「公式戦をするピッチじゃない」 国立競技場、「芝生問題」浮上でW杯予選は?…稼働過多に疑問【コラム】

状態の悪さが指摘される国立競技場の芝生【写真:徳原隆元】
状態の悪さが指摘される国立競技場の芝生【写真:徳原隆元】

天皇杯、ACL、高校サッカー、日本代表戦…ラグビーでも使用

 もしかすると、荒れた状態の芝生がボールへのインパクトを微妙に狂わせていたのかもしれない。

 数十秒の間に立て続けに決定機を迎えた昨シーズンの得点王、ヴィッセル神戸のFW大迫勇也が左足のワンタッチで放ったシュートが左ポストを、右足ワンタッチによるそれが右ポストをそれぞれ直撃してしまう。約30分後に訪れたチャンスで再び右足でボールをヒットするも、今度はクロスバーのわずか上を越えていった。

 いずれも米メジャーリーグサッカー(MLS)のインテル・マイアミと東京・国立競技場で対峙した、2月7日のプレシーズンマッチの前半に見られた大迫の惜しいシーン。自分自身に対して腹が立ったのか。特に3度目の決定機を逸した直後には防寒用の手袋を外し、丸めた上でゴールラインの外へ投げ捨てている。

 両チームともにゴールレスのまま前後半の90分間を終え、国際親善試合では異例となるPKを神戸が4-3で制した直後の取材エリア。取り囲んだメディアから「味方とのコンビネーションから、相手ゴール前でしっかりと合わせるイメージはもうできあがっている感じでしょうか」という質問が大迫に飛んだ。

 言うまでもなく前半の3度の決定機を踏まえたものだ。大迫は「そうですね。あとはボールのインパクトの部分であるとか……」と切り出した直後に、ハッと思い出したようにニュアンスがやや異なる言葉を続けた。

「やっぱり芝生(の状態)に関しても、今日は国立、本当に大丈夫かなと思ったので。公式戦をするようなピッチじゃない、というのが素直な印象ですし、良くしてもらいたいな、とは思いますけど」

 国立競技場の芝生が悪い意味で取り上げられるのは、このときが初めてではない。振り返れば川崎フロンターレがPK戦の末に柏レイソルを下した昨年12月9日の天皇杯決勝で、視察に訪れていた日本代表の森保一監督は管理及び運営を担う日本スポーツ振興センターに気を使いながら、こんな言葉を残していた。

「管理される方々も、愛情を込めて芝生の手入れをしてくださっていると思っています。ただ、芝生もやはり生き物ですので、常にいい状態を保つのは難しいのかな、と思いながら試合を見ていました」

 天皇杯決勝で否が応でも目立ったのは荒れ放題のピッチだった。両チームのゴール前は芝生がはげて土色の部分が顔をのぞかせ、接触プレーや選手が踏ん張りをきかせた場面の直後には何度も芝生がめくれ上がった。

 芝生がひどく傷んでいる背景には、国立競技場の稼働過多が挙げられる。例えば昨年10月以降では、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)のヴァンフォーレ甲府対ブリーラム・ユナイテッド(タイ)を皮切りにサッカー関連が6試合、ラグビーが2試合と2か月あまりで8試合が行われたなかで天皇杯決勝を迎えた。

 天皇杯決勝は延長戦とPK戦を経て決着がついた。その後も昨年内はアビスパ福岡対シャフタール・ドネツク(ウクライナ)のチャリティーマッチ、そして全国高校サッカー選手権大会の開会式と広島国際対早稲田実の1回戦1試合が行われ、2024年は史上初の代表戦の元日開催となる日本対タイとともに幕を開けた。

 翌2日には全国大学ラグビー選手権準決勝の2試合が、6日には全国高校選手権の準決勝2試合がそれぞれ行われた。青森山田が近江を下した8日の同決勝の試合中には、X(旧ツイッター)上に地上波の生中継を見ていた視聴者からと思われる書き込みが相次ぎ、ついには「#国立の芝」がトレンド入りしている。

 書き込みには「馬でも通ったのか?」や「埼スタでやろうぜ」に加えて、サッカーよりもさらに激しい競技性から「ラグビーをやったら、最低2週間~1か月は空けないと」と疑問を呈するものもあった。

3月21日にW杯アジア2次予選の北朝鮮戦が行われる

 2019年11月に竣工した現在の国立競技場のピッチは、夏芝と冬芝を混ぜて養生している。維持費だけで年間約24億円を要すると言われるなか、可能な限り稼働率を上げて収益を増やしていきたい状況に、360度にわたって屋根がかけられた構造が日照を遮り、さらに冬芝が根付きにくい暖冬が悪循環に拍車をかけている。

 稼働率を下げれば芝生の状態も回復する可能性はある。しかし、そうなれば維持費の捻出に悪影響を及ぼすおそれがある。選択が後者に大きく振れている状況下で、高校サッカー決勝後も大学ラグビー決勝とアメリカンフットボールのドリームジャパンボウルをはさみ、大迫が思わず苦言を呈した冒頭のプレシーズンマッチを迎えた。

 その大迫は気持ちを切り替えるかのように、笑顔を浮かべながらこんな言葉を紡いでいる。

「欲を言えば点を取りたかったですけど、まだまだシーズン開幕前の親善試合なので。これがシーズン中だったら自分を叩いてもらっても結構ですけど、今日はまず怪我をしないことが一番という考え方で臨みましたし、公式戦はあと10日後なので、そこに照準を合わせていきたいですね」

 10日後の公式戦とは、リーグ戦と天皇杯の王者が激突する開幕前恒例の2月17日のFUJIFILM SUPER CUP。前座試合として行われる、ヴィッセル神戸U-18対日本高校サッカー選抜とともに国立競技場で行われる。

 さらに21日に甲府対蔚山現代のACL決勝トーナメント1回戦セカンドレグが、25日には東京ヴェルディ対横浜F・マリノスのJ1リーグ開幕節が、そして28日にはパリ五輪出場を懸けた、日本女子代表なでしこジャパン対北朝鮮女子代表のアジア最終予選セカンドレグが国立競技場で予定されている。

 3月前半こそサッカーの試合予定は入っていないが、15日からは今度は陸上の関東学連春季オープン競技会がスタート。初日にやり投げ、16日に十種競技と七種競技のフィールド種目、最終日の17日には円盤投げがそれぞれ行われる。北朝鮮代表と対峙する、北中米ワールドカップ(W杯)出場へ向けたアジア2次予選が行われるのは中3日の21日。そのときに国立競技場の芝生がベストの状態に回復している可能性は、残念ながら低いと言わざるをえない。

(藤江直人 / Fujie Naoto)

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藤江直人

ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。

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