森保監督は取材現場でもテレビと同じ顔? ベテラン記者が明かす“苦み”といい人全開のほっこりエピソード【コラム】
監督と報道陣の立場の場合は多少の苦みも加わる
2018年7月26日、森保一監督が日本代表を率いることになって以来、数多くの場面で話を聞き、指導する様子などを観察してきた。
ときどき聞かれるのは、「森保監督は現場でもテレビで見るのと同じなの?」ということ。うーん、たしかにそうだがちょっと違う。もっとも、表ですごくいい人を演じて後ろでは腹黒いなんていうことではない。
ほら、フルーツを食べると最初すごく甘いけど、最後にちょっと別の味もしてくるでしょ? 森保監督もぱっと見はすごくスイートな感じがするのだけど、複雑な味もある。でもやっぱり最初の味が大部分を占めていて、たとえばこんなところだ。
・初練習のあと、引き上げていたのに自分の垂れ幕がでているのを知って、出してくれた人たちのところに挨拶に行った。
・練習の時は始まる前に必ずピッチを1周して来ている人たちに頭を下げる。
・海外からのオンライン会見で話し始める前に、「みなさん、早朝からありがとうございます」といきなりの低姿勢。
これはもうテレビで映っている人のいい森保監督そのものだと思う。実際こんなことをする監督は、故・森孝慈日本代表監督の時の試合後にサポーターが監督の近くにいって話ができた頃ぐらいしか思い当たらない。
ただし、立場が監督と報道陣ということになると、多少の苦みが加わってくることもある。たとえば2021年9月1日、カタール・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選初戦となるオマーンとの試合を翌日に控えた公式会見でのやり取りだ。
2018年のロシアW杯アジア最終予選の初戦も、日本代表はいきなりホームでUAEに1-2と敗れた。その教訓は選手からも度々語られていたけれど、欧州組はシーズンが始まったばかりでコンディションが整っていないのは前回と同じだった。
しかもアジア2次予選は7勝1分、27得点0失点と圧勝。なんとなくふんわりした雰囲気は森保監督も感じていたのではないか。会見に臨んだ森保監督の表情は、それまでに比べるとかなり固く見えた。
そこで「初戦を迎えて緊張しているように見える」と質問した。すると森保監督はこう答えてきた。
「そう言われると緊張しているのかと思いましたけど(微笑)、メディアのみなさんも最終予選ということで一緒に戦ってくれる意志があると思っていて、緊張感が森さん自身にもあって、私が緊張しているように見えるかもしれないです」
ミニサッカーで「ナイスパス!」と自画自賛
まるで、「緊張感があるように見えるのは、そう思いたいからではないですか?」と言わんばかりにも取れる。「おお、やはり戦う感じになっている」と思って聞いていた。そして残念なことに翌日のオマーン戦は敗戦してしまった。
そのオマーン戦後の記者会見。森保監督は「最終予選に臨むにあたって緊張感はあった」とあっさり前言撤回してしまう。これは森保監督じゃなかったらツッコまれるところでしたよ。メディアも、ものすごく反省しているという気持ちが見える人には何も言えませんから。
そんなちょっと苦みのあるやりとりだけではなく、メディアとしてどう次の質問を組み立てればいいか、予想外の答えに思わず頭が真っ白になることも。
2021年10月6日、カタールW杯アジア最終予選第3戦、サウジアラビア戦の前日会見でのやりとり。1勝1敗ですでにあとがなくなったと思われた中でのアウェーでの難敵との戦いに向け、指揮官はどんな心持ちかと思って「現在の心境を教えてください」と質問した。
森保監督は「心境ですか? W杯の出場に向けて、このアジア最終予選、厳しい戦いに向けて準備しているという心境です」。いや、監督それは「心境」ではなく「状況」ですから、と言いたくなったけれど、まさかそんなツッコミで貴重な時間を使うわけにもいかず、結局この「準備している心境」というのを使わざるを得なくなったのだが、もしかしたらこれは困らせようと思ってやったのか。
ただ、カタールW杯のメンバー発表の時に同じく「現在の心境は?」と聞いたら「行雲流水」と答えてくれたから、もしかしたらサウジアラビア戦の前は一杯いっぱいだったのかもしれない。
そして間違いなく、ちょっとした苦みのあとにはなんとなく身体が温まるような、ホンワカした味も残っている。
例えば監督がスタッフたちとミニサッカーをしていて、パスを出したあとに「ナイスパス!」と大声で自画自賛。思わずみんなが笑顔になっていた。
そしてつい先日目撃したのは、電車に乗り込んだ時の姿。自分の指定席に誰か別の女性が座っていた。その女性に対してとても困った顔をして、たぶん「そこ自分の席ですけど」と話しかけていた。女性も日本代表監督だと気付けよ!!
森保監督は長期政権になったことで、より深く観察できるからこれから先にまた別の味が出てくるかもしれない。噛めば噛むほど、ということになってほしいが、辛いのだけは勘弁してほしい。
(森雅史 / Masafumi Mori)
森 雅史
もり・まさふみ/佐賀県出身。週刊専門誌を皮切りにサッカーを専門分野として数多くの雑誌・書籍に携わる。ロングスパンの丁寧な取材とインタビューを得意とし、取材対象も選手やチームスタッフにとどまらず幅広くカバー。2009年に本格的に独立し、11年には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の平壌で開催された日本代表戦を取材した。「日本蹴球合同会社」の代表を務め、「みんなのごはん」「J論プレミアム」などで連載中。