“冨安流”守備でアジアの頂へ 攻撃陣に「行け」の声…再認識させられた圧倒的すぎる存在価値【コラム】
インドネシア戦でアジア杯初先発の冨安、統率力の高さで守備を牽引
1月19日のイラク戦で36年ぶりのアジアカップ・グループリーグ黒星を喫し、D組の1位通過を逃した日本。それでも2022年カタール・ワールドカップ(W杯)初戦でサウジアラビアにまさかの敗戦を強いられながら、最終的に頂点に立ったアルゼンチンのように驚異的なリカバリーを見せるべく、24日のインドネシア戦に挑んだ。
キャプテン・遠藤航(リバプール)と攻撃の牽引役・久保建英(レアル・ソシエダ)、GK鈴木彩艶(シント=トロイデン)を除く8人の大幅メンバー入れ替えを行った日本だが、大きな安心材料は冨安健洋(アーセナル)のスタメン復帰だった。
12月2日のウォルバーハンプトン戦で左足ふくらはぎを負傷し、昨年末31日のフルハム戦で復帰したものの、そこで足首を痛めた冨安。カタール入り後は別メニューを強いられたが、入念に調整を進め、イラク戦後半から復帰。彼がピッチに入ってからは守備が落ち着き、無失点でゲームを終えていた。
だからこそ、本人は自身がDFリーダーとなる今回のインドネシア戦に向けて「相手の勢いに飲まれずに、僕らから仕掛けて叩きのめす気持ちでやりたい。ここ2試合クリーンシートできていない。しっかりとそこに貢献できればいい」と力を込めたのだ。
その気迫はキックオフ時から強く出ていた。冨安は相手エースFWラファエル・ストラックに対して確実に対応。一歩先に動いてチャンスを潰し、ハイボールが飛んできても身体を張って競り勝っていた。その安定感たるや、アジアレベルをはるかに超越していた。さすがは世界最高峰クラブ・アーセナルでコンスタントに出場機会を得ている選手。それを改めて色濃く印象づけた。
自身の守備だけでなく、チーム全体をコンパクトにして、ハイプレスに生かせるのも冨安流。最前線の上田綺世(フェイエノールト)も2列目に陣取る久保もサボらず必死に前からボールを追い回していた。
「今日は冨安選手に行けって言われたら行かなきゃいけないんで、前の選手は疲れます。1、2試合目でプレスがハマらなくて嫌だっていうのを冨安選手が見てきたので、『行ける時は行かなきゃいけないよ』『行け行け』って何回もうしろから声を聞いたんで、行くしかないなって思ってました」と久保も苦笑していた。
キャプテン・遠藤以外でそれだけの発信力を備えた人材は今の代表では冨安と堂安律(フライブルク)くらい。彼ら3人が揃ったからこそ、インドネシア戦の日本は高度な意思統一を図り、90分間、コンパクトな状態を保つことができたのではないか。
ディフェンス面だけでなく攻撃面でも異彩を放つ
加えて言うと、冨安は攻撃面でも異彩を放っていた。彼の鋭い配球が決定的チャンスの起点になるケースが少なくなかったからだ。
後半7分の上田の2点目にしても、冨安が堂安に縦パスを出し、中村敬斗(スタッド・ランス)につながり、堂安が外から回り込んでクロス。ファーから上田が飛び込んで決めきったのだ。
そればかりではない。後半17分の堂安へのロングパスも冨安が起点。堂安のループシュートは惜しくも枠を越えていったが、「もっと推進力を持って前へ出ろ」という彼なりのメッセージが込められていたようにも感じられたのだ。
「間違いなく前の選手はクオリティー持ってるんで、 そういったクオリティーのある選手たちにいかにいい状態、いいコンディションでボールを届けられるかっていうのは、うしろの選手の責任。それが縦パスじゃなくても、いい状態、いいコンディションで前の選手にボールを預けるっていうところはやっていく必要があるところかなとは思います」
冨安自身もこう強調していたが、最終ラインから攻めを構築できる選手がどっしり構えているというのは、前線アタッカー陣にとってどれだけ大きな安心材料になるか分からない。冨安の圧倒的すぎる存在価値をあらゆる面で感じさせた今回のゲームだったと言える。
彼が渡辺剛(ヘント)と代わったあとの後半ロスタイムにインドネシアのロングスローから1失点したのを見ても、やはり守備の大黒柱にはフル稼働してもらわなければならないということ。コンディション不良でベンチ外になった板倉滉(ボルシアMG)含め、31日のラウンド16までにしっかりとコンディションを整えてもらう必要がある。
インドネシア戦でも前半41分にストラックに背後からチャージを受け、顔をゆがめた場面では、森保一監督を筆頭にチームスタッフ全員が冷や汗をかいたことだろう。試合後、彼は「大丈夫です」とコメントし、周囲を安堵させたが、ここ数年、相次ぐ怪我に見舞われてきた男にとってこれ以上のアクシデントだけは回避したいところ。この大会でフル稼働することが最重要テーマにほかならない。
不完全燃焼に終わった1年2か月前のカタールW杯で「なんでこんなに上手くいかないんだろう」と冨安は吐き捨てた。その悔しさは今も脳裏に焼き付いているはずだ。それを払拭するためにも、とにかくピッチに立ち続ける状態を維持することが先決だ。
思い返してみると、2010年南アフリカW杯でも、絶対的なセンターバック(CB)コンビと言われた中澤佑二と田中マルクス闘莉王が怪我もせず、イエローカードももらうことなく乗り切った。あの時の日本代表は2人がいなくなったら終わりと言われていたのに、何事もなく戦い抜いたのだ。
今の冨安にも同じ仕事を求めたいところ。彼を軸に板倉、町田浩樹(ロイヤル・ユニオン・サン=ジロワーズ)らが安定感のある守りを見せ、失点を阻止してくれれば、日本は必ず高い領域に到達できるはずだ。
少なくともグループリーグ3試合5失点という不本意な状況を続けていたら先はない。次こそはクリーンシートがマストだ。その担い手として闘将・冨安の凄まじい統率力と発信力、高い基準をチーム全体に植え付けること。そのタスクを確実に遂行してほしいものである。
(元川悦子 / Etsuko Motokawa)
元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。