英国でも起きていた“コーラ事件” マンC選手が目撃されるも…「けしからん」とならない日英文化の違い【現地発】
「敬虔(けいけん)な信者」が選手を支持するイングランド
日本では、ツエーゲン金沢(J2)で起きた「コーラクレーム問題」が反響を呼んだと聞く。ここイングランドでも、数年前にガブリエウ・ジェズス(現アーセナル)がコーラを飲んでいるところを目撃されている。ただし、世間の反応は「けしからん」という調子ではなかった。当時マンチェスター・シティに所属するティーンエイジャーだったFWは、市内のブラジル料理店でジョゼップ・グアルディオラとの会食中だったことから、完璧主義者として知られる監督が「許しているのか?」との驚きに近かった記憶がある。後日、「たまになら飲んでも構わない」とするシティ指揮官のコメントで一件落着となった。
通報を受けたクラブによる公式声明の一部だったわけではない。「サッカーの母国」では、とにかくメディアが放っておかない。イングランド庶民にとって常日頃から大きな関心事となっているサッカーシーンには、大衆紙をはじめとする国内各紙の目がピッチ外でも常に光っている。こうして本稿を描き始めた9月10日付けの「サンデー・タイムズ」紙を見ても、ラグビーワールドカップ(W杯)開催中、それも高級紙のスポーツ欄にして全24ページ中11ページをサッカーが占めるという日常だ。前述のグアルディオラ発言も、目撃直後のチェルシー戦を前にした会見で出た「ジェズスがコーラを飲むのはあれが最後?」との質問に、微笑みながら答えたものだった。
ファンはというと、サッカー好きである以上に「我がチーム」のサポーターという意識が強いイングランドの人々にとって、クラブとは情熱と誇りの絶対的な対象であり続ける。その様子は「敬虔(けいけん)な信者」に例えられることもあるほどだ。例えば、昨季に国内外3冠を達成したシティのジャック・グリーリッシュに対する反応。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝の舞台となったイスタンブールから、イビサ島を経てマンチェスターまで4日間連続で文字どおり「勝利の美酒」に酔ったウインガーの行動は、イングランド代表でのEURO2024予選を控えていたこともあり、世間一般では「祝杯を上げすぎ」だとして問題視された。だがシティのサポーターたちは、「とことん祝ってどこが悪い?」「このタイミングで祝わないでいつ祝う?」などと、グリーリッシュ支持を貫いた。
極めつけは、その予選での一幕。北マケドニアを撃破(7-0)した試合の後半にベンチを出たグリーリッシュは、皮肉ではなく純粋なユーモアを込めた「まだ泥酔中!」との陽気な合唱とともに拍手喝采で迎えられている。会場は、シティの地元ライバルであるマンチェスター・ユナイテッドのホーム「オールド・トラッフォード」。そのスタンドの“イングランドファン”から人一倍の声援が送られた。
宗教、国家…英国ならではの“クレーム事情”
選手の私生活面にファンがクレームをつけるとすれば、それは本物の「宗教」が絡む場合だろうか? 多民族で多宗教な国内では、筆者のような無宗教の日本人には「そこまで言わなくても」と思える反応があり得る。
モハメド・サラーなどは、クリスマスが来るたびにサポーターからありがたくない言葉のプレゼントを受け取る。リバプールの一大得点源は、伝統的にはクリスマスを祝う習慣がないイスラム教信者。クリスマスツリーの前で笑顔の家族写真を自身の公式SNSアカウントに投稿したところ、昨年12月にもイスラム教徒のファンから「がっかりした」「インスタのフォローも、リバプールのサポートもやめる」といったリアクションが返ってきた。ひとまず今夏のサウジアラビア行きはなくなったため、今年のクリスマスもまたSNSで一部のファンから“ツリー問題”を訴えられることになりそうだ。
7月にリバプールから同国のアル・イテファクに移籍したジョーダン・ヘンダーソンは、性的少数者への支持を公言していながら人権問題が指摘される国へと渡って批判を受けたが、「辞めさせろ」とまで言うサポーターが現れたのはその2か月前のことだった。理由は、英国国歌の斉唱。チャールズ国王の戴冠を受けてリーグ戦の前に斉唱が行われることになったのだが、リバプールのホームは、「反君主制」派が多い地元民が集うスタジアム。国歌斉唱を打ち消すブーイングは1980年代からの慣わしだ。
ところが、テレビカメラがヘンダーソンを捉えると、ベンチのクラブキャプテンは国歌を口ずさんでいる。口もとが動いていなかった地元出身のトレント・アレクサンダー=アーノルドが英雄視される一方で、ヘンダーソンは罪でも犯したかのような非難を浴びる結果となった。無論、アンチ派ではない観戦者は、イングランド人として国歌を歌っただけのMFを擁護。意見が真っ二つに分かれるなか、クラブは「人それぞれの反応は仕方がない」との公式見解でお手上げの状態だった。
クラブもお手上げだったズマの愛猫虐待
クラブも動かざるを得なかった珍しいケースといえば、昨年のクル・ズマに関する一件だろう。言うなれば“ネコ虐待クレーム問題”。SNSにアップされた弟ヨアン撮影の映像には、飼い猫をリフティグのように足で蹴り、靴を投げつけ、平手打ちを食らわせるウェストハムDFが映っていた。
笑い声といい、爆笑絵文字のキャプションといい、本人は冗談のつもりだったのかもしれないが、怯えて逃げようとする猫の様子を見れば笑いごとではない。RSPCA(王立動物虐待防止協会)への通報は数千件。直後のホームゲームで渦中の人がスタメンに名を連ねると、ウェストハムのサポーターもメンバー発表にブーイングで呼応し、相手チームのファンは、試合中も「RSPCA!」チャントを含む“口撃”の手を緩めなかった。被害に遭った飼い猫2匹は保護された一方、東ロンドンの裁判所で180時間の社会奉仕活動を命じられることになるズマには、クラブからも内部規定上限の罰金制裁(推定約4600万円)が下るのだった。
この国は「ペット先進国」としての顔も持つ。日常生活の中で、「我がクラブ」と同じく「我がペット」の溺愛ぶりにも触れる機会が多い。かく言う筆者も、自宅には犬が2匹。珍事では済まされないズマの事件は、まったくもって「けしからん」の一言である。
(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)
山中 忍
やまなか・しのぶ/1966年生まれ。青山学院大学卒。94年に渡欧し、駐在員からフリーライターとなる。第二の故郷である西ロンドンのチェルシーをはじめ、サッカーの母国におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会およびフットボールライター協会会員。著書に『川口能活 証』(文藝春秋)、『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリーライオンズ』、『バルサ・コンプレックス』(ソル・メディア)などがある。