収容1万人強の規模も敵将を魅了…ルートン本拠地に見た「本物のフットボール」【現地発】

本拠地にチェルシーを迎えたルートン・タウン【写真:ロイター】
本拠地にチェルシーを迎えたルートン・タウン【写真:ロイター】

対戦したチェルシー指揮官がルートン本拠地を絶賛

 プレミアリーグの「持てる者」と「持たざる者」との対戦。2023年12月30日に行われたルートン・タウン対チェルシー(2-3)も、その一例だ。だが「いいなぁ」と思わせたチームは、後者に属するルートンだった。

 試合には敗れた。チェルシーの3得点は、いずれも見事なフィニッシュ。2ゴール1アシストのコール・パルマーと、無から有を生むようなゴールを決めたノニ・マドゥエケの両MFは、合わせて130億円近い移籍金を要した才能の片鱗を窺わせた。

 これに対し、ハーフタイムを境に形勢上は逆転を可能にしたルートン最初のサブ2名は、移籍金が発生しなかったFWチドジー・オグベネと、約7億円のMFタヒス・チョンだ。ヘディングでネットを揺らして反撃の狼煙を上げたロス・バークリーは、2018年のチェルシー移籍が失敗に終わって流れついた“元ワールドクラス候補”のMF。チーム2点目を押し込んだFWイライジャ・アデバヨは、2シーズン半前までウォルソール(4部)でプレーしていた。

 そのチームが0-2で前半を終えても、ケニルワース・ロードのホームサポーターたちからは、「カモン、ルートン!」の連呼と拍手が起こった。後半途中にベンチを出たFWカールトン・モリソンは、「3点差にされても声援が止まなかった」と、試合後のミックスゾーンでファンへの感謝を口にしていた。

 ロンドン中心部から車で北に1時間ほどの本拠地は、決して裕福な町ではない。第二次世界大戦前まで栄えた帽子製造業にちなみ、「ハッターズ」のニックネームを持つ地元クラブも然り。トップリーグから遠ざかっていた過去31年間には、カンファレンス・プレミア(5部)転落と存続の危機まで経験している。

 それでも、ケニルワース・ロードの雰囲気は、熱気にこそ包まれても、ネガティブの「ネ」の字も感じさせない。国際的スケールの大富豪とは縁がなく、収容人数が1万人強のホームはプレミア最小サイズだが、ある意味では「持てる者」なのだ。

 それを「浪漫」という言葉で表現したのは、誰であろうマウリシオ・ポチェティーノ。チェルシーの新監督は、ルートンに乗り込む前の会見で、「私は歳をとったロマンティスト。古き良き時代に惹かれるよ。この手のスタジアムは違った匂いがする。そこには本物のフットボールがある」と、1人のサッカー好きに戻ったような表情で語っていた。51歳のアルゼンチン人よりも、さらに6つ歳を取っているこの日本人訪問者も同感だ。

ルートン本拠地「ケニルワース・ロード」前の様子【写真:山中 忍】
ルートン本拠地「ケニルワース・ロード」前の様子【写真:山中 忍】

物理的だけでなく“心の距離”も近いケニルワース・ロード

 6、7万人収容の近代的で巨大なスタジアムも素晴らしい。だが、どの町にも教会があるように、地元民が集う“ホーム”が住宅街の中に存在する風景は、サッカーの歴史も長いこの国らしくて魅力的だ。ケニルワース・ロードは、物理的にも住宅街の一部。ゴール裏に当たるオーク・ロード・スタンドのゲートは、テラスドハウスと呼ばれる長屋のような庶民の住宅と左右の壁を共有している。バックスタンドは、隣接する民家と2メートルと離れていない。

 心の距離は、外部からの訪問者にも近く感じられる。小雨の中をキックオフ2時間前に到着したところ、取材パスをチェックする係員が「紅茶でも飲んで暖まっていく?」と彼自身のポットを指差しながら一言。初めての体験だった。メディア用ラウンジでは、ブレザーを着た白髪のスタッフが、「ようこそケニルワース・ロードへ。分からないことがあればなんでもどうぞ」と、これまた優しく声をかけてくれた。

