新生マリノス、新指揮官がキャンプで築いた戦略的な“思惑” 基盤「プラスアルファ」の真相【コラム】

新生マリノスが見せるプラスアルファの形とは?(写真は昨季のもの)【写真:徳原隆元】
新生マリノスが見せるプラスアルファの形とは?(写真は昨季のもの)【写真:徳原隆元】

ACLでキューウェル・マリノスがデビュー

 横浜F・マリノスは2月14日にいよいよ新シーズンの初戦を迎える。アウェーで行われるAFCチャンピオンズリーグ(ACL)ラウンド16の1stレグ、バンコク・ユナイテッド戦がハリー・キューウェル新監督率いるチームのお披露目の舞台となる。

 始動からは約1か月。キューウェル監督は自分の考え方や戦術、約束事をかなり丁寧に伝えてきた印象だ。ゆえにチームは未完成で、最適なバランスを見出せていない部分も多い。ただ、昨季までとの違いには誰もがすぐに気づくだろう。

 まず“見た目”が変わる。昨季までのマリノスは4-2-3-1が基本システムだったが、今季は中盤を逆三角形にした4-3-3の導入を進めてきた。宮崎キャンプでは、公式戦と同じようなリズムで練習試合をこなしながら、練習ではほとんどの時間を新戦術の落とし込みに費やした。

 練習も変わった。アンジェ・ポステコグルー元監督やケヴィン・マスカット監督は基本的に全員が同じメニューに取り組む環境を作り、常にゲームに近い状況が生まれるような練習を好んだ。そして、監督が選手たちの動きを止めて直接指導するのは、本当に気になったことがあった時くらい。練習の指揮はヘッドコーチに任せ、自らは遠くから静かに見守るのが前任者たちのスタイルだった。

 一方、キューウェル監督はよく喋る。ピッチを2つに割って、ヘッドコーチのジョン・ハッチンソンとキューウェル監督がそれぞれ違うメニューを同時に進めることも多かった(時々2人が同時に大声で話し始めるので、見ている側はカオスである)。時には練習の球出し役も買って出た。

 そして、練習前には毎回映像を用いた15〜30分のミーティングを行なって練習で取り組むポイントやフィードバックを選手たちに伝える。静止状態から始まるフォーメーション練習にもかなりの時間を割いた。その結果、キャンプ中は一度も紅白戦をせず、練習試合を除けば11対11の状況を全く作らずに久里浜へ帰ってきた。とにかく細かく段階を踏みながらチーム戦術の熟成を進めていた印象だ。

 プレミアリーグでも活躍した元スーパースターの監督は、ファンサービスにも積極的だった。でも、システム変更や戦術に関して尋ねても「アンジェやケヴィンが作った基盤を活かしつつ、プラスアルファを……」くらいしか教えてくれない。

 だから今回はあえて新システムや新たなポジションに戸惑い、苦しんでいた選手の視点でプレシーズンの取り組みを振り返ってみたい。その選手とは、山根陸である。

 今年最初の練習試合となった1月25日の横浜FC戦で、山根は30分しかプレーできなかった。しかも30分×4本の「4本目」だけ。それでも限られた時間で1得点1アシストと結果を残した。

 4-3-3の2列目シャドーに入った山根は、「まさにシャドー」と言えるような形でゴールネットを揺らした。だが、「もちろん悔しいしショックです」と漏らし、「自分があのポジションに入って、みんなと同じレベルでできているかというと全然そうじゃないのは練習からわかっていた。一喜一憂してはいられないです」と表情は浮かなかった。

 昨季大きく飛躍した20歳の若者が、なぜこれほど苦しい立場になったのか。原因はキューウェル監督がキャンプ4日目で行われた横浜FC戦の段階でシャドーの選手に要求していたことにある。

山根がシャドーで試行錯誤 「我慢」か「臨機応変さ」か…許容範囲を手探り

 キャンプ3日目まで、戦術練習ではビルドアップの局面しか扱っていなかった。キューウェル監督がシャドーの選手に求めたのは、明確なスタートポジションとそれを忠実に守ること。できるだけ高い位置で、あまり動かずにボールが入ってくるのを待つ。これは山根のようなタイプの選手にとって、ある種の“苦痛”を伴う要求でもある。

