「5位以内」「勝ち点70」が目標 黒田監督牽引の町田はJ1初挑戦で旋風を巻き起こせるか【コラム】
【カメラマンの目】プロ監督転身には「高体連の先生方にも夢を与えることができないか」の想い
黒田剛監督の指導者人生は、昨年から激動とも言える大きな変化の中にいるのではないだろうか。高校サッカー界で成功を収めた人物が一念発起して、プロの指導者としての道を選ぶ。その時の思いはどんなものだったのか。
「2021年に青森山田で三冠(高校総体、U-18プレミアリーグ、高校サッカー選手権)を獲って、やりきった感がありました。それと52歳になって、そろそろ下の世代に(監督の座を)引き継がせなければいけないとも思っていました。(反対に)全国の高校サッカーの名将たちに聞くと、自分がやりたい気持ちがあれば年齢は問題ではなく(青森山田の監督を)続けたほうがいいとも言われていました」
高校サッカーで成功を収めた黒田監督は、その偉大な結果を出したことにより、さまざまな思いが交差していたようだ。
「そうした時に、こうしたありがたい(FC町田ゼルビアからの)オファーをもらいました。ここまでの30年間で、組織作りや(青森山田を)常勝チームにしてきた実績や経歴を評価してもらい、声をかけていただいたということを思えば、一度きりの人生なので次のステップに挑戦してみようという気持ちになりました」
さらに、高校サッカー全体への思いも後押しになったようだ。
「ここで挑戦をしないと高体連の先生方にも夢を与えることができないかなと思いました。(高校サッカーの指導者)みんなが希望を持てるように、(プロの世界でも)できるのだという自信を持ってもらいたく、青森山田の監督として自分が行かなければという思いになりました」
昨年よりも強度アップを意識
黒田監督はプロ選手の指導へとステージを変え、わずか1年でJ2リーグ優勝という大きな成果を達成した。しかも、チームは年間を通して好調を維持し、その力は抜群の安定感を誇った。今年は戦うステージが上がり、日本プロサッカーリーグ最高峰の舞台となる。
強豪との対戦が控えることもあり、練習はこれまで以上にディフェンスに力を入れている。実戦を想定した4対4での局面で攻守を争う練習でも、守備の選手にはより多くの技術、精神面への指示がコーチ陣から飛んでいた。
「守備の共有、強度というものは出していきたいと思っています。1失点をすると2点取らないと勝てないわけで、0で抑えている限りは90分間の最後の最後で1点を取れば勝てる。そういう考えのなかで誰1人たりとも守備で妥協がないように、そういったベースを作りながら攻撃のオプションをプラス・アルファしていくというほうが、最終的に拾える勝負が出てくる」
守備を重視した戦い方はロースコアで試合が推移していくケースが増え、ワンチャンスで勝利をものにできる可能性が高くなる。黒田監督は「リーグ戦を戦ううえでそうしたスタイルのほうが勝ち点を取れると考えています」とチームスタイルを説明した。
さらに、黒田監督の言葉は続く。
「ハードにやること、強度を上げるというのは我々のトレーニングの中ではスタンダードにしていこうという思いでやっています。みんなが達成感を得られなかったり、物足りなさを感じるようなトレーニングにしてはいけない。去年もずっとハードにやってきたが、年間を通じてJ2の中でもイエローカードの数は少ないほうでした。球際でこだわり続けて、1対1の攻防を重視してやった結果が失点(リーグ総失点は35)の少なさにつながった。失点をコントロールしただけでなく、リーグ最高得点(リーグ総得点は79)も記録しています」
「攻撃するために守備をする」概念を強調
町田のチームイメージは高い守備力が真っ先に頭に浮かぶ。しかし、攻撃の練習を疎かにしているわけではない。その姿勢は練習にも表れていた。
両サイドと中央の3点から1対1の勝負でゴールへと迫る練習では、攻撃側がカットインしてシュート。あるいはゴールラインの深い位置まで進出してラストパスを供給し、中央に3人の選手が走り込みボールにコンタクトしてゴールを狙う。
