鹿島アントラーズが変貌の予感…鈴木優磨も「面白い」「楽しい」と絶賛の新スタイル【コラム】
ポポヴィッチ新監督の下で指導した鹿島の現在地とは?
時間が限られている囲み取材で、鹿島アントラーズのFW鈴木優磨はポジティブな言葉を連発した。
具体的には「面白い」が「充実感がある」や「楽しい」に変わり、さらに「やりがいを感じる」を経て「悪くない」で締められた。すべてにランコ・ポポヴィッチ新監督に率いられる、鹿島の現在地が反映されている。
何が鈴木の口調を弾ませていたのか。1月23日から宮崎市内で行われているトレーニングキャンプ。時間の経過とともに具現化されてきた新指揮官が掲げるサッカーを、鈴木は「面白いですね」と受け止めている。
「なるべくバックパスを減らして相手ゴールに向かっていこう、と。シンプルな要求ですけれども、実は一番難しかったりする。その分、やっていてすごく充実感があります。僕も2022シーズンから復帰しましたけど、バックパスが多いというか、ゴールに向かうパスが少ないと思っていた。そのなかでポポさんが求めているのはすごくシンプルですけど、非常に分かりやすくて、選手たちにダイレクトに響いていると思います」
鹿島の練習を見ていて真っ先に違いに気がつくのは、イタリア語の感嘆詞が頻繁に飛び交っている点だ。素晴らしいプレーに対してだけでなく、積極的にトライしたうえでのミスにも「ブラボー!」と声がかかる。
発信源はセルビア出身のポポヴィッチ監督だ。27日にJ3のテゲバジャーロ宮崎と対戦した、新体制下における初めての対外試合では、1分間で実に20回近くも「ブラボー!」が連発された場面もあった。
もちろん、ピッチ上の選手たちの耳にも、ややかすれ声で重低音の「ブラボー!」がはっきりと届いている。常に陽気で、なおかつ熱血漢でもある指揮官を、鈴木は親しみと畏敬の念を込めて「ポポさん」と呼ぶ。さらに感嘆詞が連発される光景を「珍しいけど、でもプレーしていてすごく楽しい」と宮崎戦後に歓迎した。
「ポポさんは人間としても非常にいい人で、僕たち選手に対していいものはいい、ダメなものはダメだとはっきりと、ダイレクトに伝えてくれる。やっていてやりがいを感じるし、今後はポポさんがやりたいサッカーと、そのなかでいかにして自分たちの特徴を出せるのか、というバランスの見極め方が大事になってくると思う」
新指揮官が選手たちへ授ける「3か条」
鈴木が「なるべくバックパスを減らして――」と表現したポポヴィッチ監督のサッカーは、具体的にはどのようなスタイルなのか。45分×2本、プラス30分の形で行われ、鹿島が2-1で逆転勝ちした宮崎戦では、黎明期から貫く4-4-2システムを採用。そのうえで、ピッチに送り出した選手たちへ「3か条」を授けている。
「常にスピーディーにプレーし、周囲と連動してコンビネーションで崩し、そのうえでゴールに迫る回数を増やしていく。その意味で言えば、私が見たかったものを選手たちはピッチ上でしっかりと見せてくれた」
宮崎戦は現時点で主力組と見られる選手たちが先発し、2本目の15分すぎまで、計60分ほどプレーした。先発にはGK早川友基、最終ラインは右からルーキーの濃野公人(関西学院大卒)、植田直通、関川郁万と安西幸輝、ボランチは柴崎岳と樋口雄太、2列目に藤井智也と仲間隼人、2トップには土居聖真と鈴木が名を連ねた。
もっとも、メンバーが一斉に交代した60分すぎの段階で、スコアは両チームともに無得点。鹿島は何度もチャンスを作り出し、決定機を迎えながら、宮崎の身体を張ったプレーもあってゴールネットを揺らせなかった。
「まあ一発目の試合にしては悪くないな、と。試合前の段階ではもうちょっと苦戦するかなと考えていたんですけど、思った以上に今日は形を出せていたので。ただ、前線の仕事、得点力といった部分は、特に僕の場合は結構分かりやすく求められてくる。今日も何本かいい形ができていたけど、やっぱり点を取り切れない部分が出てくると難しい。個人としてもチームとしても、ゴールを決め切るところはもっと突き詰めていきたい」
