横浜FMがJ優勝を逃したターニングポイントは「ない」 “緩やか”に苦しめた課題を分析…タイトル奪還のカギは?【コラム】
横浜FMは今季先行逃げ切り方のチームだった
横浜F・マリノスが追い続けたJ1リーグ優勝の可能性は、最終節を目前にしてついに途絶えてしまった。
首位のヴィッセル神戸との勝ち点差2ポイントで迎えた11月24日のJ1リーグ第33節アルビレックス新潟戦はスコアレスドロー。マリノスが足踏みすると、翌25日に神戸が名古屋グランパスを2-1で下して初優勝を確定させた。
この原稿は当初「マリノスがリーグ連覇を逃すきっかけとなったもの」をテーマに依頼されたものだった。つまりシーズンのターニングポイントがどこにあったのか、という話である。
だが、ぐるぐると考えを巡らせてみても、「ここ!」という明確なターニングポイントが浮かんでこない。確かに今季のマリノスにはかつてないほど多くの長期離脱者が出たが、その都度コンバートなどを駆使して選手をやりくりし、何だかんだシーズン終盤も勝利を重ねられてきた。
ホームでの神戸との直接対決に敗れたことが最終的な勝ち点差に反映されていると言われればそうなのだが、他にも勝てなかった試合はあるし、結果論に過ぎないだろう。オフサイドか否かで大きな話題を呼んだ、あのゴールが認められていなければ……いや、それも“たられば”に過ぎない。
とはいえ、マリノスがリーグ連覇を逃した要因は必ず存在する。「ターニングポイント」と言えるような誰の目にも明らかな出来事がなかったとしても、緩やかにチームを苦しめていた傾向や課題はあった。さらに言えば、スコアレスドローだった新潟戦に今季のマリノスを象徴する要素が詰まっていた気がしている。
まず、今季のリーグ戦での成績をおさらいしておこう。33節終了時点でマリノスは19勝7分7敗の勝ち点64、62得点37失点で2位につけている。なお、62得点はリーグ最多の数字だ。
ここからマリノスが勝利した試合を抜き出してみると、19勝のうち14勝で「前半のうちに先制」していることがわかる。残りの5勝分のうち、後半に先制して勝ったのは2試合、逆転勝利は3試合となっている。
逆に勝ち点を落とした(負けか引き分け)14試合のうち、先制できていたのは3試合だけしかない。つまり、今季のマリノスは「先制していたら超強いチーム」だったのである。とりわけ「前半のうちに先制」できた場合は、ほとんど勝っている。今季最長だった5月から7月にかけてのリーグ戦6連勝は、すべて「前半のうちに先制」する展開で成し遂げたものだ。読者の皆さんは「早い時間帯に先制できたら勝てるに決まっているだろう!」と思うかもしれないが、追いつかれない、あるいは逆転されないというのは決して簡単なことではない。
ただ、強みと弱みは表裏一体である。今季のマリノスは「前半のうちに先制」できないと、高い確率で勝ち点を取りこぼしている。特になかなか勝ちが続かなかった4月ごろから、選手たちの口からも「先制できないままズルズルいってしまって、自分たちから試合を難しくしてしまうのが課題」という声が聞こえてくるようになった。
これまでのマリノスといえば後半途中から交代選手で一気にギアを上げる終盤の勝負強さが魅力だったが、今季は移籍や負傷者続出などさまざまな要因が絡んでか、例年のような後半の迫力は薄れていた。むしろ先行逃げ切り型のチームになっていたように思う。
そこで今季と昨季の時間帯別の得点数と、それが総得点に占める割合を比較してみた。
優勝成し遂げた昨季とのデータを比較
<2022シーズン>
総得点:70得点
0分〜15分:6得点(8.6%)
16分〜30分:11得点(15.7%)
31分〜前半終了:12得点(17.1%)
前半:29得点(41.4%)
46分〜60分:16得点(22.9%)
61分〜75分:8得点(11.4%)
76分〜後半終了:17得点(24.2%)
後半:41得点(58.6%)
<2023シーズン>
総得点:62得点 ※33節終了時点
0〜15分:10得点(16.1%)
