プレミアでの日本人選手の評価はダウンorアップ? 英国人記者が見た“日本人プレミア挑戦史”【現地発】
“ファーガソン勇退”をスクープしたオグデン記者が見た日本人プレミアリーガー
ワールドカップ(W杯)で好成績を残すだけでなく、近年では欧州5大リーグで多くの日本人選手が活躍するなど、日本サッカーは目覚ましい成長を続けている。そんな現状を海外はどう見ているのだろう。「FOOTBALL ZONE」では、海外から見た日本サッカーの進歩・課題にフォーカス。今回はプレミアリーグの取材を続ける英国人記者に、日本人選手のイングランド挑戦を振り返ってもらうとともに、成長ぶりや現在地について訊いた。(取材・文=森昌利)
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米スポーツ専門局「ESPN」の主任ライターを務め、コメンテーターとしても活躍するマーク・オグデン氏と知り合ったのは22年前の8月だった。元日本代表FW西澤明訓氏のボルトン移籍に伴いプレミアリーグの取材を開始したのがきっかけだ。当時のボルトンは、イングランド2部から昇格したばかり。仮住まいのような練習場の古ぼけたクラブハウスで出会ったオグデン氏はこの時25歳で、まだ地元通信社の駆け出し記者だった。
マンチェスター郊外のロッジデール出身で、物心ついた時からサッカーに夢中になったというオグデン氏。ジュニア時代にはのちにマンチェスター・ユナイテッドの中盤を支えたポール・スコールズ氏と対戦したこともあるそうだ。
そんな三度の飯よりフットボールを愛するオグデン氏はやがて、辛口批評で知られる気鋭のジャーナリストになった。英高級紙「デイリー・テレグラフ」のユナイテッド番だった2013年5月には、アレックス・ファーガソン監督の勇退をスクープ。同年、英国人ジャーナリストにとって最高の栄誉とも言える「最優秀記者賞」を受賞している。
その後も勢いは止まらず。2018年春には不振を極めたアーセナルのアーセン・ベンゲル監督に対し、“勇退勧告”とも言える「公開書簡」と題したコラムを執筆。それがきっかけとなったかは定かではないが、同年4月下旬にアーセナルは22年間の長きにわたってクラブを率いたベンゲル監督の退任を発表している。
オグデン氏は当然ながら、これまでにイングランドの地を踏んだ日本人選手もその目で見続けてきた。英国サッカー界に多大な影響力を持つ記者へと成長した彼は、日本人選手の歩みをどう思っているのだろう。
2000年代は「中田だけがかろうじて使えそうな選手だった」
まずは、西澤氏をはじめとする2000年代初頭の日本人選手について話を進めよう。今でこそ世界中から超一流選手が集まるプレミアリーグだが、西澤氏がボルトンに来た2001年やその前はまだ外国籍選手の存在が比較的珍しかった時代。オグデン氏は1996年に元ブラジル代表のジュニーニョ・パウリスタがミドルズブラに移籍した衝撃を「『わあ、凄い!』と素直に思った」と懐かしむが、日本人選手については辛口コメントが飛び出した。
「あの当時、西澤だけでなく稲本(潤一)もアーセナルに移籍してきて、すごくエキゾチックだと思った。外国人というだけでも珍しいのに極東から来たのだから。しかし、西澤は1部に昇格したばかりのボルトンでリーグ戦に出場できなかった。カップ戦に数試合出場したけど、インパクトは残していない。稲本もアーセナルでは出場できずフルハムにレンタル移籍してそこで才能の片鱗は見せたけど、開花には至らなかった」
2003年には戸田和幸氏がトッテナムに期限付き移籍するも、オグデン氏は「彼のプレーは記憶に残っていない」と語る。ただ、05年に中田英寿氏が英国挑戦を果たしたことで、日本人選手に対する考えはわずかながら変化する。
「少なくとも僕にとって2000年代にプレミアリーグでプレーした日本人選手で好印象を受けたのは中田英寿だけだよ。けれど、彼も故障を抱えていて本来の力を発揮できたわけではない。あの中田でさえ英国にインパクトを与えられなかったことで、当時の日本人選手には“プレミアで使えない”というイメージが定着してしまった。致命的だったのはフィジカルの弱さ。2000年代の日本人選手はプレミアリーグに入るとひ弱に見えた。そんななか、中田だけがかろうじて使えそうな選手だった」
敏腕記者の日本人評を変えた2人の“シンジ”
しかし、2010年代に入ると2人の“シンジ”がオグデン氏の日本人評を劇的に変える。とりわけ、香川真司に話が及ぶとかつてユナイテッド番を務めていた彼は饒舌になった。
「香川がユナイテッドに所属していた当時、周りの選手たちは彼の能力に一目置いていたんだ。これは4年前に香川の元チームメイトから聞いた話だが、2014年1月に(デイビッド・)モイーズ監督がチェルシーから(元スペイン代表MF)フアン・マタを獲得した時、ユナイテッド内では疑問の声が巻き上がったそうだよ」