 いつものように観戦プログラムに目を通すと、外国人オーナーが増えるばかりのプレミアで減る一方の会長コラムがあるではないか。2週間前のボーンマス戦で心停止に見舞われた主将トム・ロッキャーを、「戦士」と評した在籍4年目のDFに対する感謝、そして「同志」の回復を願う言葉からは、ありがちな表現のようでいて、自他ともに認める「生涯ファン」ならでは誠意が行間から伝わるかのよう。アウェーサポーター席との隔離を目的としたオーク・ロード・スタンドの空席部分には、「OH, TOMMY, TOMMY」と、ロッキャー用チャントの歌詞が書かれた垂れ幕が張られていた。

隣接する民家との圧倒的な近さも「ケニルワース・ロード」の特徴【写真:山中 忍】
隣接する民家との圧倒的な近さも「ケニルワース・ロード」の特徴【写真:山中 忍】

地元の情熱と誇りにあふれるルートンはイングランド伝統のクラブ像“そのもの”

 そのスタジアム内は、試合開始が近づくにつれて一体感と闘志で満ちていく。とにかく、めげない。英国人らしいユーモアも織り交ぜられる。キックオフ直前のスタメン発表時、チーム1人目の途中から音声が途切れても、ファンはアナウンスが続いているかの如く、間隔を空けて「オレーッ!」と11回。前半3分、スタンドのチェルシー陣営が、「お前ら、欧州チャンピオンだなんて一生、歌えないな!」と歌って格上風を吹かせると、ホームの観衆は、すぐさま「カンファレンス王者だなんて、あんたら絶対に歌えない!」と切り返してみせた。

 ピッチ上でもルートンは気概にあふれている。チェルシー相手の3失点敗戦は第3節(3-0)と同じだが、4か月を経た戦いぶりは、プレーオフ経由で上がってきた昨季2部3位を痛感させた前回とは違っていた。ポゼッション51%で互角以上の内容だったチームパフォーマンスを「ファイト、ハート、クオリティーを見せた」としたロブ・エドワーズ監督の自軍評には、チェルシー番記者陣も頷いていた。

 筆者の席からは確認できなかったが、今や国内で一番有名な盲導犬とも言えるジェフリーくんがスタンドにいたとしたら、周りが後半アディショナルタイム最後の1分までカムバックの可能性に沸き続けるなか、観戦中のご主人様の足下で昼寝どころではなかったことだろう。

 犬をカゴに入れず電車やバスに乗れるこの国では、筆者も愛犬を連れてノンリーグ(セミプロ以下)の試合を観戦したことがある。プロ(1~4部)の試合会場も、補助犬の入場は許される。とはいえ、実際に目にしたのは、プレミア基準への適応工事が長引いたケニルワース・ロードで、昇格後初のホームゲームとなった第4節ウェストハム戦のテレビ中継が初めて。スタンドにラブラドールがいること以上に、目の不自由なファンもスタジアムに通う事実が印象的だった。ジェフリーくんが補助する男性は、同じ地元サポーターで一緒に観戦する父親や友人家族による実況を頼りに試合展開を追っているのだという。

 プレミアの代名詞のような「グローバル」とは無縁の歳月も、「ローカル」の名の下に結集し続けたファンは、チェルシー戦が終わると「なんたる金の無駄遣い!」との合唱で敵をやり込め、拍手喝采で自軍の奮闘を讃えていた。そのルートン像は、降格圏内の18位で今季前半戦を終えた弱小クラブのそれではない。地元の情熱と誇りにあふれる、イングランド伝統のクラブ像そのものだ。

 プレミアでは唯一、存続の危機を救ったサポーター団体が株式を所有しているクラブでもある。世界規模のエンターテインメントビジネスと化しているリーグ全体のファンにすれば、理想的だが非現実的な未来のクラブ像ということにもなるのだろう。

 ファンを代表する立場でもあるデイビッド・ウィルキンソン会長が、観戦プログラム上のコラムで引用していたエレノア・ルーズベルトの名言で本稿を締めくくりたい。

「昨日は過去。明日は未知。今日は贈り物。だからこそ(英単語の)『現在』は“プレゼント(present)”」

 ケニルワース・ロードを訪れた当日、確かに昨今のプレミアではなかなかもらえない「贈り物」を頂戴した気分だ。

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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