「トミはもっと先発していい」 アーセナル“冨安評”が現地で高騰中、ファン唸る“守れるSB”への絶大な信頼【現地発】

アーセナルでプレーする冨安健洋【写真:Getty Images】
アーセナルでプレーする冨安健洋【写真:Getty Images】

守備の不安定が招いたアーセナルのリーグカップ敗退

 ロンドン・スタジアムでの後半12分、アウェーチームのベンチを出た選手が拍手喝采のなかでピッチに迎えられた。11月1日のリーグカップ(カラバオカップ)4回戦ウェストハム対アーセナル戦(3-1)での出来事だ。その選手は、アーセナルの新MFデクラン・ライス。昨季までのウェストハム主将を歓迎するホーム観衆に対抗すべく、ゴール裏スタンドの一角を埋めたアーセナルサポーターたちも、今では自軍の主軸なのだと訴えることに忙しかった。そうでなければ、ミケル・アルテタ監督による2枚替えの2人目としてピッチに入った冨安健洋には、より盛大な歓声がスタンドのアウェー陣営から送られていたに違いない。

 アーセナルが、先制を許した前半からボール支配では敵を大きく上回っていながら敗北を味わった最大の要因は、攻撃陣の温存よりも守備の不安定にあった。特に、ベン・ホワイトとオレクサンドル・ジンチェンコの両サイドバック(SB)。前者は、自軍ゴールに向かいながらクロスに対処しなければならなかったポジショニングが、ヘディングによる前半16分のオウンゴールを招くことになった。後半5分の2失点目は、背後のスペースにロングボールを放り込まれた後者が、パスを受けたモハメド・クドゥスにコントロールと同時に軽くかわされてシュートに持ち込まれている。

 ジンチェンコは、1失点目につながったコーナーキック(CK)にも絡んでいた。逆サイドでの展開中に集中力を欠いた左SBの落ち度が、左センターバック(CB)のガブリエウ・マガリャンイスに辛くもCKに逃れるクリアを強いることになった。マイボールになれば1列前に絞って上がる「偽SB」の背後に生まれるスペースは、ジンチェンコをかわしたルーカス・パケタがウェストハムの右ウイングを自軍コート内からドリブルで駆け上がった前半5分からカウンターで突かれていた。そのジンチェンコと交代した冨安は、地元サポーターの言葉を拝借すれば「きっちり守れるSB」なのだ。

「守備的なSBとしては抜群」、絶大な信頼を寄せるファンの“冨安評”

 アーセナルDFとしての冨安は、2年前に新SBとして獲得されたと一般的に解釈されている。もちろんファンは、最終ラインのポジションと左右の別を問わない日本代表CBの利便性も理解してはいる。それでも、チームのDF事情を考慮すれば、「SB扱い」は先発レギュラーの座を取り戻したい本人にとっても決して悪い話ではない。

 東ロンドンの試合会場に向かう途中、アーセナルのエミレーツスタジアム最寄り駅の1つにも停車する電車の中で、赤白のマフラーを巻いた男性サポーターに話を聞いてみた。

「“トミ”は、もっと先発してもいい。ガブリエウと(ウィリアン・)サリバのCBコンビはプレミアでも最高クラスだろうが、厄介なサイドプレーヤーがいる相手との試合では守れるSBが欲しい。トミの不安は、また怪我をしてしまう可能性だけ。それさえなければ、安心して観ていられる。守備的なSBとしては抜群だと思っているよ」

 この彼は、見た目からして筆者と同じ50代。より現代的SBが当たり前の若い世代はどう評価しているのかと思いながら終着駅の改札を出ると、まだキックオフ2時間前のスタジアム最寄り駅で待ち合わせ中と思しき、大学生風の男性2人組が目に入った。そこで、マルティン・ウーデゴールのネーム入りユニフォームを着ていた1人に冨安評を尋ねてみると、いきなり「“トミ”以上の第5DFはいない」との返答。もっとも、すぐにこう続いた。

