なぜシーズンチケット保有者に「警告」制度 “ビジネス色”強まるプレミアクラブの経営戦略【現地発】

ブレントフォードの制度に持論【写真:ロイター】
ブレントフォードの制度に持論【写真:ロイター】

ブレントフォードが今季から実施したシーズンチケット保有者への“警告ポリシー実行”

 ブレントフォードのデータ活用法に物申す。そんなことを言うと、「何を見当違いなことを」と思われるかもしれない。プレミアリーグ昇格3年目のクラブは、ギャンブル畑で富と名声を手にした英国人オーナーの下、“数字”を理解して経営戦略に組み込むことにより、物理的な資金力を上回る成果をピッチの内外で残している。

 昨季は、トップリーグで6位につけた1938年以来の最高順位となるプレミア9位。一昨季の13位にしても、クラブ会計の監査報告結果が公表されている同シーズンにおいて、当時の20チームで唯一、高騰が続く選手給与の総額を総収益の半分以内に抑える経営状態で実現されたという背景がある。4年前、3部リーグから500万ポンド(約9.4億円)で引き抜いたイングランド代表FWイバン・トニーに、その20倍近い金額での強豪移籍が噂されているように、スタッツ分析に基づく賢い補強で知られるようになってもいる。

 しかしながら、シーズンチケット保有者に「警告」を与えるという観戦データの活用を単純に褒めることはできない。今季からは、Gテック・コミュニティ・スタジアムに年間指定席を持つファンがホームでのリーグ戦を“欠席”すると、メール、携帯SMS、あるいは郵便でクラブから「イエローカード」に相当するメッセージが届く。今年3月に予定されているシーズンチケット更新開始日までに累積4枚となれば、自動更新の権利を剥奪する「レッドカード」が提示されるという仕組みだ。シーズンチケットは、すでにファンの待ち行列が存在する状態。つまり、レッドは実質的に「更新停止」を意味する。

 最大収容人数が1万7250人に限られるスタジアムの座席を有効に活用したいという発想自体は間違っていない。この警告ポリシー実行に際するクラブの説明によれば、平均で収容人数の1割を超える数の座席が、売れているはずなのに試合当日には空席になっているという。ただし、座席を無駄にしたことに対する警告を、新旧問わずシーズンチケット保有者を十把一絡げにして行うやり方は問題だ。

 ブレントフォードのシーズンチケットは、今季20チームの中でも下から数えて5本指に入る価格設定になっている。ロンドン勢の中では最低価格。最も安いエリアの449ポンド(8万5000円弱)は、アーセナルのエミレーツ・スタジアムで最も安いエリアのほぼ半額だ。同じ西ロンドンの非ビッグクラブであるフルハムも、新築されたリバーサイド・スタンドの指定席には年間3000ポンドの値札をつけている。

 加えて、地域としてのブレントフォードは再開発が盛ん。スタジアム付近にもオフィスビルやマンションが立ち並ぶようになり、コスモポリタンなロンドンのイメージそのままに外国人も多い。ここ2、3年のシーズンチケット購入者の中には、プレミアの試合を生で観るチャンスだという動機の持ち主もいると思われる。

 良心的な価格設定も、“サッカーファン”の観戦熱も、それはそれでいい。だが、シーズンチケット保有者の中には、より小さくて古かったグリフィン・パークをホームとし、巨額のTVマネーとは無縁の下部リーグ時代からクラブを支援してきたサポーターもいる。同じシーズンチケット保有者でも、プレミア昇格後の購入者とはクラブへの忠誠心が違う人々だ。

地元密着型クラブの“残念な対応”

 本人の希望で偽名のジョージと呼ばせてもらうが、西ロンドンの近所に住む犬の散歩仲間から「イエローをもらったよ」と聞かされたのは、年始早々のことだった。昨年12月27日、ウォルバーハンプトンとのホームゲームで指定席を空けた行為で警告を受けた。スタジアムに行けなかった理由は、イングランドでも流行っていたインフルエンザ。前夜から熱が出て、寒い冬のナイトゲームでなくても観戦は無理な体調だったという。

「ウルブス戦にいましたか?」という件名の警告レターには、念を押すように、スタンドで観戦できない場合のイエロー回避方法も記されていた。1つは、代わりにブレントフォード・ファンの家族や友人に自席で観戦してもらう方法。もう1つは、クラブ公認のオンラインサービスを利用した転売。試合当日の午前10時までに自席が転売サイト上でリストアップされれば、買い手がつかなくても「自席で観戦した」とみなされる。しかし、オンラインでの転売は、60代後半で携帯もスマホではなく、独りで極めてオフラインな日常を送る彼のような年配者には、熱を出して寝込んでいなくとも容易ではない。

 自席を譲る相手を見つける暇もなかったジョージは、電話で事情を説明してイエロー撤回をアピールした。だが、電話の向こう側からは、「これがウチの“コーポレート・ポリシー”ですから」との返答。ビジネス色が強まる一方のプレミアにありがちな対応だと言えるが、ブレントフォードは地元密着型の「市民クラブ」的なイメージが強いことを考えれば、余計に残念だ。一応、「内部で話はしてみます」とも言ってもらえたようだが、その後は何の音沙汰もないまま2週間以上が過ぎている。

 そう話す彼からは、イエローをもらったことに対する「ストレス」が強く感じられた。それでも、「騒ぎ立てるつもりはないけど」と言うあたりは、根っからのサポーターらしい。来季への更新開始前にホームで行われるリーグ戦は、1月最初の第21節を含めて多くても5試合。当人の情熱からすれば、累計4枚でレッドをもらう危険性は少ないにしても、歳をとると体が言うことを聞いてくれない場合もある。仮に来季への更新資格を失ったとしても、その翌シーズンには再び購入申請が許されるが、実際の購入が保証されるわけではない。

年配のシーズンチケット保有者に対する配慮も必要ではないか?

 ジョージが初めてシーズンチケットを購入したのは、ブレントフォードが2部に昇格した2014年。以前は、ずっとメンバーシップ保有者だった。その5年前には4部に落ちていた地元クラブの観戦チケットは、試合毎に旧スタジアムのボックスオフィスで難なく購入できた。しかも、彼の“定位置”は立ち見専用スタンド。指定席を購入する必要がなかったのだ。

 1947年を最後にトップリーグから遠ざかっていた「我がクラブ」が、小規模だがモダンな近隣の新居へと移り、晴れてプレミアへと戦いの舞台も移したのだから、それこそサポーター冥利に尽きる。ところが極端な言い方をすれば、そのクラブから「新しいファンも増えたので、もう結構です」と告げられるような仕打ちを受ける。まさか、そんな不安に駆られる時が訪れることになろうとは。高齢者枠に該当する彼のシーズンチケット代は、一般の大人向けよりも2万円ほど安い。しかし、彼のような長年のサポーターには、クラブにとって指定席の額面以上の価値があるはずだ。

 もちろん、後続世代のファンを確保することもクラブ経営上の重要ポイントではある。実際、未成年のファンは、観戦に付添人を必要とするファンと同様に警告対象外とされている。であれば、古くからのファンに多い年配のシーズンチケット保有者への配慮があってもいいのではないか? 保有歴の長さに応じて、イエロー提示前に猶予を設ける手もあるだろう。

 クラブには、そのような対応のベースとなるデータも蓄積されているに違いない。数字の解釈に長けたブレントフォードらしく、プレミアでのホームゲームでスタンドにいなかった試合数だけではなく、下部リーグ時代からスタンドにいたシーズンチケット保持者としてのデータをも理解したうえで、警告ポリシーの変更を望みたい。

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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