リバプール遠藤は「リアル・モンスターだ」 名将クロップの期待が“本気”に感じられる…南野加入時との決定的な違い【コラム】

リバプールでプレーする遠藤航【写真:Getty Images】
リバプールでプレーする遠藤航【写真:Getty Images】

遠藤航のリバプール移籍報道にイギリス国内は「ミックス・リアクション」

 リバプールの遠藤航獲得が正式発表される前日の8月17日、いつものように早朝に起床した筆者は携帯電話のメッセンジャーアプリを開いて驚いた。「おめでとう、またリバプールの取材ができるね」。そんなメッセージが何人もの友人から届いていたのだ。加えて取材と原稿執筆依頼のメッセージ。20万人のリバプール・サポーターが登録するポッドキャスト局「ジ・アンフィールド・ラップ」からインタビュー申し込みまであった。

 日本代表主将の遠藤がリバプールに移籍する。体中にアドレナリンが駆け巡り、あっという間に覚醒した。そこから大慌てで翌日18日に行われるユルゲン・クロップ監督の定例会見への出席を申し込んだ。

 イギリス国内でもリバプールの遠藤獲得報道はものすごい勢いで加速。とはいえ、その内容には期待より“不安と疑問”がより強く現れていた。

 21歳のモイセス・カイセドに加えて19歳のロメオ・ラヴィアまでチェルシーに奪われ、イギリスでは比較的無名とも言える30歳の日本人MFを獲得する。補強は選手の“若さ”を重視する――。その戒律をリバプールが自ら破った。現地時間8月13日に行われた開幕戦(チェルシー戦/アウェー/1-1)で露呈した中盤の守備の弱さが引き金を引いた、明らかな“パニック・バイ”と見る論調が国内で広がっていたのだ。

 そこで、ジ・アンフィールド・ラップで編集者を務めるジョッシュ・サクストン氏に「リバプール・ファンの反応はどう?」と尋ねたところ、「ミックス・リアクション」という返答が。つまり、ポジティブとネガティブ、両方の意見が混在しているということだ。

 これでは会見でも遠藤獲得が100%好意的に捉えられることはないだろう。クロップ監督はこの逆風にどう立ち向かうのか。そもそも彼はどの程度、遠藤を知っていたのか。目ぼしい守れる中盤の選手が移籍市場に見当たらず、「えいやっ!」とばかりに白羽の矢を立てた補強だったのではないか。筆者のなかにもそんな疑問が渦巻いていたことはたしかだった。

会見を通して改めて思い知ったクロップ監督の“真骨頂”

 会見が始まると真っ先に英衛星放送「スカイ・スポーツ」の記者から、「先週は失望が続いた。3人のMFを獲得するチャンスがあったが、ゲットしたのはそのうちの1人。遠藤とほかの2選手(カイセドとラヴィア)の違いは何か?」とやや無礼とも取れる質問が。ところが56歳のドイツ人闘将はそんな質問なんて想定済みと言わんばかりに、さらりと第一声をこう言い放った。

「まず今回は両クラブ間に加えて、選手も移籍に合意した。本当にハッピーだ」

「選手も移籍に合意した」という一言に、カイセドとの交渉権を握りながら移籍を拒否されたことへの皮肉が垣間見えた。そして、「私はドイツ人、ブンデスリーガはしっかり見ている。だからワタルのことはシュツットガルトに加入した時から知っている。その時から気に入っていたんだ」と述べ、遠藤に対する認知を明かす。そこからクロップ監督は「カイセドとラヴィアとどう違う?」という質問を無視するかのように、遠藤の素晴らしさを滔々(とうとう)と語り始めた。

「(遠藤は)本当にいい選手だ。身長は5フィート10インチ(178センチ)だが、天井までジャンプできる。だから空中戦も強い。守備全般のプレーが非常に良い。戦略の理解度も高く、賢い選手。プレスも速く、あっという間に対峙する選手との距離を詰める。そんないい選手であることに加えて、度量が大きく、意欲も強い。人間性も含めて、非常にいい選手を獲得できた」

 筆者にも質問のチャンスが。そこで、遠藤が2018年のロシア・ワールドカップ(W杯)ではまったく起用されなかったものの、そこから5年ほどで日本代表キャプテンにまで上り詰めた経歴を踏まえこう尋ねた。「そんなふうにリバプールでもブレイクできると思うか?」と。