16分〜30分:8得点(12.9%)
31分〜前半終了:12得点(19.4%)
前半:30得点(48.4%)
46分〜60分:8得点(12.9%)
61分〜75分:8得点(12.9%)
76分〜後半終了:16得点(25.8%)
後半:32得点(51.6%)
こうして見てみると、昨年から今年にかけて前半の15分までと31分以降に得点を奪う割合が多くなっていることがわかる。前半に記録した得点も実数では「1」増えただけだが、全体に占める割合にすると約7%増加している。
サッカーというスポーツの性質上、終盤にゴールが決まりやすくなる。そのことも踏まえれば、やはり2022シーズンと2023シーズンの違いは試合の流れの作り方にありそうだ。
今季を象徴する試合となった新潟戦…もう1つのキーワード「ボールの失い方」
スコアレスドローに終わった新潟戦に話を戻そう。この試合でマリノスは多くのチャンスを作った。特に前半のシュート数は新潟の1本に対し、マリノスは11本。ただ、新潟のGK小島亨介が好セーブを連発し、ゴールを割らせてもらえない。
後半は時間とともに攻守が目まぐるしく入れ替わるオープンな展開に。マリノスはたびたび新潟のカウンターを食らい、一気に自陣まで押し戻されて、その度に攻撃をやり直さなければならなくなった。後半だけで言えば、シュート数は9対14で新潟が上回っている。
ホームチームとしてはファン・サポーターの後押しも借りて序盤から主導権を握り、「前半のうちに先制」して優位な立場で試合を進めていきたかったはず。そうならなかった時に、逆転優勝のために勝利が必要な状況でマリノスはどう変化していったのか。
新潟のセンターバックとしてフル出場したトーマス・デンに、対戦相手の目線から見たマリノスの選手たちの様子を聞いてみた。答えはこうだ。
「非常にオープンな展開の中で、マリノスの選手たちは時計をチラチラと見て、常に時間を気にしている様子だった。この試合に勝たなければいけないという彼らのプレッシャーも時間とともに大きくなっていっただろうし、(ゴールを奪えないことに)フラストレーションを溜めているように感じていた」
デンによれば新潟には「ボールを奪った後、なるべく攻撃への切り替えを早くして、縦に速く攻める」という狙いがあり、特に後半はスペースを見つけて効果的に攻められた手応えがあったという。逆に押し込めなくなったマリノスは焦りを募らせ、不用意なミスを連発。新潟の思い通りの試合展開にしてしまった。特に終盤の時間帯は、失点しなかったのが不思議なくらいである。
マリノスの右サイドバックを務めた松原健も「自分も含めて、ボールを奪った後の1本目のパスで慌ててしまった。チーム全体として気持ちはすごく乗っていたと思うんですけど、その気持ちが乗り過ぎてしまったところがあった。冷静になるところと勢いづく部分を、もっと全体的に冷静に見られたらよかった」と、精神面のコントロールと共通意識の不足を悔やむ。
「もちろん僕たちは(神戸)追う立場で、縦に速く攻めて仕留めるというのも自分たちのサッカーの特徴の1つ。そういった中で前線の3人に加えてボランチが上がっていったり、サイドバックが中に入ったり、自分たちの厚みのある攻撃を体現しようとしたところで、不用意なミスで相手のボールになってカウンターを食らってしまい、走らざるをえなくなった。仕方ない部分ではもちろんあるんですけど、ボールの失い方のところはもっと工夫できたんじゃないかと思います」
ACL仁川戦でも連発したミス…「立ち上がり」もカギだった
この松原の発言からも読み取れる「ボールの失い方」も、キーワードの1つだろう。今季だけではないが、マリノスの「自分たちのサッカー」がうまく機能しなかった時の頻出ワードである。
人数をかけて攻め、後ろに構える選手が減ると、当然ボールを奪われた後に失点するリスクは大きくなる。ただ、その「ボールの失い方」、つまりどの場所で失うか、どんな状況で失うかによってリスクの大きさは変わる。新潟戦は「失い方」は悪かったが、幸いにも「失う場所」がそこまで悪くなく、失点を避けることができた。
