日本×シリア戦、放送未決定は決して異常事態ではない 映像メディア多様化…サッカーのコンテンツ価値の変化【コラム】
21日時点で日本での放映決まらず…2次予選までは放送権利をホスト国が所有
日本代表が2026年北中米共催ワールドカップ(W杯)出場を目指すアジア2次予選、シリア代表戦のテレビ放送が、試合当日の11月21日になっても決まらない。有料配信のサービスも予定されておらず、サウジアラビア・ジッダで行われる深夜の試合は映像を見ることができなくなる。今年に入ってから見せる強さで期待が高まる日本代表だけに、ファンにとっては「悲報」に違いない。
テレビ各局が中継権獲得に踏み切れない裏には、高額な放送権料がある。アジア3次(最終)予選はアジアサッカー連盟(AFC)が放送権を持つが、2次予選まではホスト国の権利。現地からの報道によれば、この試合の放送権を持つUAE(アラブ首長国連邦)の代理店と日本側との交渉が合意直前で決裂したという。
放送権の問題は、今に始まったことではない。前回の22年W杯カタール大会出場を決めたアウェーのオーストラリア戦は地上波テレビ放送がなく、動画配信サービス「DAZN」で見るしかなかった。カタール大会も放送権料の高さに地上波テレビ局が全64試合中継を断念した経緯もある。
日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長は「適切な相場があるはず。お金のつり上げに乗るつもりはない」と高額な要求に困惑しながら話したが、どこが「適切」かは難しい。例えば、W杯本大会の日本向け放送権料は98年フランス大会が5.5億円。それが、22年カタール大会では350億円。「適切な相場」は急激に上昇している。
BS、CS放送や動画配信の普及で、地上波テレビにかつてのような勢いはない。スポンサー収入が減り、番組制作費も限られる。さらに、円安が海外との契約を不利にする。そんな状況でも、放送権料は上がり続けている。
映像コンテンツとしてのサッカーの価値とは?
映像コンテンツとしてのサッカーの価値も問題だ。90年代以降、それまで競技場でしか見ることができなかった日本代表の試合がテレビ放送されるようになった。プロ野球かプロレス、プロボクシングくらいしかなかったゴールデンタイムに、サッカーが登場した。
W杯最終予選や本大会の日本代表戦は高視聴率を稼ぐが、近年突破が当たり前になった予選の序盤は視聴率も低迷ぎみだった。前回W杯カタール大会2次予選ホーム初戦のモンゴル戦は10.1%(以下ビデオリーサーチ、関東地区)、11月16日の今予選初戦ミャンマー戦は12・5%。15%が合格とされるゴールデンタイムでは、厳しい数字だ。テレビ局にとって、もはや日本代表戦は「ドル箱」とは言えなくなってきている。
一方で、サッカー以外のスポーツがテレビを賑わすようにもなった。特に今夏は盛りだくさん。7月の水泳世界選手権にはじまって、陸上世界選手権、バスケットボール、バレーボールのパリ五輪予選、ラグビーW杯、アジア大会…。連日のように、ゴールデンタイムで日本勢が活躍した。
バスケットボール男子がパリ五輪出場を決めたカーボベルデ戦が22・9%、ラグビーW杯のアルゼンチン戦が21.5%、バレーボール男子がパリ五輪キップを手にしたスロベニア戦は13.6%だった。日本代表の活躍が生み出した高視聴率。放送権料が高騰するサッカーに見切りをつけたテレビ局が新たなコンテンツを探しているようさえ思えた。
テレビ、有料の動画配信がそれぞれ持つ役割の違い
有料の動画配信サービスが充実する今、テレビの役割も変わる。コアなファンが有料で配信を視聴する一方、無料のテレビが担うのは新規のファン獲得。「おもしろそうだから」見てみようというライトな「にわかファン」こそがターゲットになる。ここで競技や選手を「つまみ食い」し、魅力を知り、関心を持った層が有料の動画配信へと流れる。映像メディアの多様化が「スポーツの見方」も変えた。
もちろん、サッカーのファンは多い。W杯本大会や予選の終盤になれば、注目度も高まるだろう。ただ、本大会まで3年もあり、結果の予想もつく試合への関心が薄いのも当然。今やテレビ局が求めるのは「どのスポーツ」かではなく「どの試合か」だ。今回は大金を出して放送権料獲得に動くような試合でもないし、今後のためにも高額な放送権料を支払うべきではないと思う。
スポーツを見る方法が多様化し、見るスポーツの選択肢も広がった。「日本代表戦の地上波テレビ放送なし」は決して異常事態ではなく、今後は試合の位置づけによって通常のことになるだろう。テレビは「幅広く」スポーツを伝え、配信は「深く」掘り下げる。そんな二極化はさらに進むはずだ。
高額な放送権料に伸び悩む日本代表人気、さらに映像メディアの多様化や広がるスポーツの選択肢…。テレビでの「巨人戦ナイターならなんでも」の時代が20年以上前に終わったように「サッカー日本代表ならOK」の時代も終わりに近づいている。サッカーファンとしては寂しい思いもあるが、森保監督が言うように「これが現実」なのかもしれない。
(荻島弘一/ Hirokazu Ogishima)
荻島弘一
おぎしま・ひろかず/1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者として五輪競技を担当。サッカーは日本リーグ時代からJリーグ発足、日本代表などを取材する。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰。20年に同新聞社を退社。