Jリーグと欧州トップリーグで戦術が同時進行 ビルドアップ進化論…現在の最新トレンドは?【コラム】

プレミアリーグでは偽CB、偽SBを取り入れた戦術が流行【写真:ロイター】
プレミアリーグでは偽CB、偽SBを取り入れた戦術が流行【写真:ロイター】

プレミアリーグで進む「偽化」 その意図はビルドアップの形ではなく質の担保

 バイエルン・ミュンヘンの練習場を上空から撮った写真がビルドアップを加速させた。写真にはフィールドを縦に5分割する線が引かれていた。5レーンとポジショナルプレーへの理解が一気に広まっていくきっかけになったと言われている。

 ゴールキックから短いパスを使ってつないでいくプレーは珍しいものではなくなっていった。そうなると、ビルドアップにプレッシャーをかけて奪いとろうとするハイプレスも当然増加していく。キックオフから20分程度の、ビルドアップvsハイプレスの構図が常態化した。

 当初は空転していたハイプレスだが、マークの仕方が整理されると付け焼刃のビルドアップはことごとく寸断されるように。Jリーグでも少なくとも試合序盤に関してはハイプレス有利という印象である。ビルドアップのリスクが増し、ハイプレスで奪えるチャンスが増えた。その流れを読んだのかどうかは分からないが、ヴィッセル神戸はビルドアップに以前ほど重きを置かず、早い攻め込みからのプレッシングに戦い方をシフトして、昨季の残留争いから今季の優勝争いに躍進している。

 攻撃と守備の相克がサッカーの歴史だ。守備側が勢いを増したあとには、必ず攻撃側の巻き返しがある。

 プレミアリーグでは「偽化」が進んでいる。バイエルンのフィールドに縦線を引いたジョゼップ・グアルディオラ監督はマンチェスター・シティで「偽サイドバック(SB)」と「偽センターバック(CB)」を使う。リバプールは右SBトレント・アレクサンダー=アーノルドをビルドアップ時に中央へ移動させる「偽SB」、アーセナルは左SBオレクサンドル・ジンチェンコの「偽SB」だ。

 この「偽化」は相手を惑わすギミックのように見えるが、狙いはおそらくそれではない。ポジション変化による「位置的優位」はすでに著しく減少していて、そうした小手先は一時的な効果しかない。SBやCBから離れてビルドアップの軸に据えられている選手たちは、いずれもパスワークのクオリティーが高い。たとえマークされても確実に捌ける質を持った選手。つまり、ビルドアップの形ではなく質を担保するための「偽化」である。

三笘が所属するブライトンの洗練されたポゼッション、ビッグクラブ以外でも実装可能

 現在のトレンドは「擬似カウンター」だ。ブライトン(日本代表MF三笘薫が所属)はCBとMFで小さな四角形を作ってキープし、相手にプレスさせてひっくり返す手法で知られる。相手がマンマークしてきて前線が同数になった時のロングボールを使ったひっくり返しは、もともとショートパスのビルドアップとセットになっている。

 ロベルト・デ・ゼルビ監督はそれをより意図時に、緻密に、多彩に設計し直し、カウンターのためのポゼッションを洗練させた。メガクラブほどの人材を持てないチームでも実装可能なビルドアップなので、今後広まっていくだろう。

 J1のサガン鳥栖はポジショナルプレーによる位置的優位が減少すると、攻撃的MF菊地泰智をSBで起用するなど、質の改善を図った。J2ではザスパクサツ群馬が自陣ペナルティーエリアのすぐ外に3人のDFとMFによる小さな五角形を作り、そこへ相手のプレスを集中させて広いスペースへ展開、ハイプレスをひっくり返す「擬似カウンター」を行っている。

 ハイプレスvsビルドアップの攻防は、戦術的には欧州トップリーグとJリーグにほとんど時差がなくなり同時進行になっている。

(西部謙司 / Kenji Nishibe)

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西部謙司

にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。

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