日本人記者が20年以上「蘭スタジアムで悩まされたことない」…Jと異なるスタンダードとは【コラム】
【日本×海外「サッカー文化比較論」】Jとオランダリーグ、スタジアム屋根事情を比較
日本と海外を比較すると、異文化の側面からさまざまな学びや発見がある。「FOOTBALL ZONE」ではサッカーを通して見える価値観や制度、仕組み、文化や風習の違いにフォーカスした「サッカー文化比較論」を展開。今回はスタジアムに付けられた屋根の構造に関して、Jリーグとオランダリーグの違いにフォーカスする。
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2000年10月11日、スタディオン・フェイエノールト(通称デ・カイプ)の観客席からホイッスルが鳴った。レフェリーが笛を吹いたと勘違いしたオランダ代表の選手が一瞬足を止めた隙を突いて、ポルトガル代表が前半10分、ショートカウンターからセルジオ・コンセイソンが先制ゴールを決めた。この試合を0-2で落としたオランダは、2002年ワールドカップ(W杯)欧州予選のスタートで1勝1分1敗と躓いてしまった——。
私はこの試合を、デ・カイプのゴール裏最前席から見ていた。思い出すのは、笛が鳴った瞬間、スローモーションになったオランダの選手、2点目を決めたポルトガルのFWパウレタの勇姿、そして雨でずぶ濡れになってしまったことである。あれから24年間、私はオランダのスタジアムで一度も雨に悩まされたことがない。
オランダのスタジアムには1つの型がある。日本のニッパツ三ツ沢球技場、NACK5スタジアム大宮、味の素フィールド西が丘のようにサイドライン、ゴールラインと平行に観客席が配置され、屋根がかかっていることだ。
しかし、デ・カイプの形状は例外の1つで、仮設スタンドのような最前列はピッチと平行しているが、2階席、3階席がオバールになっており、屋根が全席にかかりづらい仕様になっている。それでも85%の席が雨に濡れない設計だという。
スタジアムの屋根について、オランダ1部、2部リーグの事情は下記のとおりだ。
▼オランダ1部リーグ(18クラブ)
・ドーム型:アヤックス、フィテッセ
・全観客席屋根付き:残り16チーム
※ただし、フェイエノールトの最前席は風に関係なく濡れる
▼オランダ2部リーグ(20クラブ)
・全観客席屋根付き:16チーム
※VVVフェンロはメイン、片側ゴール裏の最前席に屋根がない
・メインスタンドのみ屋根付き:アヤックス、PSV、AZ、ユトレヒトのリザーブチーム
オランダ人の屋根へのこだわりは強く、アマチュアクラブのスタジアムも少なくともメインスタンドには屋根が付いているのがスタンダードだ。
屋根にヒーターを付けたスタジアムも多い。大きめのスタジアムほど、ヒーターの効きは悪くなるが、フィリップス社との関係が深いPSVのスタジアムは収容人員3万5000人でも冬の寒さを忘れさせる暖かさだ。VVV(8000人)、エクセルシオール(4500人)の小ぶりなスタジアムはヒーターが効きすぎて、雪の試合でもコートを脱ぎたくなってしまうほど。一方、今季のNECナイメヘンは零下のナイトゲームでもヒーターを付けてくれない。もしかすると光熱費高騰が影響しているのかもしれない。
Jリーグ各クラブのスタジアム屋根事情は?
一方で、日本のJ1、J2リーグの本拠スタジアムの屋根事情は下記のとおり。
▼J1リーグ(20クラブ)
・ドーム型:1
・全観客席:11
・一部席の屋根なし:6
・メインスタンドのみ:1
・実用的でない屋根:1
▼J2リーグ(20クラブ)
・全観客席:6
・一部の観客席の屋根なし:4
・メインスタンドのみ:4
・実用的でない屋根:3
・屋根なし:3
2002年W杯を開催・立候補したスタジアムが7つもあること、21世紀に入ってから作られたり、大幅に改修されたりしたサッカー専用スタジアムが5つもあり、思った以上に屋根がしっかり付いているスタジアムが多かった。
J2の特徴は陸上競技場が13もあること。J1で陸上競技場を使用しているのは東京、神奈川の5箇所だけである(※等々力競技場はサッカースタジアムに改修予定)。
ベガルタ仙台とジェフユナイテッド千葉は素晴らしいサッカー専用スタジアムを持ち、V・ファーレン長崎は新スタジアムが完成間近(2024年10月開業予定)。栃木SCは県総合運動公園陸上競技場(カンセキスタジアムとちぎ)が2020年に開場し、藤枝MYFCは屋根も含めてバックスタンドを整備したばかり。大分トリニータの施設はドーム型としてW杯で建てられたものだ(現在はドーム機能を止めている)。
この6クラブを除く14クラブのうち、実に13クラブが大なり小なり新スタジアムの構想を持っていたり、討論していたりする。
そのほとんどが地元メディア、NHK地方局によって大きく報じられており、各クラブ、サポーター、自治体の熱が伝わってくる。中期的に、J2のスタジアムは大幅に改善されるのではないだろうか。
J3の屋根事情は下記のとおり。
▼J3リーグ(20クラブ)
・一部の観客席の屋根なし:4
・メインスタンドのみ:6
・実用的でない屋根:8
・屋根なし:2
※ツエーゲン金沢はアウェーゴール裏の屋根がないが、簡易型スタンドのため屋根を付けるとオーバースペックになってしまう
松本山雅FC、AC長野パルセイロ、ギラヴァンツ北九州、金沢(2024年開場)のような本格的サッカースタジアムに加え、ヴァンラーレ八戸、FC今治、テゲバジャーロ宮崎のような新築で身の丈にあったサッカースタジアムの存在はJリーグが全国津々浦々に広まったことを感じさせる。屋根の完備は次のステップだろう。
陸上競技場は7箇所と意外と少ない一方、老朽化が懸念される施設も多く、クラブによっては新スタジアム建築構想を練って公式サイトなどに載せているが、J2と比べるとメディア報道の質、量に大きな差がある
例えばJ2のクラブを一例に挙げると、ファジアーノ岡山はクラブ関係者、地方議員らが京都サンガF.C.(サンガスタジアム)をモデルに視察し、屋根による音響効果、スタジアム周辺の都市開発、亀岡市民にとっての憩いの場としても機能していることを地元局がかなり尺をとって報じている。一方、鹿児島ユナイテッドFCのスタジアム用地問題はポジティブなこともネガティブなことも報じられており、市民に考える機会を与えている。
ライト層が気軽に観戦に訪れられる環境作りは重要ポイントに
Jリーグ60クラブの屋根事情を調べると、オランダとの大きな違いが明るみになった。それはオランダの屋根が雨、寒さ、防風対策を重視しているのに対し、夏の暑さの厳しい日本では屋根が日よけの機能も果たしていること。また、湿気の多い日本は風通しの良さも求められるため、オランダのスタジアムのように観客席の両サイドを風よけで塞ぐことは避けたほうがいいだろう。芝生を養生するため、あえて屋根のない観客席を設けることも分かった。
サッカースタジアムに訪れるのは、コアなファンだけではない。湘南ベルマーレの試合観戦後、神奈中バスに乗ると、上司と部下と思しき会社員が「今日の試合、面白かったですね!」「今度また来ちゃおうか!」と弾む会話が聞こえてきた。そんなライト層が背広や仕事着の濡れることを心配することなく、ふらっとスタジアムへ立ち寄ることのできる環境作りは大事だなと、私は常々思っている。
(中田 徹 / Toru Nakata)
中田 徹
なかた・とおる/1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグなどを現地取材、リポートしている。