「日本サッカーの成功は偶然ではない」 甲府初代監督の下で短期留学…中国人コーチが感じた日中の違い【コラム】
【中国サッカー考察】「U sports club山梨」代表の塚田氏は2019年から約1年間中国で活動
日本のサッカーファンのみなさま、こんにちは。久保田嶺です。現在、中国天津のサッカーコーチが日本サッカーの育成を学ぶために、山梨県甲府市のスポーツクラブ「一般社団法人総合型地域U sports club山梨」へ1か月間留学に来ています。
ここを選んだ理由は、クラブ創設者であり、現在はクラブ顧問の塚田雄二氏が中国北京にて指導経験もあり、中国サッカーの指導現場、サッカーを取り巻く環境を肌で感じているからです。その経験に基づいて感じたこと、また実際に留学に来ている王コーチへ日本サッカーと中国サッカーの違いについて訊いてみました。
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「中国ではさまざまな経験をさせていただきました。突然のコロナ騒動で帰国を余儀なくされましたが、北京での生活は楽しかったです。また機会があれば、やり残したことがたくさんある北京へ渡り、選手や指導者と交流し続けていければと思っています」
塚田雄二氏は、ヴァンフォーレ甲府の初代監督やセレッソ大阪の監督を務め、また日本サッカー協会(JFA)では、ナショナルトレセンのコーチや指導者養成インストラクター、S級・A級のチーフインストラクターなどを歴任しました。
そして2019年から中国の北京北体大サッカークラブのU-23監督および育成部門リーダーとして渡中。しかし、クラブ内のトラブルに巻き込まれ「FC北京八喜」への移籍を余儀なくされ、その後コロナ騒動や給与未払い問題などもあり1年あまりでの日本帰国となりました。
「元々は岡田武史氏の紹介で中国へ行くことになりました。当時、海外での指導にチャレンジしてみたいと思っていましたし、今まで培ってきた育成理論は中国サッカーの成長にも貢献できるだろうとオファーを受けました。そして何人かの日本人スタッフとともに北京へ渡り、指導に当たりました。当初の契約内容とはだいぶ仕事の内容も変わり、想像していた状況とは異なる中国でのサッカー指導がスタートしました」
中国サッカー界の問題の1つである給与未払いに塚田氏も直面。また育成に対する価値観の違いなど、中国での指導期間は短いものでしたが、多くの中国サッカーの課題が見えたと言います。
「育成に対する価値観の違いがあると思いました。私たちを招聘した北京北体大サッカークラブのトップは、日本式の育成、長期的なプラン、といったものを持っていたと思います。しかし、それが現場にいるコーチには伝わっておらず、目の前の結果ばかり求める姿勢が強かったです。選手たちには結果を強く求めることが多く、サッカーを理解させ、成長させていくといった部分はあと回しでした。それは、寮生活においても同様なことが言えます。集団での基本的な生活習慣を身につけさせていくこと、勉強に取り組む姿勢を持たせることなどは、あまり重要視されていませんでした。やはり育成には時間がかかりますし、サッカーを通じてサッカーだけ上手くなってもダメです。サッカーと同時に人間性を育んでいく必要があります。やはりそういった育成に関する根本的な考え方や、そこに従事する指導者の養成は急務だと考えます」
日本にサッカー留学中の王コーチが言及「日中育成現場の最大の違いは試合数」
次に、中国天津からUスポーツクラブへサッカー留学に来ている王コーチにも話を聞きました。王コーチは中国4部リーグでプレーしたあと、元ブラジル代表FWアレシャンドレ・パトが所属し、ファビオ・カンナバーーロが監督を務めた天津天海クラブにてジュニアユースのコーチをしていました。
「日本に来てから毎日驚きと発見の連続ですが、日中サッカー育成現場の最大の違いは試合数にあると感じています。ここUスポーツクラブでは各カテゴリーで毎週末試合があり、またどの試合もレベルが拮抗していて白熱しています。これは中国では見られません。特に中学生以降になると中国では勉強一色になりますので、サッカークラブの数は減り、試合が組めたとしてもレベル差がありすぎるといった問題が発生します。私の生活する中国天津市は人口1500万人の大都市ですが、週1回以上練習がある中学生/高校生のサッカークラブは20もないと思います。なので毎週末いろいろなチームがここUスポーツクラブのグラウンドを訪れ、試合をする光景が非常にうらやましいです。
この留学を通じ、近年の日本サッカーの成功は偶然ではない、ということを実感しています。実際にここUスポーツクラブにも世代別の日本代表選手や山梨県選抜の選手など数多くいて、彼らはこういった環境で成長していくのだと初めて知りました。またこれをそのまま中国サッカー界が真似はできないとも感じています(笑)。子供たちの勉強時間や、保護者の価値観などは短期間では変えられませんので。それを少しでもいい方向へ持っていけるアイデアをこの留学中に見つけられるといいのですが……」
かつての塚田監督のように日本人指導者を求める中国クラブは多く、また日本サッカー成功の秘訣を現場から学ぼうと、日本へサッカー留学に来る中国人選手/コーチも年々増えています。この王コーチがUスポーツクラブで得た経験を活かし、いつの日にか中国代表監督として日本代表の前に立ちはだかることを期待しています。
(久保田嶺 / Rei Kubota)
久保田嶺
1991年生まれ、埼玉県出身。「Rouse Shanghai Co.,Ltd.」代表。日系企業の中国インバウンド事業やマーケティング、中国サッカー選手/指導者のマネージメントを手掛ける。自身の中国SNSフォロワー数も40万人と中国サッカー界で一番有名な日本人としても活躍。日本へ中国サッカー情報を発信する。