果てしない感情の高ぶりを見ると、五輪出場を賭けた道のりが、本当に険しいものだったのだと実感した。
ただ、戦いはここで終わったわけではない。金メダル獲得を目指して、なでしこジャパンの戦いはここから始まるのだ。
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。