ドイツファンは「罰則に怯まない」 抗議活動から紐解く“日独サポの違い”…日本人との価値観の差【コラム】
【日本×海外「サッカー文化比較論」】DFBの放映権売却を機に広がったサポーターの抗議
日本と海外を比較すると、異文化の側面からさまざまな学びや発見がある。「FOOTBALL ZONE」ではサッカーを軸に、海外では当たり前の価値観、制度、仕組み、あるいは日本文化や風習にフォーカスした日本×海外「サッカー文化比較論」を展開。今回は、ドイツにおけるファン・サポーターの気質とクラブへの“主張”を例に取り、それがクラブ運営にもたらす恩恵について考える。
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ドイツに在住し日常的にドイツ・ブンデスリーガを取材している筆者から見ると、当地でのサッカー観戦は比較的安全であると感じている。イングランドやイタリアの一部で見られる物々しさや殺伐とした雰囲気はあまり感じられず、スリなどの軽犯罪も思ったより発生していない感覚がある。
例えば、ドイツのサポーターはスタジアムに向かう際の街中や電車、トラムなどの車中で瓶ビールをラッパ飲みしているが、その瓶が凶器と化すのは稀で、だからこそ、そのような振る舞いも黙認されている。日本のJリーグでスタジアムに向かうシャトルバスの車中にビール瓶を持ち込む方はまずいないだろうが、ドイツでは個人が一定の安全の担保に責任を持つという考えの下で、当該行為が日常化しているように思うのだ。
この「自己責任」という概念は、ドイツ人の根底に根付く精神であるとも感じている。彼らが自己責任を基に決然と自らの考えを主張する振る舞いは日常でも見受けられ、それがサッカー、もしくはクラブという地域に根づいた文化や象徴に向けてのものである場合は特に、遠慮なくさまざまな手法で各々の思想や理念を公然と発する。
ドイツサッカー連盟(DFB)は昨年12月に全体の3分の2のクラブから支持を得て、外資の投資会社から資本を得る見返りに放映権の一部を売却する案を可決した。しかし、これにブンデスリーガ各クラブのサポーターが異議を唱えて各地で抗議活動が勃発した。
もともとドイツのファン・サポーターはクラブの歴史、公共性を重視する意識が強く、1つの企業やオーナーがクラブの決議権の50%以上を持つことを禁止する「50+1」というルールを設けるなどして、その文化を維持しようとしてきた。
しかし、企業オーナーが発足させたバイヤー・レヴァークーゼン(バイエル社)やヴォルフスブルク(フォルクスワーゲン社)はその例外とされ、そのほかにも地元クラブへ20年をはるかに超える期間の実質的財政支援が評価された場合はDFBの判断で特例が認められている。
そのため、2015年には世界的ソフトウェアメーカー「SAP」の創業者であるディートマー・ホップ氏が保有するTSGホッフェンハイムも個人が過半数以上の議決権を所有するクラブでありながらもブンデスリーガ所属の承認を得られた。
これには数多くの他クラブサポーターが公共性を損なうとして不満を募らせ、スタジアムでの抗議やバナーなどの掲出などを試み、ある事案においてはDFBのスポーツ裁判所で判決が下されて当該サポーターが処分を受けてもいる。
最も深刻な例はボルシア・ドルトムントの一部サポーターが先述のホップ氏に対して行った過激な抗議行為で、この問題は最終的に当該サポーターだけでなく、ドルトムントサポーターのすべてがホッフェンハイムでのアウェー戦を3年間観戦禁止とする処分が下された。
しかし、この連帯責任とも取れる処分に多くのドイツ人サッカーファン・サポーターが嫌悪感を示し、その後も連鎖的に各地で抗議活動が起こってしまった。
ドイツ人が抱く主張しない行為こそ非難に値するという価値観
DFBが下した判断はドイツ人の気質を見誤ってしまったとも捉えられ、それが不満となっていまだに噴出している。先述した外資からの投資資金獲得と放映権の売却はドイツのサッカー文化を外資に「売り渡す」行為だとしてサポーターの抗議活動を喚起させた。
DFBが本件を発表して以降のブンデスリーガの各ゲームでは試合開始から12分間は応援活動をせずに沈黙の抗議をする、または試合開始から12分の時点でスタンドから一斉にチョコレートを投げ込んで異を唱えるなどの行為が各地で見られた。
ちなみに昨年12月のブンデスリーガ第15節、ボーフム対ウニオン・ベルリンでチョコレートが投げ込まれた際に日本代表FW浅野拓磨がそのチョコレートを拾い上げて食べ、その後に今季5点目となるゴールを決めたニュースは日本のみならずドイツでも大きく報道されることとなった。
DFBとすれば、年々さまざまな面で巨大化しているヨーロッパ5大リーグ(イングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランス)の中で自国が生き残り続けるための前向きな施策として資金獲得を目論んだのだろう。とはいえ、国内のファン・サポーターは総じて手厳しい。
日本のJリーグでもサポーターが連盟やリーグ、あるいはクラブ側に抗議の意を示す行為は度々見られるが、ドイツのサポーターはその主張に一切の遠慮がない。日本と同じくドイツでも行為者や団体に対してペナルティーが課されることは多分にあるが、それでもドイツのサッカーファン・サポーターは一切怯まない。逆に連盟やリーグ、抗議対象者を州の裁判所に訴えてファイティングポーズを取り続けたりもする。
一介の日本人である筆者からすると彼らの振る舞いは苛烈な印象を受けるのだが、こちらの方々からすれば主張すべき時に主張しない行為こそ非難に値するという価値観が根付いているのだろう。そして、そのような厳しい“眼”に晒されているからこそ、ドイツサッカーを運営する側は相応の覚悟と慎重さ、そして熱意を込めた未来志向の改革を進めようともしているとも思う。
互いが真摯に向き合っている。日本サッカーもまた、さまざまな論議を経ながら、そんな「サッカー大国」たちと伍して戦えるような環境を目指していかなければならない。
(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)
島崎英純
1970年生まれ。2001年7月から06年7月までサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』編集部に勤務し、5年間、浦和レッズ担当を務めた。06年8月よりフリーライターとして活動を開始。著書に『浦和再生』(講談社)。また、浦和OBの福田正博氏とともにウェブマガジン『浦研プラス』(http://www.targma.jp/urakenplus/)を配信しており、浦和レッズ関連の情報や動画、選手コラムなどを日々更新している。2018年3月より、ドイツに拠点を移してヨーロッパ・サッカーシーンの取材を中心に活動。