菅原由勢はなぜ日本代表のキッカーになったのか? 「俺が蹴り続ける」―急成長に秘められた決意と覚悟【現地発】
AZで居残り練習し続け掴んだポジション
8月10日、UEFAカンファレンスリーグ予選3回戦、AZアルクマール対サンタ・コロマ(アンドラ)のこと。後半29分、AZのFWイェスパー・カールソン(現ボローニャ)に代わってフリーキック(FK)を蹴ったのは右サイドバック(SB)菅原由勢だった。
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「直接、シュートを狙った」という彼の強烈なキックはMFジョルジェ・ミハイロビッチに当たって角度が変わり、サンタ・コロナゴールに吸い込まれていった。これが値千金の決勝ゴールとなり、AZは1-0で勝利した。
3日後のオランダリーグ開幕節、ゴー・アヘッド・イーグルス戦(5-1)から、菅原はAZのセットプレーを全て任されるようになった。前半3分、いきなり菅原の右足が火を吹く。
狙いすまして蹴ったFKが鋭くカーブを描きながらゴール右上隅を襲ったのだ。本人も手応え十分のFKだったが、惜しくもGKジェフェリー・デ・ランゲの美技に、コーナーキック(CK)へ逃げられてしまった。こうして良い感触を得た菅原は前半15分、左CKをセンターFWパブリディスの頭に合わせ、サンタ・コロマ戦に続いてアシストを記録した。
地元紙『ダッハブラット・ファン・ヘット・ノールデン』のユルン・ハールスマ記者は菅原に「なぜ君がセットプレーを蹴るようになったのか?」と尋ねた。
「チームメイトたちは、僕がほとんど毎日練習後に居残って練習し、いいボールを蹴っているのを見てました。それから彼らは僕に『お前が(セットプレーを)蹴れ、蹴れ!』と言い出したんです。僕は監督に4年間『俺に蹴らせろ』と言い続けてきてきましたが、右SBというポジションだと難しかった。やっぱりFWは自分で得点、アシストを決めたいんでね。やっと僕に出番が回ってきました」
名古屋ユース時代はセットプレーのスペシャリストになるべく、中村俊輔、遠藤保仁といった日本が誇るレジェンドのキックを研究したという。カールソンから怪我から戻ってきても、MFスベン・マイナンスやFWイェンス・オドガールドがキッカーに名乗り出ても「これからも僕がセットプレーを蹴り続ける」と菅原は答えた――。
この記事の行間に、菅原がAZで成功した理由が記されている。AZは選手個々の上昇志向が強く、高い技術とともに真面目な性格の選手が揃ったチームだ。こうしたチームカラーに似合う菅原は全体練習の後も居残ってクロス、シュート、セットプレーに磨きをかけてきた。その過程で、チームメイトに「お前がセットプレーを蹴れ」と言わしめたのだ。だから試合中、菅原のFK、CKを奪おうとする仲間はいない。それでもやはり蹴りたそうな選手が菅原に近寄ってくるが、菅原が一瞥したり助走し始めたりするとスッとどくか、ダミー役にまわったりする。それもこれも、普段の彼の明るさ、サッカーに対する真摯な態度、フォア・ザ・チームの姿勢がもたらしたものだろう。
ハールスマ記者と菅原のインタビューを、私は少し離れたところからチラチラと見ていた。彼らはおそらく10分前後話していただろうか。入団当初は英語がまったく分からず“ノリ”でその場を乗り切っていた菅原は、今やキレイな発音で自由自在に自分の意思を現地記者に伝えている。その姿を見た私は、パスカル・ヤンセン監督が昨季最終戦後に語った言葉を思い出していた。
英語の上達でコミュニケーションが取れるようになった
「ユキ(菅原の愛称)の成長は著しい。攻守に優れた理想のウイングバック型右SBです。最初は英語ができず通訳を通して戦術を理解しました。あの半年は大きかったですね。オランダで結婚し子供が生まれ、人間として成長したことも成長の秘訣です」
9月9日、日本は敵地でドイツを4-1で下した。この試合で84分間プレーした菅原は日本のセットプレーを蹴り続けた。それは、代表チームのスタッフがAZの試合を視察して決めたことなのだろうか?
「はい。それで(代表チームでも)蹴ってくれ、と言われましたので。信頼されているのを感じました。(キッカーを)任されている以上、数字を残さないといけないので、そこは次(の代表マッチ)に持ち越しに……。いや、次も代表に選ばれるように。そこはAZでのパフォーマンスが鍵になると思うので、チームでCK、FKからいいチャンスを作ったりアシストしないといけない。それができなければ代表でキッカーを務めることはなくなると思うので、責任感を持ってやっていきます」
ドイツを破ってからAZに合流した菅原に対し、仲間たちの反響はそれほど大きくなく「ジャパン強いね、やっぱりジャパンはいいサッカーをするね――くらいの感じで終わりました」という。しかし「ジャパンは強い」「やっぱりジャパンはいいサッカーをする」というコメントはシンプルながら価値がある。この勝利は単なる1勝にとどまらず、菅原のチーム内ステータスをさらに高めることになるだろう。
(中田 徹 / Toru Nakata)
中田 徹
なかた・とおる/1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグなどを現地取材、リポートしている。