なぜトッテナムは優勝候補なのか プレミア初挑戦の“名将”の下で目覚めた王者の資質【現地発】

プレミアリーグ9節を終えて首位に立つトッテナム【写真:ロイター】
プレミアリーグ9節を終えて首位に立つトッテナム【写真:ロイター】

下位低迷の予想から一転、9節時点で首位に立つ好調トッテナム

 トッテナムは優勝候補なのか? まだ開幕3か月目とはいえ、そんなことを考えるシーズンになるとは思ってもみなかった。プレミアリーグ第9節のしんがりを務めた10月23日のフルハム戦(2-0)を終えて、リーグ戦負け知らずの7勝2分。「23」に伸びたポイント数は、開幕9戦でのプレミア史上最高記録。当日の得点者は、合わせて計16得点に直接絡んでいるソン・フンミンとジェームズ・マディソン。いずれも、昨季リーグ得点王のアーリング・ブラウト・ハーランドとアシスト王のケビン・デ・ブライネを擁する、プレミア王者マンチェスター・シティを思わせる。そのシティを同節で一時的な首位の座から蹴落とし、2節連続で20チームのトップに立っているのがトッテナムだ。現時点では、冒頭の問いに「ノー」と答える理由が見当たらない。

 まるで、昨季8位から主砲ハリー・ケイン(現バイエルン・ミュンヘン)が抜けたチームとは思えない。フルハム戦の後半45分、ホーム観衆が「リーグ首位だ!」と連呼していたトッテナム・ホットスパー・スタジアムの雰囲気も、守備的なチームのスタイルや、消極的なオーナーの補強姿勢への不満がくすぶっていた過去数年が嘘のようだ。開幕と前後してケインが去った時点では、下位低迷を予想する声もあった。筆者もトップ6争いすら難しいと踏んでいた。だが、そうは“アンジェ”が卸さなかった。

 監督就任から4か月ほどで、いい意味でトッテナムを「別人」に変えたアンジェ・ポステコグルーの腕前には感服の一言だ。志向するスタイルは、3代前の正監督に当たるジョゼ・モウリーニョや、前正監督のアントニオ・コンテとは対照的。リスク回避ではなく、リスクテイクを基本姿勢とする。

 自称“グローリー・クラブ”に「華」を求めるサポーターたちは、新監督が「まだチームは学習モードの状態」と言っていた開幕節ブレントフォード戦(2-2)から、4年前にマウリシオ・ポチェッティーノ(現チェルシー)体制が終わって以来の希望を抱いたことだろう。強豪戦ではカウンターに力を入れる難敵とのアウェーゲームでも、攻めの姿勢にブレーキをかける様子はなし。前半の内に逆転されたが、ハーフタイム目前に同点ゴールを決めたのは右SBのエメルソン・ロイヤル。逆サイドのデスティニー・ウドジェとともに、「偽SB」となって中盤、さらには前線へと上がる両者は、うしろからつないで敵を脅かし続ける“アンジェ・ボール”の特徴を示していた。

ソンの1トップ&トップ下のマディソンが生む“相乗効果”

 続くマンチェスター・ユナイテッド戦(2-0)は、最終スコアが連想させる危なげない勝利ではなかった。敵もシュート数は22本。しかし、その勝ちっぷりは、堅守が優先された以前は期待薄だったスリル満点。「アンジェ賛歌」として人気を博すことになり、「ポチェッティーノは過去に埋葬」との一節を含む「エンジェルズ」の替え歌に込められた新体制への情愛は、この今季ホーム初戦で確かなものになったと言える。

 肝心の決定力に関しても、昨季は怪我もあって低調だったソンが、やはり「別人」のようだ。従来の前線左サイドではなく、1トップでの先発は第4節バーンリー戦(5-2)。ゴールへの焦点を任せた監督の期待に今季初得点を含むハットトリックで応えたあとは、控え組中心でPK戦の末にフルハムに敗れたリーグカップ2回戦以外は一貫している。4-2-3-1システム最前線での本領発揮が続く。

