“V候補”昌平、2トップが圧勝劇を牽引 元日本代表・玉田圭司氏の直伝シュートで得点「すごく嬉しい」【高校選手権】

昌平が7ゴールを奪い2回戦へ進出【写真:徳原隆元】
昌平が7ゴールを奪い2回戦へ進出【写真:徳原隆元】

奈良育英(奈良)から大量7ゴールを奪って圧勝、最多得点記録を大きく更新

 優勝候補の一角、埼玉の昌平が第102回全国高校サッカー選手権1回戦で奈良育英(奈良)から大量7ゴールを奪って圧勝した。昌平は6度目の出場で、これまでの3点から最多得点記録を大きく更新した。

 埼玉県予選はスーパーシードとして準々決勝から登場。初戦の細田学園戦は2年生の鄭志錫が1トップで先発し、先制ゴール。7-2で大勝した武南との準決勝と浦和南との決勝は、いずれも3年生の小田晄平が先発に名を連ね、武南戦は先制点に3アシストと活躍した。

 細田学園には延長の末の辛勝だったが、準決勝と決勝はほぼ危なげのない勝ち方だった。

 しかし、10月から監督代行として指揮を執った村松明人コーチは予選を制しても、全国大会で上位に進むだけの力はないと判断し、思案を巡らせていた。その結論が従来の1トップから前線を手厚くする策で、2トップへの切り替えを決めた。

 プレミアリーグでも2トップを試したことは何度かあるが、昌平の基本陣形は一貫して1トップだ。英断かもしれないが、この戦略がズバリ的中したのだ。

 前半11分、スピードアップした鄭が左サイドから軽やかに疾走。相手GKと1対1になりかけたところでシュートを打たず、中央でフリーになっていたエースの小田に最終パスを預ける選択をした。

 鄭は「もちろんシュートを打てましたが、チームの勝利を優先しフリーの小田さんに託したんです。そのほうが得点の可能性が高いですからね」と自らの手柄など二の次だったのだ。

 その小田は「志錫が打つのかなと思いましたが、自分が横にいたほうが(こぼれ球の対応でも)いいと考え、走り出していました。いいタイミングで出してくれた」と選手権初ゴールを後輩に感謝する。

 村松監督は試合序盤から躍動した2トップを褒めたうえで、2選手に特別な要求も指示も出さなかったことを明かした。

「選手の考えた方を大切にしたいので、指導陣からは多くのことを求めません。互いの関係性というのは選手同士で築いていくものですから」

 自主性に任せる指導が昌平の昔からの方針でもある。

小田の活躍に負けじと、鄭もチャンスをしっかり仕留めて2得点

 小田は先制点を挙げた14分後、今度は中央やや右から、敵陣のスペースへ出色の最終パスを送り、MF土谷飛雅のゴールをお膳立て。「予選の武南戦でも自分の先制点からチームも波に乗れた。飛雅のゴールはうまくアシストできました。今日は初戦の硬さがあるなかで、チームが力を出し切れた」と穏やかな口調で語る。

 鄭にも前半36分にご褒美が届いた。MF長準喜が左から力強く運んで強シュート、GKが弾いたこぼれ球を粘り強くキープしてから押し込み、後半21分にはFW工藤聖太郎からヘッドでボールを渡されると、右足で豪快な一撃を蹴り込んで自身の2点目をゲットした。

 頑強な2年生FWは「試合に出たら得点することが目標なので、2点取れたこともチームが勝てたこともすごく嬉しい」と喜ぶ。

今年4月から元日本代表で、村松監督と千葉・習志野高の同期でもある玉田圭司氏がスペシャルコーチに就任。主に攻撃陣を指導するが、「シュートの時はリラックスして余裕を持って打つようにアドバイスされました。あの2点目は顔を上げてGKの位置を確認し、リラックスして蹴りました」とニッコリ。玉田氏の助言を実践した格好だ。

気持ち良く2回戦を迎えられると言う小田は、「これで勢いに乗れると思う。初優勝と得点王を目指します」と昨年、U-17日本代表に選ばれたエースFWは気合十分だ。

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河野 正

1960年生まれ、埼玉県出身。埼玉新聞運動部で日本リーグの三菱時代から浦和レッズを担当。2007年にフリーランスとなり、主に埼玉県内のサッカーを中心に取材。主な著書に『浦和レッズ赤き激闘の記憶』(河出書房新社)『山田暢久火の玉ボーイ』(ベースボール・マガジン社)『浦和レッズ不滅の名語録』(朝日新聞出版)などがある。

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