5部→1部昇格、CLレアル戦で激闘 ウニオンが挑んだ世界最高峰の舞台…現在進行形の「美しい物語」【現地発】

今季チャンピオンズリーグを戦うウニオン・ベルリン【写真:ロイター】
今季チャンピオンズリーグを戦うウニオン・ベルリン【写真:ロイター】

ドイツ5部リーグから這い上がってきたウニオン、新監督の下で新たな船出

 サッカーの世界には数多くの美しい物語が存在する。

 18年前にドイツ5部リーグにいたウニオン・ベルリンが、世界最高峰のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)でレアル・マドリードと対戦するというのはウニオンファンならずとも胸にくるものがある。

 5部からわずか3シーズンで2部まで昇格しただけで快挙だった。当時まだ狭いロッカールームとお湯もあまり出ないシャワーしかなかったクラブが、そこから10シーズンで1部にまで駆け上がり、現在1部で5シーズン目を戦っている。

 人件費はドイツ1部クラブで最下層。だがクラブ史上初のチャレンジとなる1部で残留を果たすどころか、どんどんと順位を上げていく。3シーズン目にUEFAカンファレンスリーグ(ECL)、翌シーズンにUEFAヨーロッパリーグ(EL)を戦い、昨季はリーグ4位でフィニッシュし、ついにCLにまでたどり着いてしまった。

「クラブよりも偉大な存在はいない」

 どのクラブでも言われることだが、ウニオンではそれがさらに徹底されている。チーム、コーチ陣、スタッフ、首脳陣、そしてファンとの団結力は極めて固い。

 今季のウニオンは不振に苦しんでいた。どうにも勝てない。リーグ戦でも、カップ戦でも、CLでも勝利を手にすることができない時期が続いていた。公式戦連続未勝利数は実に16試合だった。

 1部昇格、そしてECL、EL、CL出場の大立役者だったウルス・フィッシャー監督はクラブとの合意で辞任することになった。選手、スタッフ、ファンの悲しみは深い。だからこそ、なんとかこのネガティブなスパイラルから抜け出そうと決意を新たにしたのだ。

 新監督のネナド・ビエリカはそんな選手の心理状況をリセットし、ウニオンらしさを取り戻すための工夫を思案した。

 例えばフィッシャーは午前練習を好んでいたが、ビエリカは午後練習に変更。またCLの前日練習でフィッシャーはベルリン市内の移動によるストレスを考慮してホームスタジアムのアルテン・フェルステライでトレーニングをしていたが、ビエリカはオリンピアスタジアムでのトレーニングを優先。普段からプレーしているわけではないスタジアムでの試合なだけに、少しでも慣れ親しむ感触を掴んでおくことはポジティブに作用し得る。

 それぞれはちょっとしたことかもしれないが、そうした取り組みや視線の変化はメンタルに活力をもたらす効果もある。

ウニオン・ベルリンのサポーター【写真:ロイター】
ウニオン・ベルリンのサポーター【写真:ロイター】

苦境で迎えたCLレアル戦、前半に起きた魔法の「2分間」…クラブ関係者が狂喜乱舞

 CLグループリーグ最終節を前にウニオンの2位以上はすでになく、3位でEL出場権獲得の可能性をわずかに残している状況だった。条件はブラガがナポリに負け、ウニオンがレアルに勝った場合のみ。極めて厳しい状況なのは誰もが分かっている。

 だが、崖っぷちにいるからこそ、団結力が求められる。そしてその団結力はウニオンの何よりの強みなのだ。

 圧倒的不利と思われた試合だが、ウニオンは懸命なプレーの連続で、流れをなんとか自分たちに引き寄せようと戦い続けた。7万4000人で満員に膨れ上がったベルリンのオリンピアスアジアム。ファンの声援はチームにとってこれ以上ない大きな力となり、起こるはずがないと思われたことさえも起こした。

 前半終了間際の「2分間」はそんなウニオンの団結力が作り出した魔法の瞬間だったのかもしれない。

 ハンドの反則でレアルにPKを与える最悪のケースにGKフレデリク・レノウが渾身のセーブ。その直後、レノウからのロングボールをFWケビン・ベーレンスがヘディングで前線にパスを送ると、レアルDFダビド・アラバが痛恨のクリアミス。こぼれ球にいち早く反応したFWケビン・フォラントが迫りくるGKケパ・アリサバラガを抜くシュートを流し込んだのだ。

 スタジアムが揺れたなんてものじゃない。すぐ近くでウニオンの広報がスタッフと抱き合って飛び上がっている。別のスタッフは両手で頭を抱えたまましばらく動かなかった。湧き上がってくるものと大きなガッツポーズとともに叫び、周りの歓喜の輪に加わり、力いっぱいみんなで抱き合っている。うしろのメディア席ではそれまで中腰でしゃべり続けていたマドリードのラジオ実況者が椅子に深く腰を下ろしていた。

 最終的には2-3で力尽きた。それでも逆転を許しながら、後半40分に途中出場のMFアレックス・クラルがミドルシュートを決めて一時は同点に追い付いた時、「ひょっとしたら」の希望がファンの中でもう一度大きく膨れ上がったのは事実だった。

アンチェロッティ監督も感銘【写真:ロイター】
アンチェロッティ監督も感銘【写真:ロイター】

レアルのアンチェロッティ監督も感銘「ファンタスティックなスタジアム、ファン」

 ビエリカ監督は「60分まではレアル相手でも対抗できることを示してくれた。だが相手はCL優勝14度を誇る世界の強豪。別のレベルにあるチームだ。それでも85分に2-2と追い付き、あと1点取れるかもしれないという気持ちをもたせてくれた。すべてが願いどおりにいかなかったのは残念だが、自分たちは優れたチームだというのを再確認できたのはいいことだった。この試合だけではなく、ほかのグループリーグの試合でも試合終了間際の失点で勝ち点を逃した。不運もあった。だが選手にとってこのことが学びであり、経験となる」と、試合後の記者会見でウニオンのパフォーマンスを好評価していた。

 キャプテンのMFラニ・ケディラはミックスゾーン(取材エリア)でファンへの感謝の言葉を口にした。

「チャンピオンズリーグはクラブ全体にとって素敵な瞬間だった。そしてファンにとっても歴史的なことだった。今日もそうだ。試合中だけではなく、試合終了後もずっと声援を送ってくれた。彼らは本当にクラブのためにすべての力をくれるんだ」

 レアルのカルロ・アンチェロッティ監督もウニオンファンが作り出した雰囲気に感銘を受けたことを明かしている。

「ファンタスティックなスタジアムで、ファンタスティックなファンからのサポートだった。ウニオンはハードに戦い、良く組織立っていて、簡単な試合ではなかった」

 ウニオンのヨーロッパへの冒険はひとまず幕を閉じることになる。「ヨーロッパの舞台での戦いを続けたかったよ」とつぶやいたビエリカ監督の言葉はみんなの思いの代弁だろう。ブンデスリーガに集中し、1部残留を果たすのが次の目標だ。

 ウニオンがまたヨーロッパの舞台に戻ってくる時がくるかどうかは分からない。だが、いつかまたその時が来てほしいと祈るサッカーファンは少なくないのではないだろうか。

 ウニオン物語の新たな章が今、始まる。

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中野吉之伴

なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。

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