91億円で歴代50位 “高値ぶり”が示すプレミア優勝争いを左右する点取り屋の重要性【現地発】

本職ではないCF起用でファンから批判を浴びたカイ・ハフェルツ【写真:ロイター】
本職ではないCF起用でファンから批判を浴びたカイ・ハフェルツ【写真:ロイター】

慎重すぎるハフェルツを見かねたファンの叫び

「ストライカーを獲れ!」――ホームにリバプールを迎えた1月7日のFAカップ3回戦(0-2)、あるアーセナルファンが叫んでいた。まだ両軍無得点だった前半30分過ぎ。1トップ役のカイ・ハフェルツが、ボックス内でタッチを重ねた挙句にシュートブロックに遭った直後のことだった。

 ハフェルツは、昨季までのチェルシーでもセンターフォワード(CF)起用があった。だが、本職は攻撃的MF。それでも、通路を挟んで筆者の斜め前にいた男性ファンは、「さっさと打て! ストライカーが仕事だろ!」と憤っていた。いずれの“シャウト”も、いわゆる「Fワード」で怒りが強調されていた。

 前半のアーセナルは、ポゼッション53%以上に優勢だった。シュート数は13本。しかし、惜しかったのは、トップ下起用が敵の意表を突きもしたマルティン・ウーデゴールがバーに阻まれた1本のみ。ハフェルツはボックス内で慎重すぎ、両翼のリース・ネルソンとブカヨ・サカは冷静さを欠いた。そして敵も策を講じた後半、35分にオウンゴールでリードを奪われ、アディショナルタイム5分のカウンターでルイス・ディアスにとどめを刺さされた。

 エミレーツ・スタジアムには、チャンスを逃し続けるアーセナルに業を煮やしたサポーターがほかにもいたに違いない。プレミアリーグ優勝争いという伏線を持つ強豪対決でもあった。攻撃的なチーム同士の対戦は望むところでもあったはず。その一戦で無得点に終わったチームは、リーグ戦と合わせて3連敗。第19節ウェストハム戦(0-2)と第20節フルハム戦(1-2)で、ポゼッションを諦めた相手に敗れたばかりだった。

 解決策としては、かねてからイバン・トニーの獲得が噂されてきた。賭博違反による8か月間の出場停止から復帰間近のCFは、チャンス供給が豊富とは言い難いブレントフォードで昨季リーグ戦20得点。今季の第20節終了時点で、オープンプレーからの得点数がxG(ゴール期待値)を「6.17」下回っているアーセナルの興味は理解できる。

 ただし、トップレベルでのリーグ戦20得点台はその1シーズンに限られる。それでいて、想定される移籍金は1億ポンド(約183億円)近い。27歳のイングランド人選手とはいえ、ほかのポジションであれば「法外」と理解され得る規模だ。だが、そこは点を取らなければ勝てない世界で、その「ゴール」を生業とするポジションの専門家。値段の高さは今に始まったことではない。

累計移籍金額50傑が示す点取り屋の価値

 昨年11月に英サッカー誌「フォー・フォー・トゥ」がまとめた累計移籍金額の歴代トップ10では、1位のネイマール(現アル・ヒラル)から10位のズラタン・イブラヒモビッチまで、FWが7枠を占めている。CFにポジションを絞って調べてみても、プレミア(1992年~)のクラブが支払った移籍金額では、マンチェスター・ユナイテッド入り(2017年)と2度目のチェルシー入り(21年)当時のロメル・ルカク(現ASローマ)を個別に勘定すると10人が歴代トップ50にランクイン。もう13年前の移籍例になるフェルナンド・トーレスでさえ、チェルシーが支払った5000万ポンド(約91.5億円)で50位という高値ぶりだ。

 この50傑には、リバプール2年目のダルウィン・ヌニェスも含まれる。昨季プレミアで9得点のウルグアイ代表CFは、難しいシュートは決めるが決定的なチャンスを逃す癖が玉に瑕。この日も、前半21分のヘディングが枠内であれば、リバプールは最初のチャンスでリードを奪えていただろう。