 3列目のボランチとして頭角を現した彼が高く評価されていたポイントは、プレッシャーがかかる中でも能動的にディフェンスラインからパスを引き出して前を向き、テンポよくゲームを組み立てられる能力の高さだった。しかし、キューウェル監督はシャドーの選手に動きすぎず止まっていることを求める。すると、山根はパスを受けられそうと感じたところに顔を出せず、ボールを触る回数が減って本来のリズムを失ってしまった。

 それでも横浜FC戦を終えた時点では「まだ一発目ですし、キャンプ中に何があるかわからない。これを機にもっともっと波に乗れたらなと思います」と前向きな言葉を残した。

 中2日で行われた1月28日の大分トリニータとの練習試合で、山根は1本目のスタートからシャドーとして60分間出場するチャンスを与えられた。2本目途中までの45分間はナム・テヒとコンビを組み、残りの15分間は天野純の隣でプレーすることになった。

 チームづくりはビルドアップから次の段階へと進み、組織的なプレッシングの意識づけが始まっていた。とはいえそのための練習は2セッションしかなく、本格的な落とし込みは進んでいない状況。そんな中、山根は大分戦の序盤から走りまくった。

 相手のビルドアップの局面ではスプリントでガンガン前に出て、センターバックに圧をかける。時にはGKまで追い回し、シャドーに求められる守備のタスクを忠実にやり遂げようと必死なように見えた。

 ということを試合後の山根に直接尋ねると「そんなに走っていました?」と逆に聞き返されてしまった。

「あんまり自分では……前のポジションになったら、ハッキリそういう(プレスにいく)シーンも増えるのかな、と。とにかく相手のディフェンスラインを崩すこと。前向きのランニングは必然的に増えてくると思うので、そういったところがランニングの量などにつながってくるのかなと思います」

 相手とのシステムの噛み合わせもあり、プレスをかけやすい状況だったのもあって、守備には手応えがあった。一方で攻撃に関しては「何しろボールがあまり……もう少し出入りした方がいいのかなとか……」と試行錯誤が続く。ボランチとシャドーでは「ゴールに向かっていくランニングやサポートの位置、角度、高さなどが全然違う」。だから「個人としてはもっともっと覚えることがあるし、スペース認知の感覚なども含めて、すべてにおいてやることは多いかなと思います」と、生真面目な山根はやれることとやらなければならないことの狭間で苦しんでいた。

「(昨季までとは)まずポジションが違うので、ボールを受けにいく、自分から迎えにいくということが今はあまりない。スペースを作る、我慢強く待つことの方が、今の時点では求められているかなと思います。相手の背中でどれだけ忍耐強く待てるか。それで自分の良さが消えるんだったら、臨機応変に落ちることも大事になりますし、そこの塩梅はまだまだ探り探りかなと。(天野)純くんやナム(・テヒ)は落ちる時は落ちるし、そこの許容範囲はまだ探っているところです」

見えてきた新指揮官の新チーム形成“プラン”

 しっくりきていなかったのは、おそらく山根だけではない。チームとして2試合しかこなせておらず、コンディションに応じてプレー時間が細かく管理されていたこともあって、1試合でピッチに立てるのは1人あたり最大60分間までと限定されていた。練習でも試合でも時間が足りない。

 とはいえ、キューウェル監督が求めることをあえて“無視”するような形で次のステップに進んでいるような選手もいた。それが天野やナム・テヒである。彼らはスタートポジションや基本的な約束事を守りつつ、自分なりの判断でパスを引き出すために下がったり、マークを釣り出すためにサイドに流れたり、限られた時間の中で様々なトライをしていた。

 そして、潮目は徐々に変わっていく。キャンプ最後の練習試合となった2月1日の松本山雅FC戦に向けて、チーム練習では具体的なシチュエーションを作ったうえでのプレッシングの確認などを進めた。それまでに取り組んできた様々な要素をつなげた複合的なメニューも増えた。

