神戸J1初優勝の意味…日本サッカーを変える? 下馬評を覆した「逆算スタイル」に追随か、それとも対抗か【コラム】
【カメラマンの目】「勝利するためにはどうすればいいのか」で導き出した堅守速攻
ヴィッセル神戸J1リーグ初優勝の取材を終えて、東京に戻るためノエビアスタジアム神戸の最寄り駅である地下鉄に向かう。優勝決定から時間は過ぎていたが、プラットホームはまだかなりの神戸サポーターの姿があった。
ここで「神戸サポーターのみなさん、J1リーグ優勝おめでとうございます」というアナウンスが流れる。神戸市営地下鉄の粋な計らいにホームの神戸サポーターから喜びの声が上がった。地域全体でJ1リーグ優勝を祝う場面を見て心が温かくなった。
時間を少し戻す。リーグ初優勝の余韻がピッチに残る、照明を落とした幻想的な雰囲気が演出されたファイナルセレモニーが行われていた時に菅原智コーチと話をした。
2022年、神戸はJ1降格の危機のなかにあった。苦しい状況が続くシーズン終盤に前任者のスペイン人指揮官のあとを受け継ぎ、吉田考行監督が就任する。菅原コーチは言った。「残留争いを勝ち抜くために勝利するためにはどうすればいいのかを逆算して考えた」結果、指導スタッフが導き出した答が堅守速攻だった。
このタイトな守備で相手の動きを封じ、攻撃はカウンターに賭ける戦い方は、決して斬新な発想でもなければ、新たな発見でもない。従来から存在したスタイルだ。ただ、こうした戦い方はリーグを構成する中位以下のチームでよく見られ、強豪との対戦の際の対処方法として用いられることが多かった。
確かに神戸もJ1リーグ内での格付けは強豪とは呼べないチームだった。吉田監督もファイナルセレモニーの挨拶で「シーズン前は誰もこの日(優勝する日)が来ると予想していなかったと思います」と述べていたように、23年シーズンのリーグ開幕を前にして、神戸の優勝は現実的ではなかった。
ただ、チームには日本代表経験者が名を連ね、選手は揃っていた。それでも、昨シーズンまでの神戸はチームとして機能することが少なく、結果を出せないでいた。しかし、今シーズンは吉田監督が打ち出した堅守速攻のサッカーが選手たちにフィットする。
醸成されるカウンターサッカー称賛の雰囲気、神戸のリーグ優勝が影響を及ぼすか
試合に勝利するための絶対的な戦術などはない。それでもサッカーにはその時代においてトレンドがある。
これまで取材してきた35年ほどを遡って当時のトレンドとなったサッカーを振り返ってみると、1980年代後半からはゾーンプレスを武器としたピッチをコンパクトにして戦うスタイルが世界の主流だった。その後は選手の高い基本技術が必要とされる正確なパス交換からボール保持率を高めて、相手守備網を崩すスタイルが注目されることになる。日本でもそうした世界の潮流が、チームを構築するうえで大きな役割を果たす。
そして、ここにきて日本サッカーは堅守速攻のスタイルを武器とするチームが結果を出している。神戸は中盤の山口蛍や扇原貴宏、そしてオールラウンダーの酒井高徳を中心とした堅い守備がチームのベースとなっている。攻守の切り替えを素早く行い、武藤嘉紀と大迫勇也のアタッカー陣もスピードを重視して手数を極力減らしてゴールを目指す。このスタイルで神戸は見事にリーグ優勝を成し遂げた。高い個人技を誇る選手に、整理したタスクとともにシンプルなプレーを求めたことが神戸成功の要因と言える。
神戸がそうであるように日本代表も堅い守備で相手の攻撃を跳ね返し、ドリブラーの三笘薫や伊東純也の推進力で一気に相手陣地へと侵入し、ゴールを目指すスタイルが確立され好成績を残している。
今シーズンも残り少なくなったが、ゴール裏から今年の日本サッカーを取材していて感じたことがある。それは試合を見守るスタンドからもポゼッションサッカーの華麗さが必ずしもサッカーの上質さを示すものではなく、局地戦での戦いをパワーで勝利し、ナイフのように相手の守備網を一瞬にして切り裂くカウンターサッカーが理解され、それを称賛する雰囲気が作られているように思う。
神戸のリーグ優勝は来シーズンの日本サッカーのトレンドにどういった影響を及ぼすのか。神戸のスタイルに追随するチームが増えるのか。あるいは対抗処置としてまったく違う戦術で臨むチームが出現するのか。何より昨シーズン終盤までのスタイルを一新した神戸のように、本当の意味で相手と戦えるチームが増えることを望む。そうしたスタイルは世界の舞台で通用するための絶対条件なのだから。
(徳原隆元 / Takamoto Tokuhara)
徳原隆元
とくはら・たかもと/1970年東京生まれ。22歳の時からブラジルサッカーを取材。現在も日本国内、海外で“サッカーのある場面”を撮影している。好きな選手はミッシェル・プラティニとパウロ・ロベルト・ファルカン。1980年代の単純にサッカーの上手い選手が当たり前のようにピッチで輝けた時代のサッカーが今も好き。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。