主力は必ずしも重用しなくていい!? 町田の選手起用法から見る”J2必勝の方程式”【コラム】
町田は選手を入れ替えても力が落ちず
2023年のJ2リーグで最もインパクトを与えたのはFC町田ゼルビアの優勝とJ1昇格だった。
2022年度は15位。黒田剛監督はJリーグで初采配。シーズン前には19人の大型補強を行ったが、集めたメンバーが多いということは新しくチームを作り直すということ。過去に同程度の人数を獲得した他チームがあったものの、前年度よりも低い成績になってしまったことがある。
たしかに獲得した選手の質は高かったが、下手をするとチーム作りそのものが崩壊してもおかしくないなか、なぜ町田は成功したのか。それには選手起用が大きく影響していた。
町田が昇格と優勝を決めた40節までのデータを基に、町田の選手起用戦略を明らかにしておく。比較対象としたのは、最終節まで自動昇格のもう1つの枠を争っている清水エスパルス、ジュビロ磐田、東京ヴェルディ。似たようで確実に違う起用方法は、今後他のチームにも影響を与えることになるだろう。
まず、40節までに試合に出場した選手の数は、町田と清水、磐田が30人、東京Vが34人と、東京Vがやや多い。ただ、試合に出場できて活躍できる個性の違う30人前後の選手が、上位進出のためには必要ということが言えるだろう。
そして、人数はあまり変わらないものの、選手起用の方法は違っている。40試合のうちの90%、36試合以上に出た選手は、清水が5人、磐田と東京Vは4人なのに対して、町田は2人しかいない。
40試合の90%以上、3240分以上プレーした選手は、東京Vが3人、清水が2人いるのに対して、町田と磐田には誰もいない。そして、その出場した選手の平均出場時間は、もっとも長い東京Vが3028分、磐田は2883分、清水は2822分なのに対して、町田は2414分しかない。
これが何を意味するか。町田は次々に選手を入れ替えていたことが分かる。戦力が豊富で次々に選手を入れ替えても力が落ちなかったとも言えるだろう。
悲劇を想像してモチベーションを上げる方法が奏功
同じポジションに出場できるレベルの選手が必ず2人以上いて、高いレベルでの切磋琢磨を行ったことが、町田のチーム力を上げた。シーズンが始まってからも補強の手を緩めることなく、2月18日に開幕した後も3月8日の藤尾翔太から始まって9月5日のアデミウソンに終わるまで6人の選手を獲得した。
そして、豊富な戦力の中で厳しい競争があった。選手は戦術通りにプレーする以外に自分の特長をしっかり出さなければほかの選手に取って代わられる。
黒田監督は「コーチから(サブだった選手の)調子がいいし、気合いが入っていたと聞いたらなんととかチャンスを与えてあげたい。だから前の試合で良かったから次の試合はチョイスするということはない。週の初めには必ずシャッフルしてもう1回見る」と明言する。
チーム戦術に合致しないプレーをした場合は容赦なく外されていった。特に守備で少しでも手を抜くとしばらく使ってもらえなかった。
黒田監督は「組織マネジメント」論としてこう語る。
「1つのゴール前でのスライディングをサボったことによって、ずっと試合出場のチャンスがない選手もいる。簡単に戻してしまって、自分が怠ったことがその程度だと考えられたら困る。こちらが許さないというよりは、仲間に対してすごく失礼なことだと捉えてもらわないと。だから、もう1回自分にチャンスが来た時は気を抜くことは絶対しない選手たちの集合体が今ある」
競争という点では、金明輝コーチが指揮する戦術トレーニングも、選手により高い集中力を求め続けた。例えば、フォーメーションの練習などは繰り返す回数が少ない。動き方を説明した後、AチームとBチーム合わせて6回程度しかトレーニングしないのだ。その自分に与えられた3回でどれだけアピールできるかで試合に出られるかどうか決まってくるのだ。
さらに、全選手がモチベーションを保つことができたのは、黒田監督が選手に「悲劇感を持つ」ことを徹底させたこともあるだろう。
「悲劇感と感動があったら、悲劇のほうが心は動く。この試合でこういうプレーをしなければ、または負けたら、または失点することによって、自分から何が失われるかに言及したほうが、人の心は動きやすい」
「例えば賞金100万円がもらえるという状況でも、すごく苦しい練習からは妥協したくなる、挫折したくなって『もう100万円いらない。普通の状況に戻りたい』という心理が働く。けれど優勝しなかったら100万円取られる、払わなきゃダメということになったら、そちらのほうがモチベーション上がる」
自分の中で「悲劇」を想像し、それによってモチベーションを上げるという方法は、失うことに対する恐怖をパワーへと変化させた。選手を次々に入れ替える起用法にぴったりと一致したと言えるだろう。
選手の不満が出ないようにコントロールできる手腕が必要
町田が成功したことは、簡単に言えばいい選手を集めて競争させれば昇格できるという証拠になった。ただ、ここで重要なのはどこまで投資して、どう起用できるようにすれば昇格できるか、という2つの明確なデータが出たことだ。
1つは選手層をどこまで厚くすれば、つまりどれくらいの金額を投じればリターンがあるかという点。もう1つは、「主力選手を重用する」という選手起用を行わなくても昇格できるという点だ。
J2リーグで確実に昇格を目指すなら、今回の町田と同等かそれ以上の投資は必要になり、J2クラブでもますます強化費が必要になっていく。そして、主力級でも毎週試合に出場できるわけではない、というチームを選手の不満が出ないようにコントロールできる手腕が必要になってくる。
資金調達できなければじりじりと後退していくことになる。それはプロスポーツとしては正当な進歩の方向であることは間違いない。また発言力の強い選手からの不満でチームが崩壊する危険性も、これまで以上に高まるということだ。
クラブがどこまで本気で昇格を狙うのか、あるいは現在どのような位置づけなのか、数字がはっきり示してくれる。クラブ経営がより分かりやすい形で可視化される時代に突入した。まだロマンが入り込む余地はあるが、もうそんなに大きくない。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。