 練習試合からのフィードバックもチームづくりに活かされていく。徐々に“解禁”されるものも増えた。天野が「大分戦の後から、自由に動いていいというか、相手を見て判断していいというフェーズに入ってきている」と明かしたように、ピッチ上でのプレーの自由度がかなり上がった。

 キューウェル監督は「相手の立ち位置を見て、最後に決めるのはピッチ内にいる選手だ」と伝えるようになった。つまり自分たちが目指すサッカーの基本となるポジショニングや約束事さえ常に意識していれば、あとはこれまでの「アタッキングフットボール」とやることは変わらないというわけだ。

 ようやく点と点がつながった。最初は「止まっていること」にばかり気を取られてマリノスの武器だった流動性が失われるのでは……など心配が尽きなかった。だが、新指揮官はビルドアップやプレッシングなど重要局面において、これまで「何となくこんな感じ」でやっていた部分を言語化しながら整理し、より攻撃的に戦うための新システムとともにチームに落とし込んできただけだった。確かに「プラスアルファ」である。

 選手たちの頭の中も徐々に整理できてきたようだ。宮崎キャンプの総仕上げとなる松本山雅FC戦は、それまでの流れが如実に反映された展開となった。1本目はアンカーの渡辺皓太が相手のマークに消され、ビルドアップが機能不全に。シャドーにも密着マークがつき、1トップのアンデルソン・ロペスまで効果的にボールを届けられなかった。

 ところが2本目になると流れが一気に変わった。マリノスの選手たちはポジションにとらわれずに動き回り、松本山雅FCを翻弄。サイドバックが内側に絞ったり、シャドーがサイドに張り出したり、それまで鳴りを潜めていたかつてのような流動性が戻った。動き出しのタイミングや質も劇的に変わった。

苦戦した山根に差した光「つかめたかな」

「(1本目と2本目の間に)監督ともちょっと動きの整理をしました。アンカーにバッチリつかれて、自分たちも相手のボランチにつかれていたので。シャドーのところは基本いいポジションからスタートするけれど、相手がボールウォッチャーになったタイミングのリアクションで動き出してもいいと思うし、背中を取る上で相手がボールを見た瞬間に角度をつけてもいい。

 ロペスにあえて重なってみたり、サイドに引っ張ってみたり、相手がどうするかを見てみようというのが純くんと自分にはありました。実際そういうシーンは少なかったですけど、それで違うスペースが空いてくることにもつながったし、結局それは自分たちが背後に抜けるいいタイミングを窺えるポジショニングにもなったと思うし。そうやっていると一番おいしいバイタルエリアが空いてくるので、結局自分たちがそこで受けられて、好循環が生まれているタイミングは一時期ありましたね」

 1本目のスタートから出場するチャンスを得て左シャドーとして60分間プレーした山根も「自分としてもボールを受ける回数は30分の中だったら今日の2本目が一番多かったと思うし、タイミングが合ってポケット(敵陣ペナルティエリア脇周辺)を取る回数も増えたし、そこはつかめたかな」と手応えを口にした。間違いなく、宮崎キャンプで最も明るい表情での取材対応にもなった。

 もちろん課題も出た。ただ、山根が語った「1本目のように相手の守備がハマって、自分たちの距離感がバラバラになった時にどうするか」という問題点は、チームづくりが次のステップに進んだが故のもの。課題すらもポジティブなものになった。

「ずっと相手の背中で忍耐強くステイするのもありですし、純くんも自分も『状況によっては打開する方法としていろいろな動きをつけていいよね』と話しています。チームとしてもそういう話があった。今はもうちょっと我慢してみようかなとか、どこまで我慢するかとか。(パスを受けに)降りるのは簡単だけど、待ってみるか……みたいなのも自分の中にはありました。それでうまくいかなくなってきたら、もうちょっと早めに降りるべきだったかもしれない。

 もうちょっと動きをつけて、自分をマークする選手がどこまでついてくるのか、自分が動くことによってマークをどこに引き出すかというのを、動きとしてもうちょっと早い時間帯からやった方がよかったかなと。そこも探り探りなんですけど、でも2本目はチームとしていい距離感だったりバランスだったりでできたので、それを続けられれば。あれが一番いい形だったので」

