カタールW杯落選→欠かせないピースへ 驚異の“マルチタスク”旗手怜央は左サイドで存在感を示せるか?【コラム】
カタールW杯は直前までCLレアル戦で活躍も落選
今年3月の新体制移行後、順調な歩みを見せている第2次森保ジャパン。6月のエルサルバドル戦(豊田)からの5試合は全て4得点以上の勝利。この勢いは凄まじい。
とはいえ、だが、11月からスタートする2026年北中米ワールドカップ(W杯)アジア予選はまた別物。格下相手になれば、自陣に引いて人数をかけてブロックを作ってくるチームが増え、攻めあぐねるというのは過去にも経験してきたこと。怪我や体調不良、出場停止などのアクシデントもつきものだ。
そういう非常時にもコンスタントに結果を出せるようにならなければ、本当に強い集団にはなれない。三笘薫(ブライトン)や鎌田大地(ラツィオ)ら主力級がごっそり抜けている17日のチュニジア戦(神戸)はいいシミュレーションになるだろう。
そこでキーマンになると目されるのが、左サイドハーフ(SH)に抜擢される旗手怜央(セルティック)だ。
ご存知の通り、今回は三笘、前田大然(セルティック)、中村敬斗(スタッド・ランス)と同ポジションの本職が揃って不在。森保一監督も誰を入れるべきか考えを巡らせたはずだが、最終的には13日のカナダ戦(新潟)の途中からテスト的に起用していた旗手という決断を下した。
「カナダ戦では怜央が左サイドのワイドなポジションを取って幅を生かすところ、ライン間に入ってプレーするところと、その両方で攻撃と守備に関われるところを見せてくれたと思います」
指揮官は選択理由をこう説明した。その言葉通り、旗手は状況に応じて立ち位置を変えながらプレー。カナダ戦では右を駆け上がる伊東純也(スタッド・ランス)に精度の高いサイドチェンジを送るなど、きらりと光る攻撃センスも見せつけた。
「ああいう遠くまで見られるところとキックには自信があります。真ん中だと360度見ないといけないですけど、サイドでは180度で済むので、まず遠くから見ることを意識している。そこは中盤でやっていることが、SHに行ってできたことなのかなと思います」と本人は分析している。
セルティックで左インサイドハーフ(IH)を主戦場とし、そこで積み重ねた経験値は、外にポジションを移しても生かせるということなのだろう。そのあたりは三笘や前田、中村にはない特徴だ。彼自身が言う「自分らしいプレー」を示すことで、日本の攻撃に変化をもたらすことができれば、旗手の重要度は一気に増していくはずだ。
彼は2022年カタールW杯選外の憂き目に遭っている。大舞台直前の昨年9月のアメリカ・エクアドル2連戦(デュッセルドルフ)には招集されていたものの、出番なしに終わり、序列の低さを突きつけられる格好になった。
当時の旗手はセルティックで2022-23シーズンUEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)に初参戦。レアル・マドリード戦で鮮烈な印象を残した直後だっただけに、代表での扱いが納得できなかったのだろう。報道陣に何を聞いても「(森保)監督が決めることですから…」と不満そうに言うだけ。自分のことだけで頭がいっぱいだったのだろうが、そんな立ち振る舞いが落選の一端になったのではいかと見る向きもあったようだ。
9月は負傷により選外も…今回のシリーズでは途中出場ながら存在感
いずれにしても、フットボーラーとして脂の乗った時期にW杯を逃したことは本人にとって大きな痛手であり、挫折だったのは間違いない。しかも、同い年の同僚・前田大然がドイツ、スペイン、クロアチアの3試合に先発し、クロアチア戦で先制弾を叩き出しているのだから、負けず嫌いの男が悔しさを感じないはずがない。言葉にこそしてないが、本人は「絶対に這い上がってやる」と決意を固めたに違いない。
その後のセルティックで目覚ましい活躍を披露。第2次森保ジャパンには6月シリーズから再招集されるようになった。そこで左IHとして非常に効果的なプレーを見せ、代表定着に大きく前進したかと思われた。が、新シーズン開幕直後の8月に負傷し、9月シリーズは惜しくも選外。日本がドイツ・トルコを圧倒する様子を横目で見つつ、旗手は必死にコンディションを上げてきた。
「今季最初に怪我をしてしまったのも大きかったですけど、今季一番大きかったのはセルティックの監督が(ブレンダン・ロジャーズに)変わったこと。(アンジェ・ポステコグルー)前監督とやるサッカーが大きく変わったので大変でした。でもサッカー選手にはそういう変化はつきもの。新しい監督のもとで自分らしいプレーを出すことを意識して取り組んだ結果、徐々に試合に出る回数が増えていると思います」と彼は原点回帰を図り、1つ1つタスクをこなして、本来の自分を取り戻したことを明かす。
それによって、柔軟性と応用力、臨機応変さが養われたのも確かだろう。もともと両SHに加え、トップ下、FW、IH、ボランチ、左サイドバック(SB)と実に幅広い役割をこなしてきた驚異のマルチタスクとして知られてきた旗手のプレーの幅がさらに広がったのであれば、日本代表にとっても朗報だ。
振り返れば、川崎フロンターレ時代にその万能性が磨かれたのが大きかったが、あらゆるポジションを意欲的に取り組んだからこそ、現在の旗手怜央がある。
2021年夏の東京五輪メンバーに選出された際にも「左SBをやらなかったら五輪メンバーにも入れなかった。SBもそうだが、前目のポジションも違った観点で見えることが多かったんで、1つ自信になりましたし、成長につながったと思います」と語っていた。本職でない役割に貪欲に取り組み、自分の力にしてしまう吸収力はこの男の最大のストロング。こうした英知や経験値を結集して、チュニジア戦の左SHで大いに輝くべきだ。
そこで異彩を放てれば、三笘、前田、中村といった面々に堂々と勝負を挑める状況になる。そのうえで、IHやボランチでも計算できるとなれば、森保監督がもはや放っておくはずがなくなる。3年後の2026年北中米W杯ではチームの命運を左右するキープレーヤーになるべく、今回の千載一遇のチャンスをモノにするしかない。
元川悦子
もとかわ・えつこ/1967年、長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに転身。サッカーの取材を始める。日本代表は97年から本格的に追い始め、練習は非公開でも通って選手のコメントを取り、アウェー戦もほぼ現地取材。ワールドカップは94年アメリカ大会から8回連続で現地へ赴いた。近年はほかのスポーツや経済界などで活躍する人物のドキュメンタリー取材も手掛ける。著書に「僕らがサッカーボーイズだった頃1~4」(カンゼン)など。