監督の手腕や色を反映…魅力的な苦肉の策 機能しているレアルの新システム、大物獲得なら状況一変か【コラム】
レアルがムバッペを獲得すれば、機能する新システムはお蔵入りになる可能性
必要は発明の母というが、必要に迫られての苦肉の策が大きな発明につながることがサッカーではたびたび起こる。
古くは1950年代のハンガリー代表のMMシステムがそうだった。本来はインサイドフォワードのナンドール・ヒデグチを「偽9番」に配したのが当たって流動的なスタイルが出来上がっている。もともとこの「偽9番」方式はMTKというクラブチームが採用していて代表に転用したのだが、センターフォワード(CF)がいないという事情が発端だった。
CF(9番)不在のためのゼロトップはフランチェスコ・トッティのASローマがそうだったし、リオネル・メッシもほぼ同じ理由でウイングからコンバートしている。この「偽9番」システムは上手く機能すると、本物の9番がいるよりも強力で魅力的かもしれない。
アーリング・ブラウト・ハーランドが加入する前にマンチェスター・シティのCFは「偽」だった。アタッカーのほぼ全員がCFに起用されていたことが示すように、CFに点を取らせようとしていない。ボックス内に4、5人が殺到していく人海戦術だったのだが、かえって攻撃の迫力は増していて、そのための全体の構成や工夫にジョゼップ・グアルディオラ監督の色が出ていた。
今季はレアル・マドリードが必要に迫られて新システムを採用し、開幕連勝で今のところ上手くいっている。中盤を菱形に組む4-4-2システムだ。
万能の9番だったカリム・ベンゼマがサウジアラビアのアル・イテハドに移籍。代わりに獲得したジュード・ベリンガムはMFでCFではない。そこでロドリゴとヴィニシウス・ジュニオールの2トップにベリンガムのトップ下という布陣になった。
人材に合わせてシステムを組むのはレアルらしいが、その人材がいつになく若い。開幕戦でダイヤモンド型のMFを構成したベリンガム、フェデリコ・バルベルデ、オーレリアン・チュアメニ、エドゥアルド・カマヴィンガはいずれも20代前半。彼らの若さと運動量、攻守に貢献できる能力が新システムを機能させていた。
しかし、レアルは依然としてキリアン・ムバッペ(パリ・サンジェルマン)の獲得を諦めていないようなので、もしムバッペが加入した場合はおそらくダイヤモンド型の新システムはお蔵入りになる可能性が高い。せっかく上手く行っていたスタイルであり、カルロ・アンチェロッティ監督の手腕が遺憾なく発揮されていたのだが、大物ストライカーが来ればそちらが優先なのはシティのケースと同じだろう。
ハリー・ケインを獲得したバイエルン・ミュンヘンの新たな試みもまた、あっさりと破棄されている。
東京でのプレシーズンマッチでは、ジャマル・ムシアラとセルジュ・ニャブリの変則2トップを試していた。2トップというよりダブル10番で、攻め込む時は左右のウイングのほうが高いポジションにいた。この変則システムはシティに対しても一定の効果があって面白かったのだが、ケインが来たのでたぶんもう使うことはないだろう。
何か足りない時のほうが意外と面白いアイデアが出てくるものだが、足りているならその必要はないわけだ。
(西部謙司 / Kenji Nishibe)
西部謙司
にしべ・けんじ/1962年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌の編集記者を経て、2002年からフリーランスとして活動。1995年から98年までパリに在住し、欧州サッカーを中心に取材した。戦術分析に定評があり、『サッカー日本代表戦術アナライズ』(カンゼン)、『戦術リストランテ』(ソル・メディア)など著書多数。またJリーグでは長年ジェフユナイテッド千葉を追っており、ウェブマガジン『犬の生活SUPER』(https://www.targma.jp/nishibemag/)を配信している。