日本に敗北で「フリック政権は終焉」 強豪ドイツに何が起きた?…がむしゃらなW杯優勝国のリアル事情【コラム】
サッカー大国としての実績を誇ってきた強豪ドイツの「今」に迫る
ワールドカップで過去4度の優勝を誇る大国ドイツの様子がおかしい。W杯では2大会連続でグループ敗退。さらに、今年に入ってからの強化試合でわずか1勝(1分3敗)止まりと、不振が顕著に表れている。そうしたなかで、カタールW杯のグループリーグで敗れた日本との“リベンジマッチ”が現地時間9月9日、母国のヴォルフスブルクで開催される。
FIFAランク15位のドイツからすれば、W杯最高成績ベスト16の日本(同20位)は格下となる一方、仮にこの一戦を落とせばハンジ・フリック監督の解任論の噴出は避けられないだろう。サッカー大国としての実績を誇ってきた強豪ドイツに今、何が起きているのか。日本との一戦を前にリアル事情に迫った。
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ドイツ代表を巡る国内の報道はもはやポジティブなものがほとんどないのが現状だ。
2018年のロシアW杯に続き、昨年のカタールW杯でもグループリーグ敗退。A代表ではなく、今夏のU-21欧州選手権、そして女子W杯でも揃ってグループリーグで大会から姿を消したことで、今やドイツサッカー界には負のイメージが充満してしまっている。
選手、関係者、ファンは度重なる失敗にフラストレーションと不安を抱え、自らの取り組みに向き合う余裕を完全になくしてしまっている。6月の代表シリーズでハンジ・フリック監督による3バックの採用がまるでうまくいかなかったのはとても象徴的だ。
フリック監督が後日、「2024年欧州選手権まではまだ時間がある。そこへ向けての準備として、今回はある程度時間を取って、3バックでの戦いに順応することを目的とした」と語っていたが、そのこと自体は本来全く問題がない。大会直前に戦い方のバリエーションを慌てて増やすよりも、事前にプランニングしておくことは理に適っている。
ただ、そうした取り組みをする余裕が今のドイツにはまったくない。6月のウクライナ、コロンビアとの2試合に取材で足を運んだが、「そもそものベースがないのにバリエーションを考えてどうする」という空気感だけがそこにはあった。嫌な雰囲気を払拭するためには、明確なゲームプランでまずは試合に勝つことだけだと、多くの人が思っている。
おそらく、W杯優勝4回、欧州選手権優勝3回のドイツだからこその悩みがそこにあるのだろう。W杯や欧州選手権というビックトーナメントでは、「自分たちのサッカー」だけで上位進出は叶わない。ドイツらしさを持ったうえで、さまざまな戦い方への柔軟さも欠かせないからだ。
現状の悩みを解決することにだけ振り回されていたら、付け焼き刃のまま来年の欧州選手権に臨む恐れも出てくるし、そうなると高い目標を掲げることが難しい。勢いや雰囲気だけでは届かないという過去の経験がある。
かといって今の代表チームには、そこからの逆算で準備をするための基盤がないのも確か。あまりにも優勝を意識したプランニングをした結果、チームの現状と向き合うことができずに、グループリーグで惨敗したロシアW杯の二の舞になってしまう。
ならば、現在の立ち位置を見つめて、今できること、大会までに間に合わせられることを精査できればいいのだが、輝かしい経歴を持つ代表OBたちは「我々ドイツはどんな大会でも目標は優勝だ」とそこだけは譲ってくれない。
そうした周囲の声を気にせずプランを完遂しようとすると、OBコメントを集めたメディアから「ドイツサッカーは間違った方向に進んでいる」と大合唱。これでは足並みが揃うはずもないし、選手も力を出し切るのは難しい。カイ・ハフェルツが「他国のようなファンからのサポートが僕らにはなかった。孤立しているように感じた」と、カタールW杯からの空気感を表していたのにも納得させられる。
不穏な空気を落ち着けることができるのは、ピッチ上での内容と結果だけ
過去、ドイツサッカーの歴史にこうした時期は一度ならずあったし、今より酷い状況だったこともあった。例えば2006年のW杯前にイタリアとの親善試合で1-4と敗れたあとは、多くのメディアはヒステリックになってしまい、ユルゲン・クリンスマン監督解任を求めて騒ぎ立て、狂乱的と言っても大袈裟ではないほど浮足立ってしまっていた。
世間の不穏な空気を落ち着けることができるのは、結局のところピッチ上での内容と結果だけ。当時もそうだったし、今回もそうだろう。それだけに今回の日本戦が持つ意味と意義は極めて大きいのだ。おそらくこの試合で負けたらフリック政権は終焉となる。威信も誇りもかなぐり捨てて、がむしゃらに、ただ勝利のためだけに采配を振るう。
ユリアン・ブラントは「勝つために戦う。W杯の結果がどうだったかだけではない。いいパフォーマンスを見せて試合に勝つことで、ドイツのみんなを自分たちのサイドに引き付けることができるから」と意気込みを口にしていた。
ピリピリとした緊張感とプレッシャーのなか、果たして納得のいくパフォーマンスを出すことができるのか。それとも浮足立って日本に返り討ちにあってしまうのか。
いずれにしても、これはただの親善試合などではない。
(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)
中野吉之伴
なかの・きちのすけ/1977年生まれ。ドイツ・フライブルク在住のサッカー育成指導者。グラスルーツの育成エキスパートになるべく渡独し、ドイツサッカー協会公認A級ライセンス(UEFA-Aレベル)所得。SCフライブルクU-15で研修を積み、地域に密着したドイツのさまざまなサッカークラブで20年以上の育成・指導者キャリアを持つ。育成・指導者関連の記事を多数執筆するほか、ブンデスリーガをはじめ周辺諸国への現地取材を精力的に行っている。著書『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)。