香川はユナイテッド1年目のノリッジ・シティ戦(2013年3月2日)でハットトリックを達成するなど、プレミアという舞台で才能の片鱗を見せた。ところが、香川に惚れ込んだファーガソン監督の勇退により潮目はがらりと変わる。この運命のいたずらには、オグデン氏にも苦々しい思いがあるようだ。
「モイーズ監督はハードタックルを奨励する古典的な英国サッカーの申し子で、フィジカル戦を良しとする前時代的指導者。香川にとっては迷惑極まりない監督だった。とはいえ、香川にもフィジカル的にもの足りない部分があったのは事実だ。それでも当時24、25歳だったことを考えると、肉体改造で十分に克服できた課題だったかもしれない。香川がイングランドで輝けなかったのは、ユナイテッドにとって損失だっただけではなく、日本サッカー界にとっても本当に惜しいことだったね」
そしてもう1人、レスター・シティからその名を轟かせた“突貫小僧”もオグデン氏の記憶に深く刻まれている。
「岡崎慎司の存在も忘れちゃいけない。小さな選手だったけど、類まれな運動量を武器にした彼のプレーには英国人好みのブルドッグのような獰猛さがあった。あの不撓不屈のメンタリティーをそれまでの日本人選手から感じたことはなかった。岡崎の活躍が“上手いけれども頼りない”という日本人選手の印象をがらりと変えたことは間違いない」
三笘のビッグクラブ移籍は“2年連続”の活躍が鍵
それでは、現在のプレミアを沸かす2人の日本人について聞いてみよう。まずはブライトン所属の三笘薫についてだ。
「彼にはひ弱な日本人の欠点が見当たらないどころか、強さにスピードと技術も兼ね備わった素晴らしい選手だ。プレミアリーグを代表するアタッカーになれる。今夏は分からないが、今シーズンも活躍すれば来年は必ずビッグクラブに移籍するだろう。実は、プレミアリーグのビッグクラブのスカウトはイングランドで2年連続の活躍ができるかに注目するんだ。今季は1年目の目覚ましい活躍でしっかりと警戒される。その状況下で三笘が昨季と同様、もしくはそれ以上の数字を叩き出せばビッグクラブは黙っていない」
今季も優勝争いに加わると見られるアーセナルの冨安健洋についてはこう語る。
「個人的にはベン・ホワイトよりいい選手だと思っている。しかし彼の場合、怪我が問題だね。コンディションさえ整えばコンスタントに試合に出場できるはずだ。プレミアリーグで最終ラインすべてのポジションをあれだけ高いクオリティーを保ってこなせる能力は異色。彼も三笘と同じく日本人という枠を越えた選手だと思う」
ただ、アーセナルは今夏に22歳のオランダ代表DFユリエン・ティンバーを獲得した。チーム内にライバルが増えたわけだが、オグデン氏はこの競争をどう見ているのだろう。
「コンディションさえ良ければ、冨安は必ず使われる。もしアーセナルで出番がなくなったとしても、ほかのプレミアクラブが放っておかないだろう。プレミア戦士として立派に通用すると認識されている日本人なのだから」
日本人選手がプレミアで存在感を高めた今だからこそ
オグデン氏はプレミアリーグだけでなくW杯も現地取材を続け、日本代表の観戦コラムを執筆している人物でもある。特に、昨年のカタール大会での森保ジャパンには「本当に驚かされた」と脱帽の様子だ。「欧州と南米以外でW杯の決勝進出が可能な国」にアメリカと日本を挙げる。
ただし、この目標を達成するには“指導者”を再考しなければならないと指摘する。
「森保(一)監督を続投させた選択は悪くないが、欧州で重視される“勝者のメンタリティー”は不足しているかもしれない。日本国内だけの監督経験ではどうしてもカバーしきれない資質だ」
日本サッカー進歩のためにはずばり「外国人監督が必要」と言い切るオグデン氏。そんな彼の口から日本代表を率いるべき驚きの候補の名が挙がる。
「ジョゼップ・グアルディオラの招聘にチャレンジするべきだ。発展途上の国を世界一に導くというプロジェクトに魅力を感じる可能性はあると思う。ともかく、超一流監督を連れてこれるかどうかが日本代表の飛躍を左右すると言っておく」
破天荒な提案だが、この言葉の裏には現在プレミアリーグで活躍する日本人フットボーラーへの揺るぎない信頼があるのかもしれない。日本人選手が世界最高峰リーグで存在感を継続的に発揮できるようになった今だからこそ、名将を招聘できればもしかすると……。オグデン氏は「フットボールは明日、何をもたらすか分からない」を信条とし、サッカーが持つ無限の可能性を信じている。そんな彼の言葉を胸に刻み、日本人プレミアリーガーと日本代表の未来に期待したい。
(森 昌利 / Masatoshi Mori)
森 昌利
もり・まさとし/1962年生まれ、福岡県出身。84年からフリーランスのライターとして活動し93年に渡英。当地で英国人女性と結婚後、定住した。ロンドン市内の出版社勤務を経て、98年から再びフリーランスに。01年、FW西澤明訓のボルトン加入をきっかけに報知新聞の英国通信員となり、プレミアリーグの取材を本格的に開始。英国人の視点を意識しながら、“サッカーの母国”イングランドの現状や魅力を日本に伝えている。