“確執”のトルシエと“協調”の森保 日本代表の「目を見張る発展」に見る監督のあるべき姿【コラム】
【カメラマンの目】元日本代表監督のトルシエ氏が激情家ゆえに生んだ確執
試合を前にしてピッチに姿を見せた森保一監督は、ベンチでの定位置となる右端に一度は腰を下ろしたが、再び立ち上がると取り囲むカメラマンたちと視線を合わせ、新年の挨拶を交わした。
2024年を迎えてから14時間後、早くも日本代表は今年の初戦を戦った。前半は対戦相手のタイ代表のディフェンシブなサッカーに手こずり0-0で終わったものの、後半に入ると5得点を奪うゴールラッシュで勝負に決着をつける貫禄を見せ、国際Aマッチの連勝も「9」に伸ばした。カメラのファインダーを通して見る、強豪ドイツの撃破を含む連勝街道を突き進む日本の姿は実に頼もしく、価値ある勝利を挙げ続けている。
日本代表は新年を迎えても好調を維持しており、森保一監督も自らが指揮するチームに手応えを感じていることだろう。好成績が示すように、そのスタイルも日本の選手たちの特徴を最大限に生かす、堅守と攻撃に転じれば手数をかけないで一気に前線へと進出するスピードに乗ったサッカーが確立されつつある。カタール・ワールドカップ(W杯)を経て、チームは成熟の度合いを高めていると言えるだろう。
そのカタールで開催されるアジアカップへと臨む日本は、グループリーグの初戦でベトナム代表と対戦する。ベトナムで指揮を執るのは、かつて日本を率いたフィリップ・トルシエ監督である。
では、このフランス人監督はどんな人物だったのか。日本の指揮官を務めていた時のトルシエ監督はU-20、U-23代表も兼任し、そこで頭角を現した選手をフル代表へと引き上げ、DF3人が最終ラインの位置を上下させ、相手の攻撃を封じる“フラットスリー”という守備組織を最大の武器とするチームを作り上げた。フル代表ではチームの調子が上がらない時もあったが、それでも最終的には自国開催となったW杯でグループリーグを突破し、決勝トーナメント進出を果たしている。
だが、勝利のために一途にチーム構築に取り組む姿勢は評価できた一方で、激情家でもあるトルシエ監督の態度は日本サッカー協会(JFA)と報道陣の間に確執を生んだ。
記憶に残る2000年6月ボリビア戦の会見で覚えた失望感
当初、トルシエ監督の契約は就任から2000年6月までの2年間であった。世紀の祭典を控えてサッカーというスポーツに注目が集まるなか、その契約終了期間が近づくとチーム状態も低迷していたこともあって、更新か否かで騒動が起こる。
当時の日本サッカーを取り巻く報道環境は、トルシエ監督の去就を巡って自宅マンションまで足を運ぶ、行き過ぎた取材姿勢にも問題はあった。さまざまな部分で成熟していなかったことは否めない。
しかし、そうした状況に晒されていたことを差し引いても、1人の人間として見た場合、トルシエ監督の発言や態度を見ると全面的に彼を擁護する気持ちにはなれず、何より魅力を感じることが少なかった。
今でも記憶にあるが、00年6月18日に行われたボリビア戦の記者会見の席上において、トルシエ監督はサッカーに関する一切の話を拒否して、これまで蓄積された不満を晴らすように監督と協会との関係はどうあるべきかなど、堰を切ったように人間としての倫理的な話を延々と述べた。その姿を見て、W杯での成功に向けて戦うべき相手は外になく、内輪揉めをしているのかと思うと、なんとも言い切れない悲しい気持ちになったのを覚えている。
騒動も決着がつき、続投となったトルシエ監督はW杯のメンバー発表の際にも、ヨーロッパでの本大会で対戦する国の視察を優先して姿を見せず、いよいよ開幕が迫った記者会見では「え、もうW杯が始まるのかという気分」といったプレッシャーからの現実逃避とも取れる言葉を口にした。W杯自国開催という、これ以上にない大舞台を任される重要人物でありながらも、型破りな行動や言動を見せる彼を、どうしても好意的に理解することはできなかった。
W杯出場が夢のまた夢であった時代からすれば、日本サッカーが戦いの場を本格的に世界と定め、そこでの勝利を目指し、努力をしてきた結果による発展は目を見張るものがある。ここまで来るにはチームを支える組織や人々が進むべき正しい道を模索し、時には失敗し、苦い経験を重ね成長した結果だろう。
森保監督の続投決断は間違いなし
そうしたなかでさまざまなタイプの監督がチームの指揮を執り、彼らの姿を取材してきた。そこで思ったことがある。
勝負には勝利したほうがいいに決まっている。たしかにトルシエ監督はサッカーの指導者としては優秀だった。これは紛れもない事実だろう。
だが、それ以前に八咫烏のエンブレムを誇りとするチームの指揮官には、勝っても負けても納得のいく采配を揮い、人として尊敬できる振る舞いを見せる人物であったほうが誇らしく感じ、気持ちがいい。例えば、イビチャ・オシム氏のように。
そうした意味では森保監督は周囲との関係も良好で、ピッチでの勝負にもカタールW杯以降の2次政権で好結果を残している。近年のW杯をひと区切りとする監督人事から方向転換をして、続投させた方針は間違えではなかったということだ。
現在の日本には中盤に中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一といった才能のある人材が揃ったジーコが指揮した時代に匹敵する、いやそれを超えるハイレベルな選手が名を連ねている。客観的に見て今の日本にベトナムが勝利するのは至難の業だろう。策士トルシエ監督の思いがチームに伝播され、浸透していたとしても両国の実力差は如何ともしがたい。
森保監督が現在のチームをさらなる高みへと導くための第一関門がアジアカップの制覇であり、初戦のベトナム戦は勢いをつけるためにも結果、内容で圧倒したいところだ。
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。