 ほぼ未経験だったシャドーでのプレーに対する解像度もプレシーズンを通して格段に上がった。山根は「パスの受け方や受けるコース、パススピード、相手がくる角度など、最初に比べたらわかるものも増えてきた」と語り、こう続ける。

「ほぼゼロからみたいなスタートでしたけど、自分の感覚を信じ続けてやれるところもあるし、新たに覚えなければいけないところもあった。キャンプだけじゃなく、これからもっとそういうものが増えると思うし、日々自分の栄養にしていければと思います」

「アタッキングフットボール」とは? 新指揮官の構築に迷いも払拭

 時計の針を横浜FC戦まで戻そう。約束事や覚えることの多さに苦しみ、慣れないポジションで戸惑っていた頃の山根がどんなことを話していたか。練習試合の4本目にしか出られなかった直後、「昨季は出場時間が大幅に増えて、これからさらに成長していこうというタイミングで難しい立場になったことをどう受け止めていますか?」と聞くと、彼はこう答えた。

「自分にとっても難しいところにチャレンジするのはわかっていてやっていますけど、これができるようになった後の方が大きい将来がある。この代償はポジティブだと思います。昨年いっぱい試合に出たから、今年出られなくてヤバい……と、そんなことは思っていないし、それを思いだしたらどんどん落ちていくだけなので、今はとにかく目の前のことに集中してやっているメンタリティーの方が大きい。そうじゃなければいけないと思うし、こういう経験もサッカー選手の宿命かな……と」

 置かれた状況を悲観することなく、変化を受け入れ、新しいことにも真摯に取り組み続けたことで視野が広がり、発見や学びも増えた。それはここまでに引用してきた山根の発言の変化を見てもらえれば明らかだろう。同じような状態の選手は他にもたくさんいるはずだ。

 正直、最初はどうなることかと心配した。止まった状態での練習も多く、「アタッキングフットボール」の魅力が失われてしまうのではないかとも危惧した。ところがキャンプでの取り組みを地続きで見てみると、キューウェル監督はこれまでのスタイルから継続する部分や変えていく部分を整理し、段階を踏んで徐々に選手たちに委ねる判断の幅を広げていこうとしていることがわかってきた。基本さえ身につけていれば、いくらでも応用が利くという考え方なのだろう。

 新システムやプレシーズンに落とし込んできた戦術が最初から全てうまく機能するとは思わない。それでも山根のような迷いを抱えていた選手たちが日に日にその迷いを振り切ってステップアップしていく姿を見ていると、現時点ではチームづくりが確実に前進していることは感じられる。シーズンが開幕したら、おそらく昨季よりもさらに攻撃的になったマリノスの姿を見られるだろう。

 昨季よりもハイリスク・ハイリターンな戦術の鍵を握るのは、機能すれば前とうしろをつないで攻撃にも守備にも厚みを加えられるシャドーのパフォーマンスだ。山根は「ある程度原則みたいなものがある中で、そこからどうオプションを持って崩していくかは、個人の能力、個人戦術の幅も大きく関わってくると思う」とも話していた。

哲学を継承し、変化させ次なるステップへ 新生マリノスが目指す道

「一番下からのスタートになったとしても、最終的に勝っていれば全然問題ない。慌てず、しっかり自分のやるべきことをやっていく。新たなチャレンジなので、そこはポジティブですし、成長すればいいかなという感じです」

「覚えることを覚える、このポジションでできることを増やす。そして成長するというのが一番大事だと思います。1つひとつ積み重ねて、学ぶものをしっかり学んで、次に繋げることを繰り返さなければな、と思っています」

 アタッキングフットボールの哲学を継承するとて、現状維持は停滞でしかない。キューウェル監督はそれを理解したうえで、あえて選手たちに新しいアイデアを授け、変化や挑戦を促しているように思える。その中で山根はきっかけをつかんだ。これからはチーム内で最も競争が激しいシャドーのポジションに挑戦して進化を続ける背番号28がどんな違いを見せてくれるか楽しみにしたい。

(舩木渉 / Wataru Funaki)

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舩木渉

ふなき・わたる/1994年生まれ、神奈川県逗子市出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材やカタールワールドカップ取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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