“クロップ最終章”に名を刻んだ日本人、遠藤が万感の思い「痛かったけどやるしかないと思った」【現地発】

優勝メダルを首にかけ同僚と肩を組む遠藤航【写真:Getty Images】
優勝メダルを首にかけ同僚と肩を組む遠藤航【写真:Getty Images】

「とにかく結果を残したいという思いでやっていた」

 英国時間の2月25日夕方5時40分過ぎ。リバプールの勝利(1-0)を告げるホイッスルが鳴ると、遠藤航はウェンブリー・スタジアムのピッチに倒れ込んだ。

 チェルシーとの延長戦後半13分に、フィルジル・ファン・ダイクがコーナーキック(CK)に頭で合わせて均衡を破ってから5分ほど。自軍のリーグカップ優勝が決まった瞬間だった。退任が決まっている、ユルゲン・クロップ監督最終シーズンの獲得タイトル第1号。遠藤自身にとっては、8年目の欧州で初の主要タイトル獲得でもあった。

 仰向けに横たわる遠藤の目には、涙で陽が沈んで間もないロンドン北西部の空は映っていなかったかもしれない。疲労困憊であると同時に、感無量であるかのようにも見えたからだ。

 両軍が1点ずつVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)判定でゴールを取り消され、互いにシュートが1本ずつポストを叩き、4回ずつ相手GKのファインセーブに阻まれた120分間。自らは後半早々に左足首を痛めてもいた。

 その熱戦を勝者として終えた。それは、試合後の本人が松葉杖に体重を預けながら、「こういう戦いをするためにここに来た」とした大一番で成果を残した瞬間だった。

「感極まったというか、チームに来て、やっぱりタイトル(獲得が)目標だったし、多分みんな、監督がいなくなるとかいろんな思いがあるなかで戦っていたと思う。とにかく結果を残したいという思いでやっていた。いいプレーを続けていても、評価されていても、結果が求められるチームだと思っていたので、1つ、しっかりと結果を残したというのは凄く自分にとっても大きいかなと思いました」

 その「結果」とは、決勝戦だけではなく、リバプールが参戦した3回戦から、アジアカップ出場中の準決勝2試合を除く計4試合に先発して残したものだ。

「カップ戦要員とか言われたりしましたけど(苦笑)、そこで結果を残し続けることも簡単じゃない。そうやってカップ戦に出る選手たちも含めて、チーム。難しい試合になりましたけど、みんなで戦って、若い選手も含めて本当にいいプレーを見せたと思うし、とにかく1つタイトルを獲れて良かった」

 チームとしてものを言えば、指揮官は今季の歩みを「本」に例えた。クロップ率いるリバプールの最終章に新たな1節が記されたことになる。プレミアリーグで最もエモーショナルな監督のチームらしく、劇的な1節が力強く刻まれた。

運動量が求められた守備で失点0に貢献した遠藤

 怪我による欠場者数はチェルシー以上。対戦4日前のリーグ戦だけで戻れるかと思われたモハメド・サラーとダルウィン・ヌニェスの両FWもベンチ外のままだった。試合が始まると、30分も経たないうちに左インサイドハーフのライアン・フラーフェンベルフが負傷退場。最終的には、21歳以下が5人のイレブンで試合を終えることになった。

 そのチームをキャプテンとしても勝利に導いたフィルジル・ファン・ダイクは、この日のピッチに立った最大のビッグネームとして大一番で大仕事をしたと言える。大物の、大物たる所以だ。

 双方のゴール前で頼もしかったセンターバック(CB)の姿には、7年前の決勝で先制と勝ち越しの2ゴールを決め、吉田麻也(現LAギャラクシー)が最終ライン中央にいたサウサンプトンの夢を打ち砕き、マンチェスター・ユナイテッドを優勝に導いたズラタン・イブラヒモビッチが思い出された。

「リバプール・エコー」紙が10点満点を付けたファン・ダイクも、実際には2度ネットを揺らしている。酷なVAR判定がなければ、後半15分の時点で先制のヘディングが決まっていた。

 同紙の採点で「9」をもらった遠藤も、立派なリバプールの牽引役だ。チェルシーが敗れた要因の1つである中盤中央の戦いは、1人勝ちだったとさえ言える。

 両軍とも積極的だった試合での攻撃面では、相手2ボランチの1人であるエンソ・フェルナンデスが、説得力の乏しいプレーに終始した。後半早々、中途半端なヒールキックでチャンスを逃した一場面が象徴的だった。

