「あれ結構ショック」 元主審・家本氏が今季ジャッジ総括、年々浮かび上がる“VARの弊害”を指摘「混乱している」【見解】
【専門家の目|家本政明】今季Jリーグ判定全体の印象から解決策を模索
今季のJリーグは、ジャッジの問題点が問われるシーンが少なからず見られた。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)も含め、元国際審判員・プロフェッショナルレフェリーの家本政明氏がシーズンを通した審判団の判定に関する全体の印象を明かしている。(取材・構成=FOOTBALL ZONE編集部・金子拳也)
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今シーズンは、開幕節から大きな判定事象があった。J1リーグ第1節サンフレッチェ広島対北海道コンサドーレ札幌では、広島MF川村拓夢のシュートが“ノーゴール判定”となる事象が起こっている。のちにJFA(日本サッカー協会)審判委員会の長である扇谷健司氏が、広島側のゴールを「ゴールインにすべき事象だったと結論付けた」という見解を発表した。
シーズンを通した判定における印象を家本氏に聞くと「全体的にバタついた感じでしたね。僕だけじゃなく多くの人が思っていると思います」と所感を語った。特に「(ヴィッセル)神戸の齊藤選手の受けたような(選手への)ダメージ系(の判定)、レッド(カード)なのかイエローなのかというところの判断の安定感がやや不十分だったかなというのはシーズン通して思っています」と例を挙げて見解を示している。
ヴィッセル神戸MF齊藤未月は、8月19日に行われたJ1リーグ第24節柏レイソル戦で相手との接触を受け負傷交代。のちにクラブより左膝関節脱臼、左膝複合靱帯損傷(前十字靭帯断裂、外側側副靭帯断裂、大腿二頭筋腱付着部断裂、膝窩筋腱損傷、内側側副靭帯損傷、後十字靭帯損傷)、内外側半月板損傷という診断結果が公表された。
この接触においても審判委員長の扇谷氏は後日、齊藤に対するプレーは「レッドカード(に該当する)」と説明。そのうえで「柏の選手に何かが行ってしまうのは避けて頂きたい。わざとやっているわけではない」と補足している。
家本氏はこうした危険な接触シーンを含め、VAR介入の“有り無し”の判断が定まっていなかった点を指摘。「『これは介入する』『これは介入しないんだ』とバラついた印象を多く受けました。VARの介入する、しないとか、現場のレフェリーの判定、特にダメージ系の判定の安定感というところが、多くの人がストレスを抱えるようなシーズンだったのかなと思います」と考察している。
またVARについて「僕が止めて2年が経つので、時の流れによってVARの考え方が世界的にも変化しているのは知っているし、JFAでも方向性の微調整があるというのは当然聞いています」と、運用されるなかで変化しているテクノロジーの取り扱い方にも言及。判定の精度の変化には「VARの弊害」があるのではないかと持論を述べた。
「VARがあるから、判定の精度を極めようとしなくなる弊害は実際あると思っています。審判員も、意識するかしないかではなく、無意識に引っ張られてしまう部分もあります。その傾向は年々高まっていて、以前だったらポジションをしっかり取って判定見極めていた部分を、取りこぼしてしまっている。今シーズンは何シーンかその場面が表れていたと感じています」
家本氏は審判員の目線で「誠心誠意判定を下してもVARに否定される。あれ結構ショックですね」とも正直な意見を述べつつ、「VARというテクノロジーがレフェリーを本当に助けているのかというと、いわば混乱しているような状況にも見えました。時間が経ってきたがゆえに、ネガティブな面が見えてきたシーズンでしたね」と、現場の苦労とテクノロジー導入による審判員への影響を明かした。
試合をより楽しむために…VARや審判との共存「審判も人間だからミスをするのは大前提」
一方で家本氏は、「審判も人間だからミスをするのは大前提であることは理解していてほしい」と主張する。「常に正しさを求める気持ちは分かりますが、実際やってみるとわかるけどそれはほぼ不可能。許されないのも理解できますが、人間なのでどうしてもミスは起こってしまいます。見る側も寛容な思いを前提に持っておいた方が、試合をよりストレス少なく楽しめるかなと思います」と双方の歩み寄りを願った。
またVARもJ1リーグで本格的に採用されてから3年が経つ。家本氏は「時間が経ち、VARがファン・サポーターへ浸透しているかと思いきや、自己都合にどんどん解釈している記事、SNS投稿を見ることがある」と、間違った解釈の意見が散在していると懸念している。
「発信するメディア側、試合の解説者やコメンテーターが誤解を生むような伝え方をしているのが一因にあるのかもしれません。VARの誤った考えが広まっているなという印象です。それによってイライラの原因を作ってしまっている側面もあるのだと思います」
家本氏は、正しいVARの仕組みや導入目的などがより広く浸透していくことも今後のJリーグ発展には必要だという考えを示した。そのうえで、ファンやサポーターに向けて試合を楽しむための一意見を展開している。
「ハンドの判定はレフェリーの主観も入る事象で、人によってどうしても変化するもの。これは理解しろは難しいですよね(苦笑)。逆にDOGSO(通称ドグソ/Denying an Obvious Goal-Scoring Opportunity/決定的な得点機会の阻止)なんかは楽しめる1つの要素になり得るのではないでしょうか。4要件に当てはめる楽しさがあるので、こうした違った楽しみ方をするのもより試合を面白くしてくれるかもしれません」
年々変化していくJリーグのなかで、VARを含めた判定に関する課題が浮き彫りになってきた。解決は一筋縄でいかないだろうが、“VARや審判との共存”もまた1つのヒントになる可能性を秘めている。
家本政明
いえもと・まさあき/1973年生まれ、広島県出身。同志社大学卒業後の96年にJリーグの京都パープルサンガ(現京都)に入社し、運営業務にも携わり、1級審判員を取得。2002年からJ2、04年からJ1で主審を務め、05年から日本サッカー協会のスペシャルレフェリー(現プロフェッショナルレフェリー)となった。10年に日本人初の英国ウェンブリー・スタジアムで試合を担当。J1通算338試合、J2通算176試合、J3通算2試合、リーグカップ通算62試合を担当。主審として国際試合100試合以上、Jリーグは歴代最多の516試合を担当。21年12月4日に行われたJ1第38節の横浜FM対川崎戦で勇退し、現在サッカーの魅力向上のため幅広く活動を行っている。