「怪我してからは全然なくなっちゃった」 “天才”小野伸二氏が自画自賛した最高のプレー「足のかかとでボールを浮かせて…」
現役引退した小野氏が自身のキャリアを内田氏ともに振り返る
2023シーズン限りで現役を退いた元日本代表MF小野伸二氏が、元日本代表DF内田篤人氏がホストを務めるスポーツチャンネル「DAZN」の番組「Atsuto Uchida’s FOOTBALL TIME」に出演。これまでのキャリアを振り返った。
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引退後もサッカースクールや引退試合に出場していることから、「なんやかんやサッカー漬けみたいになっている。まだ日々、サッカーとともに過ごしている」という小野だが、26年の現役キャリアに終止符を打った。内田氏に「パッと思い出すシーンとかあるんですか?」と問われた小野は、「高校の時とかになっちゃう。中学の時のあのプレーとか、SNSがしっかりしていたらもっと映っていたんだろうなと思う」と、中学時代の忘れられないプレーについて言及した。
「中学校の時のあのプレー。ゴール前でDFを背負っている時にボールが来て、とっさに思いついて、足のかかとでボールを浮かせてDFをかわして、落ちてきてワンバウンドしたところをボレーで決めるっていう。2回だけ、たまたま同じようなシチュエーションがあって2回とも成功して、2点とも取っているんです。『あれって高校になってからやってないな』とか、『あんなイメージが何で出たんだろう?』っていうのが分からないくらい、咄嗟に『これはこれだ』っていう感じだった」
この話を聞いた内田氏が、「大人になっちゃうと発想って固まっちゃうんですかね」と振ると、小野は「確かに。自由度は確かに減ったかもしれないな。自分の中で。中学校、高校の時の方がイメージは膨らんでいたかもしれない」と言い、「そういった意味ではやっぱり怪我してからは、そのイメージが全然なくなっちゃったよね」と、シドニー五輪予選のフィリピン戦で受けたタックルによる負傷を振り返った。
欧州時代の思い出「ロッカールームで僕の隣に座っていて」
若い頃から「天才」と評されていた小野氏は、欧州での評価も高かった。内田氏に「プレーしていて、誰と合うんですか?」と聞かれると、「トマソンは、ロッカールームで僕の隣に座っていて。チームに合流して数週間後に『オマエがボールを持ったらオレは走るから。お前を見ているから出してくれ』と言われたんです。そんなこと、言われないじゃないですか? やっぱり点を取りたいんだなと思ったし、点を取らせるパスを出してくれるって信頼してくれていたので、何も考えずにスペースに出せば結構、走ってくれたので。開幕戦も20分くらい出て、そのなかで1アシストさせてもらったんですが、すごく良いタイミングで良いところに走ってくれた」と、フェイエノールト時代のチームメイトだった元デンマーク代表FWヨン・ダール・トマソンの名前を挙げて、当時のエピソードを明かした。
オランダ1部フェイエノールト時代には、UEFAカップ(現:UEFAヨーロッパリーグ=EL)も制しているが、「実感が湧かないんですよね。優勝したっていう」と小野氏が言うと、内田氏は「伸二さんだけですよ。みんな感じていますよ、すげーって」と突っ込んだ。小野氏は「確かに大きな大会で優勝したなという感じだけど」と言い、ほかのタイトルについても「タイトルは自分が取ったという感じじゃなかったんです。2006年の浦和の時もJリーグ、天皇杯、ACL(AFCアジアチャンピオンズリーグ/2007年)と連続して取ったから」と、説明した。
Jリーグで特別な思いを抱いた対戦チームを明かす
2006年当時の浦和には、元ブラジル代表MFポンテ、元ブラジル代表FWワシントン、元日本代表DF田中マルコス闘莉王、元日本代表DF坪井啓介ら、そうそうたる顔ぶれがそろっていた。小野氏は「まず紅白戦が面白かった。出ていない選手でも(田中)達也とか、永井雄一郎さんとか、そういう面々とみんながぶつかり合うから、紅白戦がめちゃくちゃ面白かった」と、振り返った。
内田氏が苦々しく「鹿島戦の時、伸二さん点を取るんだよな」と言うと、小野氏は「鹿島戦だけ燃えるんだよ、オレ」と言い、「同級生が多いんだよ。負けられない戦いがそこにあったんだよ。オレのなかで。ここには負けちゃいけないって。ほかのチームにもあるんだけど、鹿島だけ人数が多かったし、高校の時から名立たる選手がいるなかだったので『絶対に負けない』と気持ちが入っていたので、ゴールしちゃうんですよ」と、同じ黄金世代の元日本代表MF小笠原満男氏、元日本代表MF本山雅志、元日本代表DF中田浩二氏、元日本代表GK曽ヶ端凖氏らとの対戦に特別な思いを持っていたことを明かした。
これに対して、内田氏は「でも、その人たちに聞くと『結局、オレらの世代は小野伸二だ』ってみんな言うんですよ」と話し、鹿島の黄金世代カルテットと小野が、お互いに刺激を与えあう存在だったとしている。
(FOOTBALL ZONE編集部)