 もっとも、24歳のヌニェスはまだ若い部類のCFでもある。完成の域に達すれば、成績次第で8500万ポンド(156億円弱)のクラブ史上最高額となる移籍金にふさわしい。サッカーで「最も困難」とされるゴールを陥れる仕事のエキスパートがまた1人誕生する。彼らの仕事ぶりは「ネットを揺らす芸術」とも呼ばれるのだから、名作とともに多作も期待されるストライカーの値段が高いのももっともだ。

 プレミアの現役CFと言えば、5100万ポンド(93億円強)の移籍金も「安い」アーリング・ブラウト・ハーランド。マンチェスター・シティでの1年目に出場したリーグ戦35試合で36ゴールの昨季プレミア得点王は、今季開幕を前に英公共放送「BBC」でプレミア歴代得点王アラン・シアラーのインタビューを受けている。新旧“ゴール・アーティスト”は、互いに「フィーリング」という言葉を何度も口にしていた。

 中には、筆者のような凡人にも頷ける感覚もあった。1つは、いい意味での強欲さ。「ゴールのタイプなんてどうでもいい。1点決めたら、もう1点、ハットトリックを達成したら、また次の試合でも」と、すぐに思うのだとハーランドは言う。このような貪欲さは、例えばハフェルツからは感じられない。

 そして、「これ以上はない」と言うゴールの喜びを味わい続けるために必要な努力。シアラーが「自分はこれしかないと思って人一倍やった」と、駆け出し時代の居残りシュート練習を振り返れば、新世代のハーランドも、「まだまだあらゆる面で進歩できる。左足ではチャンスを逃してばかりだし」と、すでに驚異的な能力に磨きをかけることしか考えていないのだった。

トッテナムに期限付き移籍したティモ・ベルナー【写真:Getty Images】
トッテナムに期限付き移籍したティモ・ベルナー【写真:Getty Images】

今冬の移籍市場で注目されるプレミア勢のストライカー補強

 当初、今回のアーセナル対リバプールには、アジアカップ出場で日本人レギュラーを欠く強豪対決という意識で足を運んだ。実際に不在の跡も見られた。アーセナルではヤクブ・キビオルが任された左SBの人選。自軍ゴールに放り込んでしまったヘディングは、嫌なコースに蹴り入れたトレント・アレクサンダー=アーノルドのFKを褒めるべきだとしても、万能DFの冨安健洋とは違ってアウトサイドでの1対1にぎこちなさを覚えた。

 リバプールは、自身の欠場中に遠藤航が存在感を示した中盤中央にアレクシス・マック・アリスターが再び。膝の怪我で1か月ぶりの先発では無理もないが、存在感のないまま後半早々にピッチをあとにしている。

 だが最終的には、目の前で展開されたピッチ上の光景と、目の前から聞こえてきた怒鳴り声により、何よりもゴールゲッターの重要性を意識させられた。

 今冬の移籍市場では、ストライカー補強が望ましいプレミア勢がアーセナルのほかに7、8チームは存在する。最たる例が、過去3回の移籍市場に10億ポンド(約1830億円)を超す補強予算を投じていながら、「決定力不足」が指摘されるチェルシー。第20節終了時点でのxG「39.4」は20チーム中2位の数字だが、実際に奪った34得点との「-5.4」差はワースト4となっている。第1ターゲットと目されるビクター・オシムヘン(現ナポリ)の獲得を可能にする移籍金は、プレミア史上最高額となる1億1200万ポンド(205億円弱)の見込みだ。

 早々に今季末までのローンでティモ・ベルナーを手に入れたのは、今季リーグ戦20試合で12得点のソン・フンミンがアジアカップで不在のトッテナム。3年半前、4500万ポンド(82億円強)でのチェルシー移籍が失敗に終わってRBライプツィヒに出戻っていたが、4年前にブンデスリーガで28ゴールの快速FWは、攻守に足を止めないスタイルもアンジェ・ポステコグルー新体制下のトッテナム向きだ。

 後半戦のアーセナルにチャンスの「無駄遣い」が続き、シティとリバプールとの優勝争いではなく、“ターボ・ティモ”の加入で勢いを増した地元北ロンドンの宿敵とトップ4を争う羽目になれば、ますます聞こえてきそうだ。「Sign a f***ing” striker!」と怒鳴るファンの声が。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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