プレミアVAR誤審は技術以前の問題 変革の鍵は“謙虚な姿勢”…今こそ学ぶべき他競技の効果的なシステム【現地発】

プレミアリーグでVAR問題が議論になっている【写真:ロイター】
プレミアリーグでVAR問題が議論になっている【写真:ロイター】

「おそらく最低能世代」 VAR誤審問題を受け現プレミア審判員に辛辣意見

 現地時間9月30日に行われたトッテナム対リバプール戦(第7節)の前半34分、スタジアムのスクリーンには「Checking Disallowed Goal」の文字。オフサイド判定によるゴール取消しの正否がチェックの対象であることは、トッテナム・ホットスパー・スタジアムを埋めた6万2000人の観衆も理解していた。ところが、肝心の試合関係者のなかに例外が1名。当日のビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)は、北ロンドンの試合会場から40キロ弱の距離にあるオペレーション施設の一室で、ゴールを認める“オンサイドの判定”が確認対象だと思い込んでいたのだった。

 ルイス・ディアスがリバプールに先制点をもたらしたと思われた瞬間から、VAR確認後のプレー再開までは40秒ほど。平均1分間前後とされる最近の所要時間よりも短い、速やかなチェックではあった。ホームチームに有利な「ノーゴール」の判定が変わらない結果となったため、スタジアム内に抗議の大ブーイングがこだまするようなこともなかった。

 だが、記者席のモニターにも映された静止画像を見れば、オフサイドを示す線は引かれていなかったものの、モハメド・サラーのパスに反応したディアスはオフサイドではないと見受けられた。トッテナムがリードを奪ったのは2分後の36分。リバプールは、すでに10人の状態ながらハーフタイム前に1-1と追いつくが、後半に2人目の退場者を出した末に終了間際のオウンゴールで敗れた。

 現行メカニズムの弱点が最悪の形で露呈されたと言える。「VAR」という言葉からは、「GLT(ゴールラインテクノロジー)」のような機械的システムが連想されるが、実際は映像を確認して助言を行うVAR担当も、最終権限を持つ主審も生身の人間。イングランドのプロ審判協会(PGMOL)も、「集中力の欠落」「アシスタントVARとの不十分な意見交換」「会場の審判団への伝達不足」などの「重大な人的ミス」を認める声明を出し、試合当夜に謝罪を行っている。

 明らかな誤審を防ぐためのVARに、明らかにして重大なミスがあったのだ。結果としての判定が不利に働いたリバプールのユルゲン・クロップ監督による、「再試合が妥当だと考えている」との発言も心情的には理解できる。同様に、英高級紙「タイムズ」にコラムを持つマーティン・サミュエル記者による、「おそらく最低能世代」との厳しい現プレミア審判員評と、「より有能な人員が必要」だとの指摘にも頷ける。VARが物議を醸す事態は、PGMOLが謝罪を余儀なくされた事例だけで今季2件目。昨季の謝罪件数は「12」を数えた。

オンフィールドレビューを行う主審【写真:ロイター】
オンフィールドレビューを行う主審【写真:ロイター】

英国内でVAR廃止議論

 VAR廃止を求める声も聞かれた。例えば、「ザ・レスト・イズ・フットボール」ポッドキャストでレギュラーを務めるマイカ・リチャーズ氏は、「存在意義があるとは思えなくなった。なくすべきだ」と述べている。個人的には、同ポッドキャストの進行役で、「大抵の場合は誤審を正せるし、相当な予算がつぎ込まれているから、正直、廃止があるとは思えない」と反論したギャリー・リネカー氏に同感だ。

今回に関しても、VAR導入以前であれば、オフサイドで無効となったゴールが有効と見直される可能性自体がなかった。試合翌日、“被害者”の地元紙「リバプール・エコー」のデジタル版アンケートを見ても、「廃止」の3割に対し、7割近い回答者が「完全見直しを前提として維持」を選んでいた。

 PGMOLも誓っている「再発防止」の実現策として、昨年のワールドカップ(W杯)で使用された半自動オフサイドテクノロジー導入の可能性も改めて話題に上った。プレミアリーグは、全20チームの代表者が顔を揃えた今季開幕前の会合に際し、導入の是非を問う投票を見送ることを決めていた。

 テクノロジーそのものに関する意見交換だけに留めた最大の理由は、すぐに時代遅れとなりかねない懸念。たしかに、実用前のテストが不十分とされるプレミア公式球に関する「ナイキ」との契約が満了する2025年までには、アディダス製のカタール大会公式球と同じセンサー付きチップの埋込みを要さない代替テクノロジーを含め、メーカーを問わずより開発が進んでいるとする見方は否定し難い。加えて、VAR自身が確認内容を勘違いしていた今回は、半自動オフサイドテクノロジーが導入されていたとしても、ゴールを取り消すオフサイドの判定が覆る結果にはなり得なかった。

主審とVAR担当の“会話公開”がゲームチェンジャーか

 では、スタジアム設置カメラの台数を増やすことで、実質的には“手動”の色が濃い現行システム維持が見込まれるプレミアでの改善策とは何か。真っ先に取り組むべきは、英公共放送「BBC」のインタビューでアラン・シアラー氏も訴えていたコミュニケーション体系の見直しだ。リバプール側の要求もあって特別に公開されたビデオ判定中の音声を聞けば、そのやり取りは「乱雑」の一言。仲間同士のお喋り口調で、VARをはじめとする複数名の声が入り混じるなか、主審が明確な最終判定を下せることが疑わしく思えるレベルだった。

 そもそもVARとの会話は、試合関係者と、テレビ観戦者を含む観客に対して常に公開されるべきだろう。シアラーの言う通り、「ファンがいればこそ」のプロサッカー界。確認作業の内容を聞き知れば、確認終了までの感覚的な待ち時間は短くなり、VAR側も所要時間を気にして焦らずに済む。第三者の耳にも入るとなれば、より明瞭で言葉使いもプロ審判員同士らしいやり取りが行われることも間違いない。

 幸い、イングランドも出場中のラグビーW杯という恰好の手本まで存在する。判定が微妙な場面において、例えば主審がトライを認めない理由の確認を求めるように、サッカーの主審が「ノーゴールの判定を覆す根拠は?」とでもVAR介入時に問い掛けていれば、今回のVAR担当も、その時点で自らの致命的な勘違いに気付くことになった。そして主審には、ディアスが判定通りオフサイドだったと受け取られる「チェック完了」ではなく、判定を覆すことを促すべく「ディアスはオンサイド」と告げられていたに違いない。

「審判員はもっと謙虚に」とは、10月4日のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)戦を前にした会見で意見を求められたペップ・グアルディオラ監督(マンチェスター・シティ)のコメントだが、イングランド・サッカー界としての謙虚な姿勢が求められる。国内ナンバー1スポーツの驕りを捨て、より効果的な「主審サポート」のシステムを持つ人気3番手のスポーツから学ぶべきだ。

(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)

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山中 忍

やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。

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