 すると、クロップ監督は「よくぞ聞いてくれた」といった調子で次の答えを返してくれた。

「それだ! それを期待しているんだ。ワタルは晩成型だ。ヨーロッパに来たのも遅かったが、そこから毎年成長して、いい選手であることを自ら証明し続けた。そして今ではピッチ上で常にボールを欲しがり、戦いを挑み続ける“リアル・モンスター”になった。しかも、フットボールもできる(ボールを扱う技術もある)。だからこそ、随分前から私のレーダーに引っかかっていた選手だったんだ」

 今回の会見を通し、クロップ監督の“真骨頂”を改めて思い知った。情熱がこもったポジティブな言葉で選手を絶賛し、大きな愛を表現する力。想像して欲しい、クロップ監督から「お前は“リアル・モンスター”なんだ」「素晴らしいフットボーラーなんだ」と直接吹き込まれることで得られる力を。

 遠藤の体内にはすでに、クロップ監督からものすごい闘魂と希望と夢が注入されているはずだ。実際に2人が出会った瞬間を収めた動画でも、クロップ監督は遠藤に「We need you(我々には君が必要なんだ)」と何度も繰り返し語り、初日からチームに招き入れていた。

今こそプレミアで“デュエル王”の実力発揮を

 さらに、出会う人すべてをあっという間に魅了する大柄なドイツ人指揮官は、英国メディアが執拗に疑問視する遠藤の年齢に関してこう反論した。

「クラブのレジェンドであるジェームズ・ミルナーもリバプールに加入時は29歳。当時は複数クラブを渡り歩いたあとで『所詮リバプールの選手ではない』『長くは持たない』などと言われた。しかし、間違いなく彼なしでは近年の成功はなかった。監督として出会った選手のなかでも最も素晴らしいキャラクターの持ち主だよ。ワタルもジェームズと同じようなインパクトを与えてくれるはずだ」

 2015年から8年所属したリバプールを今夏に離れたが、37歳となった今も三笘薫が所属するブライトンで先発レギュラーの座を勝ち取ったミルナー。クロップ監督はそんなクラブレジェンドと遠藤を重ね合わせて、日本代表主将の30歳という年齢に対する不安を一笑に伏した。

 とはいえ、クロップ監督がここまで全力をかけて、遠藤に対するネガティブムードを払拭するのには大きな理由がある。それは、クロップ監督自身が遠藤に「必要だ」と語ったとおり、現在のチーム状況では30歳の日本人ボランチを即戦力として起用せざるを得ないことだ。

 南野拓実の獲得には、明らかに当時の不動の3トップ、モハメド・サラー、ロベルト・フィルミーノ、サディオ・マネの控えを補強する狙いがあった。移籍当初、クロップは繰り返し「これは将来を見越した補強。タキの出場時間が増えなくても、ネガティブには捉えないでくれ」と言っていた。

 ところが、今回の遠藤獲得はどうだろう。完全にぽっかりと空いてしまった中盤の底を埋めるための“不可欠なピース”の補強。クロップ監督はすぐさま戦場に送り込まなければならない兵士に対し、途方もないほどのポジティブシンキングを埋め込む指揮官だ。

 実際に遠藤は移籍が正式に決定した翌日、たった1回の練習参加でホーム開幕戦となったボーンマス戦にベンチ入り。そしてアレクシス・マック・アリスターが一発退場となった直後の後半18分、10人の戦いを強いられる守備的MFとしてはしびれるような場面でプレミアデビューを飾った。

 次節はニューカッスルとのアウェー戦。昨季はインテンシティーの高い戦いを武器にプレミアを4位フィニッシュし、21シーズンぶりにUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場権を奪取した古豪だ。

 マック・アリスターの一発退場で、難敵相手との一戦で遠藤の先発デビューが濃厚となっている。そんな遠藤に必要なのは、クロップ監督からの期待と勇気を力にドイツでデュエル王となった実力を遺憾なく発揮することだけだ。自らのパフォーマンスでチームの弱点を解消できれば、カイセドとラヴィアを立て続けに取り逃がしたリバプールの屈辱は晴らせるだろう。遠藤にはイングランドで是非ともブレイクを果たし、クロップ監督をとびきりの笑顔にしてもらいたいものだ。

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森 昌利

もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。

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