警鐘が鳴りっぱなし…サッカー強豪国が直面する“喪失危機”とは? 古き良き思い出にすがっても復活の道筋は見えない【コラム】
揺れるブラジル、ドイツ、イタリアらサッカー強国
サッカー強国のアイデンティティーが揺らいでいる。ブラジル、ドイツ、イタリアはそれぞれ革新と伝統回帰の狭間にいるようだ。
ブラジル代表は初の欧州人監督となるかもしれないカルロ・アンチェロッティ(現レアル・マドリード監督)を迎え入れる意向。イタリア代表は大胆な改革を行っていたロベルト・マンチーニ監督がサウジアラビア(23年から同国代表監督)へ行ってしまった。そして日本代表との親善試合に大敗したドイツ代表はハンジ・フリック監督を解任した。
近年のブラジル、ドイツ、イタリアではアイデンティティー喪失への警鐘が鳴りっぱなしだ。スペインはスタイルを堅持したまま結果が出ていない。一方、その間にフランスとアルゼンチンがワールドカップ(W杯)で優勝しているのは興味深い。フランスはもともとそういうものへの執着がなく、アルゼンチンは両極端なプレースタイルがずっと並列であった。ともにそこまでアイデンティティー問題に直面していないか、その時期をすでに過ぎていた。
勝つための合理性と国民の嗜好性によってスタイルが出来上がっているとすると、両者は必ずしも一致しない。中堅国では勝利の可能性を少しでも上げるほうが先決なので、あまりアイデンティティーの議論は出てこないが、強豪国はこの問題に直面しがちだ。
ドイツの人々が「ドイツらしさ」と感じているプレースタイルの原型は、おそらく1954年W杯で初優勝した「ベルンの奇跡」のチームだろう。優勝候補だったハンガリーに逆転勝ちした時の敢闘精神は、第2次大戦後の国民に希望を抱かせた。
しかし、その後の3回の優勝は様相が異なる。74年は下馬評の高かったオランダに逆転で優勝。その過程においてドイツらしい力闘があったとはいえ、プレーぶりは当時の最先端に近く、実力どおりの勝利とも言える。90、2004年の優勝チームも技術戦術のレベルは高かった。
ドイツは微妙な局面? かつてイングランドが陥った穴に落ちるか
敢闘精神、勝負強さといったドイツらしさに関していえば80年代がむしろ際立っている。ギャリー・リネカーが「最後はドイツが勝つ」と言っていた時代だ。しかし、82年と86年の西ドイツはいずれも決勝で敗れていて、実力もそこまでが精一杯。「らしさ」にプラスアルファがあった時だけ優勝している。
2014年の優勝は、2000年に始まった育成改革とジョゼップ・グアルディオラ監督に率いられたバイエルン・ミュンヘン(代表選手の多くが所属)の戦術改革の恩恵を受けてのもの。ところが、その後は2大会連続でグループリーグ敗退と落差が大きい。育成改革の成功後に優勝、その後に反落という道筋はフランスのケースと同じである。
ドイツは上手くなった代わりに、それまで基盤となっていたものを失った。だから原点回帰が叫ばれるわけだが、すでに選手の質が変わってしまっている。持ち合わせていない資質を思い出せと言ったところでたぶん無理な話なのだ。国民性より先に、選手の特徴がプレースタイルを作る。だから古き良い思い出にすがっても、復活への道筋はたぶん見えてこない。
かつてイングランドが陥った穴に落ちるかどうか、ドイツはけっこう微妙なところにいるのではないか。
(西部謙司 / Kenji Nishibe)
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。