8か月11発…上田綺世はなぜA代表で開花? W杯の挫折から“変貌”遂げた訳【コラム】

日本代表の上田綺世【写真:ロイター】
日本代表の上田綺世【写真:ロイター】

カタールW杯で世界トップとの差を痛感、その後の経験が大きな財産へ

「FWは点を取る職業。GKがシュートを止めるのと同じ。FWが点を取ったらもちろんチームが盛り上がるし、それがFWの良さであり、求められること。必要なことだとも思うんで、常に意識していきたい」

 今回のアジアカップが始まる直前、上田綺世(フェイエノールト)は自身に課せられた役割をこう表現していた。

「この大会で何点取ろうとか、そういうのは僕にはない」と数字的ノルマや得点王タイトルへの野心は口にしなかったものの、「自分がゴールしてチームを勝たせなければならない」という責任感を彼なりに感じていたに違いない。

 2024年元日のタイ戦(東京・国立)を体調不良で回避するなど、調整が遅れていた上田は案の定、今大会初戦・ベトナム戦のスタメンから外れた。しかしながら、後半頭から出場し、久保建英(レアル・ソシエダ)のパスを受け、自らドリブルでDFを剥がして右足を一閃。待望の大会1ゴール目をマークする。

 まさかの苦杯を喫したイラク戦では結果を残せなかったものの、崖っぷちに追い込まれるなか、迎えたインドネシア戦では自ら奪ったPKでいきなり先制。後半には左に回り込んだ堂安律(フライブルク)の折り返しをファーで合わせて2点目をゲット。3点目のシュートはオウンゴールと判定され、ハットトリックを逃したものの、グループリーグ3得点という結果を残し、勢いに乗って決勝トーナメントに進むことができた。

「カタール・ワールドカップ(W杯)の時と比べたら、ほぼワンシーズンまたそこからやってますし、環境も変わって、個人的にそのサッカー観もそうだし、成長できてるんじゃないかなという実感はあります」と、彼は中6日のインターバルの間に前向きなコメントを残したほど。その姿はW杯グループリーグ・コスタリカ戦の前半のみで交代を告げられ、世界トップとの差に打ちひしがれた1年2か月前とは明らかに違っていた。

 本人がここまで自信をつけたのは、今季フェイエノールトでUEFAチャンピオンズリーグ(CL)を経験したことが非常に大きいだろう。同ポジションのライバル、サンティアゴ・ヒメネスが君臨するため、ピッチに立ったのはアトレティコ・マドリード戦、ラツィオ戦などのわずかな時間だが、アクセル・ヴィツェルやセサル・アスピリクエタというトップクラスのDF陣から感じた寄せや球際の激しさは、上田にとってのいい学びになったはずだ。

 その基準を体感したのだから、アジア相手、あるいは親善試合レベルで戸惑うことはない。6月のエルサルバドル戦(豊田)から約半年でA代表2桁ゴールという大台に乗せたのも、シュート時に余裕を持てることが大きいだろう。

アジアカップで4ゴール、得点王獲得も視野に

「綺世のようなシュートのうまい選手はなかなかいない。彼がどこまでいくか楽しみで仕方ない」と鹿島アントラーズで2022年の半年間指導した岩政大樹コーチ(現ハノイFC監督)も語っていたが、そのポテンシャルを経験値やメンタル面の成長によって、存分に発揮できるようになったのは確かだ。

 それが1月31日の今大会ラウンド16・バーレーン戦の3点目にも色濃く出ていた。右サイドで毎熊晟矢(セレッソ大阪)がボールを受け、南野拓実(ASモナコ)が裏抜けした瞬間、上田は自分の周りに生まれたスペースを見逃さなかった。そしてパスを受けると、迷うことなく反転して、一目散にゴールへドリブルで前進。相手GKイブラヒム・ルトファラの股を抜く強烈な右足シュートをお見舞いしたのだ。

「相手の隙だったり、フォーメーションの雑さというか、陣形の悪さは何となく自分の中でも背後を狙いながら、前半から理解していたので、その隙を突けたのかなと思います。ゴールは今、欲しいから取れるものでもないし、運とかタイミングとかいろいろあるんですけど、今日はタイミング良くチャンスを作って取れたのかな」と上田らしい言い回しで喜びを滲ませた。

 これで今大会4ゴール。目下の得点ランキングトップはすでに敗退が決まっているイラクの大型FWアイメン・フセインの6点。その次はカタールのFWアクラム・アフィフと上田の4点だ。つまり、彼はこのままいけば得点王タイトルに手が届くかもしれない。過去の日本代表でその称号を得たのは、2007年東南アジア4か国共催大会の高原直泰(沖縄SV代表)だけ。5ゴール以上をマークした日本人選手もいないだけに、上田にはまず6点を奪って、前人未到の領域に辿り着いてほしいものである。

「もともと彼が持っている能力が結果に表れていると思います」と森保一監督も太鼓判を押していたが、大迫勇也(ヴィッセル神戸)が代表を離れたあと、ずっと待ち望んでいたエースFWの出現にようやく目途がついたと感じているかもしれない。

 実際、バーレーン戦の上田は迫力あるシュートだけなく、相手DFを背負ってタメを作る仕事も精力的にこなしていた。そこが長年の課題と言われてきたが、そこも確実に良くなっている。遠藤や久保、毎熊や堂安ら周囲の面々も安心して彼にボールを預けられるようになったのではないか。そういう信頼を勝ち得てこそ、エースFWというに相応しい選手。今大会の彼にはそれだけの風格が感じられる。

 中2日で迎える準々決勝の相手イランにはイタリア1部の名門ASローマでプレーするサルダル・アズムンがいる。前回大会でも長友佑都(FC東京)が「彼と大迫はアジアでは頭1つ抜けている」と評したスケールの大きな点取り屋と真っ向勝負するというのは、上田にとっていい機会。そこでアズムン以上のインパクトを残せれば、日本の優勝確率も一気に上がるし、フェイエノールトでの自身の立場もいい方向に変化するはずだ。

 この1年間で代表11ゴールというのは並大抵のことではない。それだけ今の上田は勢いに乗っている。伸び盛りの今を逃す手はない。一気に突き抜け、絶対的エースへと上り詰めてほしい。まずはイラン戦で日本を勝たせる得点を奪うこと。それが先決だ。

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元川悦子

もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。

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