自戒を込めて宮崎戦を振り返った鈴木は、ポポヴィッチ監督の「3か条」をこう受け止めている。
「いまはまだ植え付けている段階で、選手たちに意識を強く持って前につけてほしい、なるべく早いテンポでゴールに向かってほしいと要求していると思う。得点が生まれていたらもっとよかったけど、それでもワンタッチでボールを運ぶ、というポポさんがやりたいサッカーというのを何回か出せた場面もあった」
練習試合でアクシデントも…「コンディションがいい」鈴木に懸かる期待
予期せぬアクシデントも発生した。今シーズンからキャプテンに就任し、さらに志願する形で「10番」を背負った柴崎が接触プレーで右足を痛め、前半18分に自ら志願する形で名古新太郎と交代したからだ。
バックパスをできるだけ封印したうえでワンタッチを多用し、スピーディーに攻めていくサッカーを、90分間を通して貫くのは無理がある。だからこそ柴崎の交代を境に、試合内容が一変した点を鈴木は課題として挙げた。
「やはり(柴崎)岳くんが抜けてからのゲームコントロールの部分ですね。速いテンポでずっと90分、というのはなかなかできない。だからこそゲームコントロールなんですけど、途中で岳くんがいなくなってからは、僕がちょっと中盤に落ちる形でコントロールしなきゃいけなくなった。やはり岳くんがいる間は、僕もなるべくゴール前での仕事に専念したい、という思いがあったなかで、そこがちょっと難しく感じました」
宮崎戦の途中でスタジアムを離れ、精密検査に向かった柴崎の怪我に関する詳細は、現段階で鹿島から発表されていない。一方で鹿島は同日、スロバキア1部リーグのスロヴァン・ブラチスラヴァに所属していた、元U-21セルビア代表のFWアレクサンダル・チャヴリッチを期限付き移籍で獲得したと発表した。
すでに鹿島に合流し、30日から練習に参加する予定のチャヴリッチは現在28歳。右ウイングを主戦場としながら左でも、さらにはセンターフォワードでもプレーできる。最前線の選手の補強がなく、不安視されていたなかでチャヴリッチがフィットすれば、獅子奮迅の活躍が求められてきた鈴木にかかる負担も軽減される。
昨シーズンは4人が務めた共同キャプテンの1人に名を連ねた鈴木は、新体制では植田とともに副キャプテンを務めている。これも鹿島愛が深いゆえに責任感も強く、チームに結果をもたらそうとフル稼働しながら無冠が続き、心身を消耗させてきた鈴木をストライカーに専念させたいチーム側の考えもあるのだろう。
すべてで疲れ切っていたと自覚していた鈴木も、オフは徹底的にサッカーと距離を置いた。自主トレの回数や量も意図的に減らし、頭と体を完全にリフレッシュさせて始動を迎えた効果をこう語っている。
「日本に帰ってきてから、キャンプのなかで一番コンディションがいいと自分では感じている。いつもこの段階ではめちゃくちゃ身体が重くて、まったく走れなかったのが、今年はポポさんの厳しいトレーニングもあって怪我をしないギリギリの感じで、本当にいい形で仕上がってきている。この調子で開幕を迎えられれば」
もっとも、3-1で勝利した30日のJ2徳島ヴォルティスとのトレーニングマッチで、鈴木は先制ゴールを決めながら前半終了間際に相手選手と接触。頭部を打って交代するアクシデントがあった。
予期せぬアクシデントこそあったものの、昨シーズンにキャリアハイの14ゴールをあげた鈴木はポポヴィッチ新制下でさらにモチベーションを高めながら、J1リーグと天皇杯の2冠を獲得した2016シーズンを最後に、国内3大タイトルで7年間も無冠が続く常勝軍団を最前線で牽引していく。
藤江直人
ふじえ・なおと/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。