ところが続く28日に行われたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループステージ第5節、仁川ユナイテッド戦は「失い方」と「失う場所」の悪さが1-2での敗戦に直結した。前半11分に生まれた仁川の先制点の場面では、右サイドでの縦パスを引っ掛けたところからカウンターを食らい、実況の桑原学氏が「こういうカウンターに気をつけたい、F・マリノス」と言った直後、手薄になっていた逆サイドからGK一森純が弾いたシュートのこぼれ球に詰められてしまった。
後半22分の2失点目の直前には、自陣内で小さなミスを連発したところを見逃さなかった仁川に中盤でボールを奪われてしまう。そして、わずか2本のパスでゴールを陥れられてしまった。
今季のマリノスでは、「前後半の立ち上がり」も1つのホットワードだった。具体的には「前後半の開始15分までの失点」が、勝ち点の取りこぼしにつながっている印象が強い。実際にデータを見てみると同時間帯の失点の割合はそこまで多くないのだが、選手たちが「前後半の立ち上がり」の悪さに言及することは少なくなかった。
とはいえリーグ戦で勝利を逃した14試合のうち6試合で前後半の立ち上がり15分までに失点しており、16分に失点した試合も1つあることも考えると、選手たちの頭に「前後半の立ち上がり」が課題として刻まれるのも無理はないだろう。
奇しくも今季を象徴するような展開の試合が新潟戦、仁川戦と2試合続いてしまった。攻撃面に関してはJリーグ屈指の破壊力を持っているのは間違いなく、公式戦2桁得点と2桁アシストの選手がそれぞれ複数いるなど、前線の個のクオリティーも申し分ない。
それでも守備面で明らかな課題を克服できなかったことが、じわじわと自分たちを苦しめ、最終的にリーグ優勝を逃すことにつながってしまったのではないだろうか。マリノスのアタッキングフットボールを表現するにあたって最もフォーカスすべきなのは当然ながらどれだけ多くのゴールを奪えるかだが、より確実に勝ち点を積み重ねていくには水を漏らさない守備も重要で、攻守両面が揃って初めて本当の意味で強いチームとなる。
来季タイトル奪還へ―「いい攻撃はいい守備から」
仁川戦後、約3週間ぶりに先発出場した水沼宏太は「やっぱりチームとしての課題はあるし、改善できていないというのはチームとしての力不足」と述べ、悔しさを噛み締めるようにさらに未来を見据えた言葉を絞り出した。
「もっともっとベースを上げていかなかったら、これからの成長はないと思います。リーグ優勝を逃したのも悔しいけど、今年の自分たちを思い返してみれば、やっぱり足りない部分はすごくあった。もう一度何が足りないか(を考えて)、もっとベースを上げなければいけないという危機感をそれぞれがもっと感じてやっていかないといけないと思います」
リーグタイトルを獲得したら「もっと」となるのは当たり前かもしれないが、選手たちがリーグタイトルを逃しても心折れることなく「もっと」と思えているなら、チームはまだ死んでいない。マリノスはアタッキングフットボールをさらに進化させ、「もっと」支配的なチームになって、再び頂点に立つことができるポテンシャルを秘めている。
来季タイトルを奪還するためには「前後半の立ち上がり」を改善し、「ボールの失い方」を整理し、常に「前半のうちに先制」して相手を圧倒できるようなチームづくりが求められる。いい攻撃は、いい守備から。もう一度その原則に立ち返って、再びチャレンジャーとして臨む来季はJリーグの歴史を塗り替えるような最強チャンピオンチームへと進化を遂げてくれることを期待したい。
舩木渉
ふなき・わたる/1994年生まれ、神奈川県逗子市出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材やカタールワールドカップ取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。