 遠藤はというと、同じく得点にはならなかったにしても、その数分前に枠外に飛んだボレーは、少なくともクリーンヒットだった。攻撃に絡む姿は、試合の立ち上がりから。E・フェルナンデスと競ったルーズボールをスライディングで前線に送り、右インサイドハーフを務めたアレクシス・マック・アリスターのシュートにつなげたのは、まだ前半14分のことだ。

 守備面では、敵の2列目右サイドから中央に流れるコール・パルマーに、チームとして手を焼かされた感はある。チェルシーは、パルマー頼みに近い状態の時間帯も少なくなかった。もっとも、遠藤は言っている。

「10番2枚みたいな感じでアンカーの脇を上手く使おうとする意図が見えていたので、そこを自分がどうサポートできるかっていうところは意識していました。運動量を求められるっていうところで、後半もそれをずっとやってきて。ちょっと押し込まれる時間が増えましたけど、最後のところで守れればとも思っていたし、実際、(失点)0で抑えたのが大きい」

 例えば、チェルシーが最初に決定機を作り出した前半21分。パルマーのシュートをクイービーン・ケレハーがセーブした直後、リバウンドを相手1トップのニコラス・ジャクソンが蹴り込むかに思われた場面で、シュートブロックに身を投げたのは遠藤だった。

主将ファン・ダイクとともに攻守で貢献【写真:ロイター】
主将ファン・ダイクとともに攻守で貢献【写真:ロイター】

クロップ最終章でさらに名前を刻めるか

 そして、リバプールの新ボランチ第1候補だったモイセス・カイセドとの対決。プレミアでは中位低迷中の移籍先で自信も揺らいでいるチェルシー新MFの余裕のなさは、フラーフェンベルフに怪我を負わせた同23分のタックルが、この試合で唯一のラフなファウルではなかった事実が物語る。

 一方の遠藤には、中盤左サイドで敵のパスをインターセプトしたうえ、当たってきたカイセドが逆にピッチに倒れる強さを見せて反対サイドへとつなぐプレーさえ見られた。足首を捻ってしまった、後半7分の場面だ。その1分後、方向転換でバランスを崩しかけた走りは足首の痛みを思わせた。

 だが8分後には、両足で踏ん張りながら相手CBをブロック。この動きがVARでオフサイド判定の対象となったのだが、攻撃側としては定石とも言えるセットプレー戦術の一部であり、不運な判定だったとも理解できる。

「痛かったですけどやるしかないと思って、できないことはなかったので痛みを抱えながらやりました」と明かした遠藤は、直前のリーグ戦後に触れた「経験ある選手としての責任」も怠ってはない。

「チームを支えなきゃいけない存在ではあったと思うので、それはうしろのキャプテン、ファン・ダイクを含めて一緒にやれたので良かったかな」

 そう語る31歳の新戦力を背後に、延長戦前から述べ35分間ほど一緒に3センターを構成した、ボビー・クラークとジェイムズ・マコーネルの両19歳は、安心して、いい意味で「若さ」を見せることができたに違いない。試合が終わり、メインスタンドで優勝メダルを受け取った遠藤は、隣に並んだ18歳のMFルイス・クーマスから順番に“パス”されたトロフィーを頭上に掲げている。

 リバプールのメンバーとしてリーグカップ優勝トロフィーを掲げた日本人選手には、2022年の南野拓実(現モナコ)もいる。同じくチェルシーとの決勝で、やはり90分間では勝負がつかなかった。

 ただし、最終的に11対10で決着を見たPK戦を含め、2年前の南野には出番がなかった。フル出場だった遠藤は、決勝のウェンブリーでも優勝に貢献した初の日本人レギュラーとしても、リバプールの「本」に名を刻んだわけだ。

 当人が「とにかく1個(タイトルを)獲れて、また次に行こうっていう(心境)」と言ってウェンブリーを後にしたように、クロップ軍によるピッチ上での“最終章執筆”は、まだ3か月間続く。

 ひとまず、最新の一節にタイトルをつけるとすれば「キャプテン・ファンタスティック」になるだろうか? 英語圏のメディアが、名キャプテンを讃える際に好んで使う表現だ。もちろん、その一節の登場人物には主役級の“アンカー・ファンタスティック”もいる。

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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