森保ジャパン新顔・佐野海舟とは何者か? J屈指のボール奪取力で初招集…いきなり“救世主”の可能性も【コラム】
鹿島監督も代表入りを推薦、怪我人続出の森保ジャパンの危機を救うか
第2次森保ジャパンにとって、今が最大の危機かもしれない。前回の招集メンバーから板倉滉(ボルシアMG)、中村敬斗(スタッド・ランス)、旗手怜央(セルティック)が外れることは確定だったが、26人のメンバー発表後に前田大然、古橋亨梧(同じくセルティック)川辺駿(スタンダール・リエージュ)、そして先日のヴィッセル神戸戦で負傷交代した伊藤敦樹(浦和レッズ)の参加辞退がリリースされた。
しかも、中盤の主力でもある守田英正(スポルティング)が直前の試合で、負傷により途中交代を強いられており、試合に出られるか不透明な状況にある。遠藤航(リバプール)と田中碧(デュッセルドルフ)がいるが、最も消耗が激しいとも言われるボランチで2人が欠場、さらに守田まで厳しいとなれば、本当に緊急事態になる。そうした状況で、パリ五輪世代の細谷真大(柏レイソル)とともに追加招集された佐野海舟(鹿島アントラーズ)が森保ジャパンの救世主になるかもしれない。
「ボールを奪う部分が一番だと思っています」
代表で一番出したいプレーについて、こう言い切る佐野。“名は体を表す”と言われるが、維新の志士にちなんだ名前の海舟と“ボール回収”をかけて、スポーツチャンネル「DAZN」の中継でも“佐野海舟がボールを回収”と実況されることがある。周りのプレスに連動して前向きに奪うプレーも得意だが、カウンターのピンチになりかけたところで、相手を止めるどころか、一発でボールをハントして、自分たちの攻撃につなげるプレーは妙技というほかない。
佐野は岡山県の出身で、高校時代は米子北で3度の全国高校サッカー選手権に出場した経験を持つが、これまでアンダーカテゴリーの代表に選ばれたことはなかった。しかも、2000年12月生まれ。今年3月に招集されたDF藤井陽也(名古屋グランパス)と同じく、東京五輪世代の最も歳下で、1か月遅く生まれていればパリ五輪世代という“超谷間”であることも、これまで日の丸に縁のなかった境遇に影響したかもしれない。
それでもFC町田ゼルビアでプロ選手の地盤を築き、J1の鹿島にステップアップした佐野のポテンシャルについて、元日本代表DFでもある岩政大樹監督は「年内には代表を目指していこうという話をしています。それだけの選手だと思っています」と主張しており、その後も代表入りを推薦するコメントを発していた。ボールを奪うことにかけては、町田時代からJ2でナンバーワンだったが、鹿島ではボールを動かす、運ぶ、剥がすといった攻撃のスキルが加わり、ボランチとしてのトータル能力が高くなってきている。
疲労性の腰痛とともに、オーバートレーニング症候群も克服してピッチへ帰還
佐野のプレーを“デュエル王”の異名で知られる遠藤を重ねる声もよく見るが、「自分がサッカーを始めた理由もやっぱりワールドカップを観てだったり、日本代表というのがあった」という佐野自身も、特に日本代表の誰かを参考にしているということはなく「全体を観る感じ」だったという。ただ、これまで佐野が憧れであり、参考にしていると語っていた選手がいる。フランス代表MFエンゴロ・カンテ(アル・イテハド)だ。
ひと際小柄なMFは抜群の機動力と鋭い読みでドリブラーからボールを奪い取り、縦パスをカットし、素早いパスで攻撃の起点になる。派手さはないが、ボールを奪う絶対的な能力、そして派手さはないが、守備的MFの枠に収まらないプレーの幅広さはまさしく佐野の理想像と言うべきもの。遠藤にも通じるが、また少し違う色で、チームの矢印を前に向けていくポテンシャルを佐野は備えている。
欧州ではプレーの役割を背番号で表すことが多い。中盤でもより攻撃的な役割が8番、守備的な役割が6番となるが、佐野は8と6の中間的な存在であり、森保ジャパンで言えば守田、遠藤、田中など、誰と組んでもスムーズにフィットできるはず。現時点でネックになるのは連係面や国際経験だろう。ポジショニングに関しては鹿島のそれを応用できるはずだが、状況に応じた連動やサポートは練習と試合を重ねて行くしかない。しかも、いきなりの公式戦ということで、初戦の相手がミャンマーと言っても簡単ではないし、ましてアウェー扱い(会場はサウジアラビアのジッダ)のシリア戦となれば、うまく行かないことのほうが多いかもしれない。
「コミュニケーションを取るのは得意なほうではないですけど、頑張っていきたいと思います」
そう語る佐野は確かに、口数が多いタイプではない。しかし、内に秘める強さというのは町田でも、鹿島でも、苦しい時間帯などのプレーで示してきている。そしてアンダーカテゴリーの代表経験がないことも含めて、今回の活動の期間だけでも“海外組”などから大きな刺激を受けて、成長を見せるのではないか。
昨シーズンの後半戦、佐野は疲労性の腰痛によって長期離脱したが、実はオーバートレーニング症候群も患っていたことをのちに告白している。町田が鹿島移籍をリリースした時に、佐野は公式サイトを通じて「このことを公表するかはとても迷いましたが、公表しようと思った理由は、たくさんの人たちのおかげで、自分は戻ってくることができたからです」とコメントした。
そうした困難を乗り越えて、日本代表まで駆け上がってきたMFが驚異のボール回収力で森保ジャパンの危機を救うと同時に、世界への足がかりを掴むか。期待して見守りたい。
河治良幸
かわじ・よしゆき/東京都出身。「エル・ゴラッソ」創刊に携わり、日本代表を担当。著書は「サッカーの見方が180度変わる データ進化論」(ソル・メディア)など。NHK「ミラクルボディー」の「スペイン代表 世界最強の“天才脳”」を監修。タグマのウェブマガジン「サッカーの羅針盤」を運営。国内外で取材を続けながら、プレー分析を軸にサッカーの潮流を見守る。