この二種類の攻撃パターンを繰り返すなかで、コーチ陣からは熱の入った指示が飛ぶ。選手もその熱量に応えるように、高い集中力を保って練習に臨んでいるのがプレーの激しさから伝わってきた。
「攻撃するために守備をするという概念を持ち、守備から攻撃(への移行)をスムーズにし、そしてスピーディーに精度も高く、多くの人が関わり相手にとって脅威になる変化を見せる。(スピーディーな展開は)相手の一瞬の隙を突くというところにもつながっていく。そこを強固にすることで今年は速い選手がいるので、ますます生きてくるという状況を想定しています」
そして、練習で目に留まるのは、ワンプレーに魂を込めるように指示を出す、コーチ陣たちによる熱血指導だ。その言葉は選手たちを高揚させ、動きに勢いをもたらしている。この特徴を黒田監督に質問しないわけにはいかない。
「5位以内」「勝ち点70」が目標
──コーチ陣がかなり声を出して盛り上げていますが、練習から気持ちの部分を大事にされているようですね。
「やっつけのトレーニングになるのは絶対に許さないということで、担当コーチが自分の責任のなかで、こだわりをもってやっています」
──監督の意思を汲み取って、コーチ陣は声を出しているということですか?
「そういうことです」
コーチ陣たちが発する、選手たちを鼓舞する言葉は、責任を持って指導するという表れの1つなのだ。
「ミーティングの中でみんなと一緒に練習やメンバーを考え、担当コーチがそれぞれ行い、そして組織化していく。このやり方は統括する立場として、全体を俯瞰的に見ることができ、感じたことをみんなに話せるので、これがもっとも効率がいいと考えています」
──去年とベースは変わらないでしょうが、戦うステージがJ1へと上がったことで考えていることがあれば教えてください。
「初めての挑戦となるのでリーグを戦いながら見えてくるものもあると思うので、微調整することも出てくるでしょう。去年のように連敗をしないで終わるということは、たぶんないので、負けたり引き分けても焦ることなく、1敗した時に(自分たちのスタイルに)立ち返れるように、今(取材したのは4日)は町田の戦い方のベースをしっかりと作っています。キャンプのトレーニングゲームでも、J1のチームに失点0でやれたので(1月28日対コンサドレーレ札幌45分×2、30分×1、2-0で勝利。2月1日対川崎フロンターレ45分×2、3-0で勝利)このサッカーは強いんだ、このサッカーなら勝てるという思いを確信に変えていき、そういった気持ちを持ってリーグ戦を戦っていきたいですね」
──リーグ戦で具体的な目標があれば教えてください。
「選手たちは5位以内や勝ち点70と言っています。70と言えば2位から4位、あわよくば優勝というポイントですがそれが達成できる、できないに関係なく、その成績に見合うだけのトレーニングをしていきたいと思っています」
──これだけハードな練習をしているのだから、そこに行けるはずだという思いですね。
「指導者が安心をせず慢心を嫌い、常に不安を持つことで、だから頑張れると思うのです。敢えてハードルを上げて自分にプレッシャーをかけ、上位を目指せるような日々を過ごそうと選手たちにも、自分にも言い聞かせて、(J1の)1年目にチャレンジしていきたい」
宮崎キャンプで目にした町田の練習は実にアグレッシブだった。その練習も意図あるもので、勝利を目指す意識が指導スタッフ、選手ともに非常に高い。
もちろん、どのチームもそうした思いを持ってシーズンに臨む。そうしたなかでも黒田監督に率いられた町田は、明確な戦術遂行によるJ2での成功が、J1を戦ううえでの戦略目標をより確固たるものにし、その到達のために選手は研鑽を積む。公式戦でその努力が花開くのか。
濃密な練習で鍛え上げられている選手たちを見ると、J1挑戦1年目となる2024年シーズンにおいて、町田の躍進はかなり現実味を帯びているように感じた。
(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。