「スタメンは無理っていう意味じゃない。そんなことは全然ない。クオリティーはめちゃめちゃ高い。ジンチェンコみたいにスイッチが切れる瞬間なんて滅多にないし。ただ、ジンチェンコは攻撃面で戦術的に重要視されているからなぁ……」

 するともう1人から、「ベン(・ホワイト)も、手前の(ブカヨ・)サカと息が合っているよな? トミの実力云々じゃないんだ。(マンチェスター・)シティで、フィル・フォーデンがベンチスタートするようなものさ」と合いの手が入った。

 このように高い評価と強い信頼を寄せられていればこそ、膝を痛める前の今年2月、マンチェスター・シティとの昨季プレミアリーグ首位攻防戦で珍しくバックパスを誤って失点につなげてしまった直後にも、思わずうつむいた冨安は「スーパー・トミ!」のチャントでアーセナルサポーターに励まされた。チームメイトたちは次々に駆け寄り、ウーデゴールにいたっては「気にするな」と言うかのように手で顎を押し上げた。そんな彼らは、8か月後、今季プレミア第10節シェフィールド・ユナイテッド戦(5-0)で生まれた移籍後初ゴールに、終了間際のチーム5点目とは思えない喜びを示してくれたのだ。

 そして、目の前の“ウーデゴールくん”が、「先週のCL戦や今日のカップ戦みたいに、先発の機会だって十分にある」と締め括って、リーグカップ16強前の即席インタビューは終了となった。

冨安が先発起用されていれば回避できた敗戦だった?

 しかし、この日の先発メンバーに冨安の名前はなかった。敗戦後に「先発しているべきだった」と感じたファンは、テレビ観戦を終えてチャットアプリで筆者にメッセージをくれた友人のピーターだけではなく、3点差とされた後半15分の時点で席を立ち始めたアウェーサポーターたちの中にも少なくはなかっただろう。

 ピッチに立って3分で、味方に当たってミドルの弾道が変わった相手FWジャロッド・ボーウェンの駄目押しゴールが生まれたこともあり、やはり追う展開で投入されたプレミア前々節チェルシー戦(2-2)ほどのインパクトを残すことはできなかった。それでも、冨安らしさは垣間見られた。前に出て競った空中戦には勝ち損ねたが、即座の追走から自軍ペナルティーエリアの手前できっちりと帳尻を合わせた後半38分の守備がその一例だ。

 図らずもリードを広げられた後の残る30分間には、アタッキングサードで連係に加わる姿も頻繁に見られた。右SBでの出場時よりも慎重に見受けられた“左SBトミ”は昨季までの姿。「守れるSB」は、後半アディショナルタイムに入っても、自身の9分後にベンチを出ていたFWガブリエウ・マルティネッリと、左インサイド、さらにはエリア手前の中央でパスを交わすなど、一矢を報いるための貢献にも積極的だった。

 結果的には、最後のサブとして送り出されたMFウーデゴールが、終了間際に意地の1点を返すだけにとどまった試合後、アーセナル指揮官は「VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)があれば相手の先制点は取り消されていた」と、早期敗退の悔しさを隠せずにいた。だが厳密に言えば、リーグカップでは準決勝から採用となるビデオ判定以上に、前ラウンドに続いて今回も先発可能だった冨安が頭から起用されていれば、回避できたはずのビハインドと相手ペースではなかったか?

 当人は、カップ戦でのロンドンダービーに3失点で敗れたチームメイトたちと同様、ミックスゾーンを素通りしてチームバスへと歩いて行った。無言ではなく、「Sorry, not today(すみません、今日はなしで)」という記者陣への一言があったあたりは律儀な日本人選手らしい。だが、それに先立つピッチ上での約40分間では冨安らしさを見せてもいた。表面的には、5番手のDFにとっての先発出場の舞台が1つ失われたことになる。だが実際には、アーセナルDFの“トミ”が、4バックの一員としてのリーグ戦先発へと大きく1歩近づいた一戦だったと言える。

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(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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