 リーグでのフルハム戦先制ゴールを含む今季の7得点は、いずれもボック内でのフィニッシュ。以前から、左右両足とも精度の高いシュートが「一番の持ち味」と言っていた本人にとっては、適材適所と言える定位置変更だ。31歳になった年齢的にも妥当なのかもしれないが、瞬発力が衰えているわけではないソン・フンミンが相手CBコンビの背後を窺うことにより、今夏にトップ下として獲得されたマディソンにスペースと時間が生まれる相乗効果も見られる。敵地での第6節アーセナル戦(2-2)、両者は昨季2戦2敗だった北ロンドンダービーで、それぞれ2ゴールと2アシストを記録し、意気揚がる1ポイント獲得に貢献している。

 地元の宿敵と引分けた一戦は、3試合連続のカムバック劇でもあった。その前週、後半アディショナルタイム8分まで2点差を追っていたシェフィールド・ユナイテッド戦(2-1)では、6万人を超す観衆を集めたホームでプレミア史上最も終了間際の逆転劇が演じられている。上位対決であれば逃げ切られていた確率は高いが、序盤戦の段階では、ビハインドからの立ち直りを通して、集団としての自信が強まっているとも理解できる。敵が2名の退場者を出していたとはいえ、5-3-0の陣形で必死に1ポイント獲得を目指した格上から、最後の最後にオウンゴールを誘って劇的勝利を奪ったのは、第7節リバプール戦(2-1)でのことだった。

出来の悪い試合で結果を出す“王者の資質”

今季からトッテナム指揮官に就任したアンジェ・ポステコグルー監督【写真:ロイター】
今季からトッテナム指揮官に就任したアンジェ・ポステコグルー監督【写真:ロイター】

 逆境を跳ね返す精神力と同様、出来の悪い試合で結果を出す底力も王者を目指す資格の1つとして挙げられる。第8節ルートン戦(1-0)でのチームパフォーマンスがその類だ。前半から嫌な予感のする展開だった。前述のバーンリー戦を境に、1トップではなく2列目左サイドで起用されるリシャルリソンが、立ち上がり5分間で2度の決定機を逃していた。ハーフタイム目前には、イブ・ビスマが2枚目のイエローをもらって退場に。移籍2年目のボランチは、高い技術と身体能力が攻守両面で生きるビルドアップのキーマン的な存在だ。それでも、ピエール・エミール・ホイビュルクが中盤の穴を埋めた後半、マディソンが演出した得点機に、新CBミッキー・ファン・デ・フェンが移籍後初ゴールを決めて逃げ切っている。

 そして、再びホイビュルクがビスマ不在の不安を消した翌節では、チームとしての“新たな武器”が改めて威力を示した。前線からの絶え間ないプレッシングだ。フルハムから奪った2点は、相手のミスではなく、ミスを誘発したプレッシングによる結果だ。初体験のプレミアで先発2試合目だった相手CB、カルビン・バッシーは格好の餌食。ダッシュで詰め寄ってショートカウンターからの2得点を可能にしたマディソンは、試合後に「前からプレスをかけ続けて、3点目、4点目を取りに行く姿勢が大前提だと言われているから」と、ポステコグルーのトッテナムとしてのあり方に触れた。

 彼らがスタンドのファンと互いを讃え合ってスタジアムには、「エンジェルズ」に続いて「アイランズ・イン・ザ・ストリーム」が流れた。1980年代前半のカントリー調ヒット曲は、平均年齢25歳未満の当日メンバー20名にすれば生前の懐メロ。それが、記者席のモニターに映った96年生まれのマディソンも、ようやく出会えた人との相思相愛を歌った曲を口ずさんでいる。観衆は、「We rely on each other, ah ha」とある歌詞の最後をクラブ名に変え、「互いに手を取り合って、トッテナム」と、ポステコグルーを指揮官に迎えたチームに歌いかけていた。

 この一体感、高揚感、そして自軍を信じる力を破壊するような一大事が、果たして起こり得るだろうか? 怪我や疲労の不安はどのチームにも当てはまるが、欧州戦のないこのチームは、年始からのFAカップが唯一の「他大会」でもある。改めて言おう。トッテナムは今季プレミアの優勝候補だと。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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